そのころの剣聖たち

 ラストワンの経営する酒場の一つに、七大剣聖のラストワン、アナスタシア、フルーレの三人が集まり、食事とお酒を楽しんで……いや、楽しんではいない。

 ラストワンにアナスタシアが誘われ、アナスタシアがフルーレを誘ったのだ。

 いつもなら、ここにラスティスが混ざり、飲み会となるのだが……今日は三人だけ。

 酒場の二階を貸し切りにし、ラストワンは酒を飲みつつ言う。


「な、オレら……ラスティスと戦るんだよな」

「そうね」


 アナスタシアが言う。迷いなく、事実を告げた。

 フルーレも、ジョッキを置いて言う。


「私たちをナメているわけじゃない。あの男、本気で私たちを鍛えるつもりね」

「……ふふ、わかってるじゃない。もう『お嬢ちゃん』なんて呼べないわね。フルーレ」

「……そういうのはいいわ。問題なのは、ラスティス・ギルハドレッドが未だに高みにいること……確かに、あの男は強いし頼りになるけど……なんだか面白くない」


 ラストワンはジョッキの酒を飲み干し、グラスをドンと置く。


「あいつのことだ。魔族との本格的な戦いの前に、オレらの力を引き上げるつもりだろ。神器に覚醒してチョーシに乗らないよう、喧嘩売るような言い方で煽り、摸擬戦でオレらの全力を引き出し、その上を行く……で、『お前らまだその程度何だよ』と、発破かける」

「……その通りね。確かに、私たちは強くなった自覚がある。正直、私は少し満足していたけど、ラスティスに言われて気付いたわ。きっと、まだまだ足りないってね」


 アナスタシアが言うと、フルーレは面白くなさそうだ。


「なんだか、あの見透かしたような態度、気に食わないわ……ねえ、三対一になるのよね」

「ま、そうだろな」

「ええ、その通りね」

「恐らく、ラスティス・ギルハドレッドは私たちがこういう会話するのも予測してる。そして、模擬戦闘で私たちを軽くあしらって終わらせるつもりでしょうね」

「「…………」」


 フルーレの読みは、まさにラストワンとアナスタシアも同じ考えだった。

 子供っぽさ、甘さが消え、七大剣聖の風格を纏いつつあるフルーレ。二人は感心していた。


「一応、いちおうよ!! 私はあいつの弟子……ってことになってる。あなたたち二人もでしょ? だったら、ここらで度肝を抜くのもいいかもしれないわ」

「ほほー、面白いアイデアでもあんのか?」

「ぜひ聞きたいわね」


 フルーレは頷き、ため息を吐き、嫌そうに、それでもやむを得ず言った。


「私がこんなこと言うの、ラスティス・ギルハドレッドも想定していない。だから言う……三対一で戦うなら、協力して、そう……『合体技』を作りましょう」

「「…………」」


 合体技。

 ラストワンも、アナスタシアも想定していない。

 まさか、この三人で協力して技を作ろうなど、考えもしない。

 ラストワンは噴き出した。


「ぶっはっは!! が、合体技……いやあ、そりゃ想定してねぇわ!! なあアナスタシア」

「そうね。でも……面白いんじゃない?」

「ふふ、決まりね。じゃあ……さっそく考えてみようじゃない」


 意外とノリノリのフルーレに、ラストワンとアナスタシアは「やっぱ子供っぽい」と思うのだった。


 ◇◇◇◇◇◇


 貴族街の近くにある高級バーの一室に、ランスロットとボーマンダの二人が並んでグラスを傾けていた。

 ほんの少し前までは、まずあり得ない光景。

 犬猿の仲では表せない、互いを絶対に認めることのない二人が、こうして並んで酒を飲んでいる。

 それも全て……。


「……ラスティスの件だが」


 ボーマンダが言うと、ランスロットはグラスを置いた。


「再戦は申し込みます。それと団長……個人的には、あなたとも剣を合わせてみたいのですがね」

「フン、貴様ではワシに勝つことはできん」

「……三年あれば、どうです?」

「……チッ、小生意気なガキめ」


 ボーマンダは軽く舌打ちし、酒を一気に飲む。

 おかわりを注文すると、ランスロットが言った。


「団長。ラスティスの件は、再戦だけではないでしょう?」

「ああ。神スキル持ち……一人はラスティスに預けた。戦力として使うことのできる神スキル持ちに、ワシは一人心当たりがある。貴様はどうだ?」

「……もちろん、います。ですが……どうも『力』で屈服させないといけない、じゃじゃ馬娘でして」

「なに? 貴様、また養子を取ったのか?」

「ええ。『神刀』……私の『神剣』と対になる刀剣系神スキルを持つ少女です。賞金稼ぎとして東方で活躍していましたが、ヘマをしたのか、魔獣に殺されかけていたところを、私が助けたのです。それで、その力を見込んで私の元に来るよう説得したら、あっさりとね」

「……ほう」

「ですが、問題がありまして」

「問題?」

「ラスティスです」

「……?」


 意味不明だった。

 ボーマンダがランスロットに視線を向ける。


「『神眼』ラスティス・ギルハドレッド。彼女……イチカは、ラスティス・ギルハドレッドに憧れているようです」

「……またあいつか。全く」

「とりあえず、ラスティスには説明し、そのまま預けてもいいと考えています。団長の方は?」

「……南方で活躍している傭兵団の長だ。『神爆』という強力な神スキルを持つ」

「ほう、それは頼りになる」

「…………」

「……団長?」

「…………いや、今のはなしだ。忘れろ」


 ボーマンダは、おかわりの酒を飲み干し、新たな酒を注文する。

 だが、ランスロットは腑に落ちないのか、自分用に出されたグラスをスライドさせ、ボーマンダの前に送った。


「……あなたがそういう態度を取るのは珍しいですね。その神スキル持ち……何か問題が?」

「…………」

「団長。神スキル持ちは、探してすぐ見つかるような存在ではない。戦力の増強が必要な今、心当たりがあるなら、感情を挟む余地などないはずでは?」

「……わかっている」


 ボーマンダは、グラスの酒を一気に飲み干した。


「弟だ」

「……え?」

「バーミリオン・グレムギルツ。いや、元グレムギルツか……ワシがグレムギルツ侯爵位を継承した時に、家を追い出した」

「……話を聞いても?」

「フン、何を期待してるか知らんが、たいしたことではない。ワシは、グレムギルツという『絶対的な力』の柱になるために、邪魔な弟を追放しただけだ。追放後、バーミリオンは南で傭兵団を結成し、今では最強の傭兵の一人に数えられている」

「戦力としては、申し分ないですね」

「だが、今更ワシの頼みなど聴かん。家を、国から追い出したワシのことは、恨んでいて当然だ」

「…………」


 ボーマンダは、大きなため息を吐き、新たな酒を注文するのだった。

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