脇役剣聖、サティとお話

「あ~~~……話さなきゃよかった」


 バーから出た俺は、ちょっと後悔していた。

 俺がやる気をなくした理由が、『いい魔族がいるかもしれないと考えたら、どうしていいかよくわからなくなった。で、やる気なくなった』だもんな。団長も、みんなも何も言わずそのまま解散となった。

 俺はバーを出て、サティのいる宿に帰ろうとすると。


「おいラス」

「ん……なんだ、お前かよ」


 ラストワンだった。

 俺と肩を組むと、酒臭い息を吐く。


「まぁ、安心した。お前のやる気なくなった理由……お前も人間だったんだな」

「んだよ、それ。情けないって笑っていいぞ」

「もう笑わねぇよ。ぶっちゃけ、気持ちはわかるような気もするしな」

「……そうかい。でも、もう十年以上、ダラダラしたせいかな。やる気出せって言われても難しいわ。ま……俺は、このままでいく」

「そうかい。と……おいラス、時間あるなら『ウチの店』寄ってくか?」


 ニヤニヤしながら言うラストワン……ああ、察したよ。

 俺はニヤッと笑い、ラストワンの胸を軽く叩く。


「いい子、揃ってるか?」

「おう。王都で最高の美人ぞろいだぜ」


 ま、俺も男だ……遊びたい時だってある。

 そのまま、ラストワンと一緒に歩き出した時だった。


「あ、師匠!!」

「え」


 なんと、サティがこっちに向かって走ってきた。

 

「偶然ですね。話し合い、終わったんですか?」

「あ、ああ。お前、何してるんだ?」

「夜ごはん食べてました。久しぶりの王都なので、いろんなお店回ってたら、こんな時間になっちゃって……帰ろうとしたら、師匠たちを見つけたって感じです」

「そ、そうか」

「あーあ……悪いなラス、遊ぶのはまた今度」

「お、おい」

「女の子を、一人で帰らせるつもりか? ははっ、じゃーな」


 そう言い、ラストワンは行ってしまった。

 サティがペコっと頭を下げ、俺に言う。


「師匠、帰りましょう!!」

「……おう」

「あ……その前に、ちょっとお話したいんですけど、いいですか?」

「ん? ああ、いいけど」

「じゃあ、近くの公園に」


 向かったのは、中心街から少し外れにある、宿屋に近い公園だった。

 街灯が周囲を照らしているので明るく、遊具はない、ベンチがやたら多い公園だ。遊ぶというよりは、休憩所に近いのかもしれない。

 意外なことに、人は誰もいない。

 俺とサティは、適当なベンチに座る。すると、座るなりサティが言う。


「師匠、今日……アロンダイト騎士団の知り合いに会いました」

「……」

「それで、師匠を馬鹿にされて……その、気付いたら、スキルを使ってました」

「……それで?」

「あたし……不思議なんです。昔は、エニードのこと、怖くてたまらなかったのに……今日会ったら、全然怖くなかった。むしろ、その……すっごく『小さく』見えたんです」

「ふむ……」


 なるほどな。

 エニードってやつを恐れていたが、今はもう怖くない。

 そんなの、決まっている。


「サティ。それは、お前に自信がついたからだ」

「自信……」

「スキルを制御できるようになって、上級魔族と対面して『恐怖』や『死』を実感した。そしてお前は生き残った……お前の中に『自信』が生まれたんだ」

「でもあたし、そんな自信なんて」

「自信は、覚悟だ。忘れたか? お前、遥か格上の上級魔族にタンカ切ったんだぞ? 死を恐れ、恐怖でションベン漏らして、素っ裸で身を守る物が何もなくても、お前は折れなかった。その経験がお前の自信となり、強さとなった。頭の中で比べてみろ……あの上級魔族と、エニードとかいう女。どっちが怖い?」

「……あ、あれ?」


 全然怖くない。

 サティは俺に指摘され、ようやく自覚したようだ。


「サティ、お前は強くなっている」

「…………」

「自信持て。お前は、まだまだ強くなる」

「あの、師匠」

「ん?」

「あたし、もっと強くなりたいです。もっと、もっと」

「おう。そのために、俺が鍛えるんだからな」

「はい!! あの……実は、少し気になることが」


 サティは困ったような、どこか言いにくそうに言う。


「エニードを追い払ったのはいいんですけど……たぶん、エニードはイフリータに報告すると思います。あたしが王都にいるって、バレてるのは確実です。それに……エニードはけっこう執念深いので、また来るかも……その、今のあたしの立場、けっこう微妙なんです」

「微妙?」

「はい。あたし、アロンダイト騎士団を、そしてヴァルファーレ公爵家を追放されて、ただの平民になっています」

「ああ。確かに」

「それで、アロンダイト騎士団の……なんだっけ、『円卓十三騎士ナイツオブラウンド』だっけ。エニードをスキルで攻撃して、撃退しちゃったんです……もしかしたら、反逆罪で捕縛もあるかも」

「……マジか」

「わかりません。エニードが『無能のサティにやられた』ってイフリータに報告しない可能性もあるし……でもでも、規律に厳しいイフリータは、あたしがエニードを追い払ったって知ったら、絶対に処罰しに来るかも……ううう」

「な、なるほどな」


 つまり、アロンダイト騎士団と揉めるかもしれない、ってことか。

 うーん……そりゃ困ったな。


「王都をさっさと出たいところだが、俺も『闘技大会』のことで、団長やランスロットと話さなくちゃいけないんだよな……それに、ランスロットとは個人的にも話さなくちゃいけないし」

「しばらく、王都にはいるんですよね……」

「宿屋にいるのは危険かもな。騎士団ってことは、王都の全ての建物に対して『捜査権』がある。お前を捕まえて、騎士団に連れて行く可能性もゼロじゃない」

「ううう……師匠、ごめんなさい」

「まあまあ。でも、例外はある」

「え?」

「───なぁ、そうだろ?」


 俺が公園の入り口に向けて声を出すと、ちょうどこちらに向かってくる影……フル-レがいた。


「そうね。サティ、あなた、私の屋敷に来なさい。七大剣聖の屋敷なら、アロンダイト騎士団も踏み込んでは来ないわ。まぁ……それでも来たら、氷漬けにしてあげるけど」

「フルーレさん!!」

「久しぶり。元気にして───……」

「フルーレさぁんっ!!」

「きゃあっ!?」


 なんと、サティはフルーレに飛びついた。


「お久しぶりですっ!! 王都に来れば会えると思ってましたっ!!」

「わ、わかったから、離れなさい」

「えへへ、うれしくてつい」

「全く……さ、荷物を持って、私の屋敷に行くわよ」

「はい!! あの~……今夜は、一緒にいてくれるんですよね? いっぱいお話したいです」

「……仕方ないわね」


 フル-レは困ったように笑い、サティの頭を撫でた。

 こうしてみると、本当に姉妹みたいだな。


「ラスティス・ギルハドレット。この子を預かるわ」

「ああ。っと……サティ、明日からまた修行を再開するから、ちゃんと早起きしておけよ」

「はい!!」

「……あなた、修行を付けてもらっているの?」

「ええ。弟子ですから」


 フル-レは、少しだけ悔しそうに笑い、なぜか俺を睨んだ。

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