閑話③

 七大剣聖序列一位『神撃』のボーマンダ。

 アルムート王国での爵位は公爵位。家名はグレムギルツ。

 そして、アルムート王国の最高戦力。『アルムート王国聖騎士団』の総団長であり、七大剣聖の団長でもある……つまり、力に権力、両方持つ男だった。

 そんなボーマンダにも、家族はいる。

 

「……エミネム」

「はい、父上」

「明日、部隊長会議を開く。各部隊長に伝えておけ」

「わかりました」


 エミネム・グレムギルツ。

 若干十七歳にして、アルムート王国聖騎士団の第一部隊長となった少女。緑がかったロングヘアをポニーテールにした、姿勢のいい少女だ。

 現在、ボーマンダたちは家族で食卓を囲んでいる。

 この場にいるのは四人。ボーマンダ、エミネム、そしてボーマンダの妻、そして……青年。

 青年は、特に喋ることなく、黙々と食事をしている。

 そして母親は、どこか居心地が悪そうに俯いていた。

 食事を早々に終え、ボーマンダは立ち上がる。


「エミネム。後で私の部屋に来い。話がある」

「はい、父上」


 母、そして息子を無視し、ボーマンダはダイニングを出た。

 そしてエミネムも、兄である青年と母親を無視し、ダイニングを出る。

 これが、グレムギルツ家。

 七大剣聖序列一位、ボーマンダの家庭。

 ボーマンダの息子であるケインは、黙々と食事をしていたが、父と妹がいなくなるなり声を出す。


「はぁ~……相変わらず、シカトかぁ。ね、母さん」

「……そうね」

「あー、もう親父のことは気にしなくていいって。ってかさ、何度も言うけど、母さんが罪悪感を感じることがおかしいんだって」

「……ケイン」


 ケインは明るく言う。

 屈託のない笑顔で、母親のミリアを慰める。

 

「まー、オレに『神スキル』どころか、スキルすら宿らなかったからって、こうも無視するのもねぇ……エミネムみたいに『神スキル』宿ってたら、違ったんだけど」

「……ごめんなさい」

「だーかーらー!! 謝んなっての」


 食事を終え、ケインは自室に戻ってベッドにダイブ。

 自分をいない者のように扱う父親。兄を兄と思っていない妹。どこまでも卑屈な母親。

 ケインは、うんざりしていた。


「ったく、スキルがないからって、こうも無視するかね。ま……あっちも無関心なだけで、オレが好き勝手やっても気にしないみたいだしな」


 息子に無関心な父親は、ケインにとって都合が良かった。

 何故なら、ケインは現在、グレムギルツ公爵代理として、父親の代わりに公爵として動いている。父親は騎士団と七大剣聖の団長が忙しいらしく、グレムギルツ公爵としての公務まで手が回らないのだ。

 そこで、ケインが公爵代理に任命された。

 もう四年前の話であり、ケインが十六歳の頃である。


「後にも先にも、親父と話したのってアレが最後かね」


 ケインは思い出す。


『私は忙しい。ケイン、お前をグレムギルツ公爵代理に任命する。グレムギルツの発展に尽くせ』


 そう、ボーマンダは言った。

 このころ既に、ケインは父に関心を失っていた。

 娘のエミネムに愛情を注ぎ、騎士団の第一部隊長の地位まで与えている。

 父は剣しか振れない。ケインはそう思っている。


「でもまぁ、親父は気付いていないみたいだなぁ……オレの商才」


 ケインはベッドから起き、執務室へ。

 公爵代理として与えられた部屋には、山ほどの書類が積み重なっている。

 グレムギルツ領地の発展。そのための『商売』についての企画書が山ほど積み重なっていた。


「さーてさて。親父たちは『上級魔族』の出現でしばらくは忙しいだろうし、オレはオレで遊ばせてもらおうかね……」


 ケインは、今朝がた運ばれてきた追加の書類に手を伸ばし、内容を確認。


「ん? これは───ああ、七大剣聖の『神眼』ラスティスの領地に関する報告書か。そういや、『なんの見込みもなさそうな場所』について調べさせてたっけ」


 ケイン曰く、『なんの見込みもない、アルムート王国領地の中で最も辺鄙な場所』に調査員を派遣……派遣理由は、『そういう場所にこそ何か面白い物があるかもしれない』からだ。

 だが、案の定……調査報告には『何もなし』だった。

 が、ケインの目に留まった一文があった。


「……ラスティス・ギルハドレット男爵の元に、ランスロット・ヴァルファーレ公爵の元娘が弟子入り、ね……そういや、ラスティス・ギルハドレットって確か」


 ケインは立ち上がり、屋敷の資料室へ向かう。

 資料室の中にある『冥狼侵攻』に関する資料を漁り、いくつかの資料を執務室に持ち帰った。


「…………そういや、ラスティス・ギルハドレットって確か、親父の弟子だったよな。ヴァルファーレ公爵が『冥狼ルプスレクス』を討伐した時に、近くにいたとか……」


 なんとなく、気になったので調べてみるケイン。

 『冥狼ルプスレクス』の侵攻……十余年前の悲劇。ケインはまだ六歳だった。

 父であるボーマンダも戦いに出たが、怪我らしい怪我をせずに帰ってきたことは覚えている。


「……あれ?」

 

 ケインは気付いた。

 『冥狼侵攻』についての資料は、事細かに詳細が書かれている。

 だが……妙だった。


「……おかしいな。ラスティス・ギルハドレットに関することが、ほとんど書かれていない」


 書かれているのは、七大剣聖として『冥狼ルプスレクス』討伐に参加したことだけ。

 ランスロットに関することは事細かに書かれていた。若干十二歳にして七大剣聖に選ばれ、『冥狼ルプスレクス』と戦い討ち取った強者として。

 当時、ラスティス・ギルハドレットが『冥狼ルプスレクス』と戦闘したと、六歳だったケインも聞いてた。が……討ち取ったのはランスロットだ。


「妙だな。ラスティス・ギルハドレットの活躍が、書かれていない……不自然なくらい」


 どことなく、きな臭い。

 ケインの『勘』が、何かを訴えていた。


「面白そうだな……もしかしたら、美味い『話』があるかもしれない。ふふん、ギルハドレット領地か……ここは下見に行くのもアリかもな」


 ケインはニヤリと笑い、自分のスケジュールを確認した。

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