七大魔将『破虎』ビャッコ③/臨解

 サティは震えていた。

 だが、右の剣に雷を、左の剣に磁力を纏わせる。

 そんなサティを、ビャッコはニヤニヤしながら眺めていた。 

 トウコツも戦いたかった。だが……今、動けばビャッコは息子だろうと容赦しない。

 父であるビャッコは、戦いと、自身の快楽を邪魔する者は絶対に許さない。


「そうビビんな。そうだな……よし、何があろうとお前は殺さねぇ。これで少しは気が楽になったか?」

「……ッ」

「ほれ、かかって来い」

「っ、う、ぁぁぁぁぁぁ!!」


 紫電が爆発する。

 磁力の力が発動───……すると、ラストワンが生み出した『曲刀』がいくつも浮かび上がった。

 トウコツがラストワンを見ると……いつ意識を回復させたのか、腕だけを上げ、スキルを使い自身の剣をいくつも生み出していた。

 口元しか見えなかったが、間違いなく笑っていた。


「『雷磁集鉄バンキング』!!」


 ラストワンの剣が一つになる。磁力で剣が曲がり、複雑な形となっていく。

 曲がり、歪んだ剣がくっつき、一つの『巨大剣』となっていく。

 ビャッコは「おお」と感心したような声を出すが……いまだに、腕組みしたままだった。


「【磁界剣マグニティス】!!」


 磁力により変形、くっつき、巨大化した剣は、雷を纏い上空へ。

 この様子を、アナスタシア、エミネム、フルーレは見ていた。


「───……強い」

「さ、ティ……いつの、まに」

「……ま、さか」


 アナスタシアは強いと認め、エミネムは力の規模に驚愕し、腕の断面を抑え呻くフルーレは何かに気づいた。

 そして、ラストワンが呟く。


「やっちまえ」

「『磁空飛剣スクワイヤー』!!」

 

 巨大剣が、ビャッコ目掛けて落下してきた。

 雷を帯び、地表にある金属に引っ張られるように勢いよく落下してくる。

 まさに、雷のごとき速度。音よりも早い速度で落下してくる金属剣に、ビャッコは未だ腕組みしたままで笑っていた。


「やるじゃねぇか」


 サティはそう聞き───……ビャッコが自分に向けて笑ったのが見えた。


 そして、ビャッコが右腕を上げる。

 五指を開くと、落下してくる剣の切っ先を人差し指、中指で挟んで止めた。

 地面に亀裂が入るが、ビャッコは微動だにしない。

 地面が揺れる。そして───……剣を指で挟んだ無傷のビャッコが、指を軽く振るって剣を地面に落とした。


「いい一撃だったぜ。まあ、ヒトの身にしてはだがな」

「えっ」


 ビャッコはいつの間にか、サティの近くに移動していた。

 そして───人差し指を弾くと、サティの額に直撃。

 エミネムと同じ、強烈なデコピンを受け、頭から血が噴き出し、地面を何度も転がった。


「さて、と……ひーふーみー……五人か。ルプスレクスを殺したヤツを呼ぶには、一人くれぇ殺しておいた方が効果的か?」


 そう言い、息も絶え絶えなフルーレを見た。

 腕を失い、氷で断面を止血しているが、利き腕を失った精神的ショックにより、顔色が悪い。

 アナスタシア、ラストワンも、身体を起こすだけで立てない。エミネムも動けなかった。


「腹、減ったな」


 それは───……フルーレを、餌として喰うつもりの言葉だった。


 ◇◇◇◇◇◇


 サティの意識は明滅していた。

 頭を弾かれ、銀色の髪が血で濡れている。

 思い出すのは、ラス……では、ない。


『おとうさん、おかあさん。なんで? なんであたしをすてるの?』


 小さなサティが、泣いていた。

 小さなサティを恐れるように、遠くには顔が黒く塗りつぶされた男女が立っていた。


『わからないのか……』

『サティ、あなたは……とんでもないことを、したのよ』


 両親だと、すぐにわかった。

 顔が見えないが、両親はおびえていた。

 女性は、泣いているように見えた。


『あなたは、殺したのよ』

『え……?』

『サティ、お前は……殺したんだ』

『こ、ころし、た?』


 血濡れのサティは、真っ黒な大地に転がっている。

 そばにいる小さなサティが、両親に責められていたのを見たが、どこか他人事のような気分だった。

 でも、わかった。

 これは、幼少期の記憶。両親に捨てられ、孤児となった時の記憶。

 ラスやランスロットには『捨てられた』と答えたが……実は、その時の理由は、よく覚えていなかった。いつの間にか、王都にいて孤児院にいた。


『ごめんなさい、サティ……私たちはもう、あなたが怖い』

『すまない……僕も同じだ。もう、きみを娘とは思えない』


 拒絶。

 なぜ、拒絶するのか。

 小さなサティの身体が、パチパチと紫電を帯びる。


『ああ、そっか……そうだったんだ。あたし、殺しちゃったんだ』


 血濡れのサティの心臓が、跳ねた。

 小さなサティが、血濡れのサティを見て泣いていた。


『あたし、殺したんだ』

「……あたし、殺したんだ」

『あたしの、大事な……家族』

「あ、あ……あ」


 徐々に、よみがえる記憶。

 サティは、一人っ子じゃなかった。

 家族がいた。父と、母。そして、もう一人。


『あたし……殺したんだ。あたしが大好きだった、妹を……レティを』


 小さなサティが、何かを抱いていた。

 それは、二歳ほどの小さな銀髪の少女。

 ぐったりしたまま、動かない。


「あ、あぁ……あ」


 思い出した。

 サティは、すでに手を汚していた。

 人を殺したのは、盗賊が初めてじゃない。

 まだ四歳だったサティ。スキルにこそ目覚めていなかったが、無意識に『放電』したことがあった。

 そして───……抱っこしていた妹が、感電した。

 両親は、見ていた。

 サティが「スキル」を持っていること。そして、その力で妹を殺したことを。

 事故だった。間違いなく、事故だった。

 でも、事故でも、事実は一つ。


「あ、たし……妹、レティを……こ、殺し……」

『殺した』


 小さなサティが、血の涙を流し、サティを見つめていた。


 ◇◇◇◇◇◇


 ビャッコの手がフルーレに伸びた瞬間、膨大な『雷』がサティの身体から放たれた。


「あ、ぁぁ、あ……あぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


 尋常ではない紫電が放たれ、周囲を破壊し始めた。

 明らかにおかしい。サティの身体に何か異変が起きていた。

 紫電が暴走している。サティの神スキルである『雷』の力が、周囲を滅茶苦茶に破壊し始めた。

 サティは頭を押さえ、地面をゴロゴロ転がっている。


「違う違う違う違う違う違う違う違う違う!! あたしはあたしはあたしは!! 違う違う違う違う違う違う違う違う違う!! ちがうのぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」


 止まることのない雷。

 ビャッコ、ラクタパクシャ、トウコツは驚いていた。


「な、なんじゃ、これは……」

「くっ……おい親父、なんだこれは!!」

「知るか。だが、面白れぇな……おい、手ぇ出すなよ」


 ビャッコが拳を握り、サティ目掛けて走り出す。

 そして───サティの雷に変化があった。全身から発せられる紫電が意志を持ったように、ビャッコ目掛けて飛んでいく。


「ハッハァ!! いいね!! おいガキ、さっきより楽しいぜ!!」

「やだやだやだやだやだやだやだやだあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 サティは暴れていた。

 雷がビャッコに直撃するが、僅かに焦げただけ。

 そして、更なる変化があった。

 サティの全身を覆う雷が、まるで鎧武者のような、異国風の鎧を纏い、剣を両手に持った『武人』のような形になり、サティを包み込んでいた。


「おっほぉぉ!! おいおい、ワクワク止まらねぇぞ!!」

「……何だ、これは」


 ラクタパクシャは、胸を抑える。

 動かないことで『核』を全力で修復していたが、中断せざるを得ない。

 そして、ラクタパクシャは、フルーレを、アナスタシアを、ラストワンを、エミネムを一瞬で回収し、近くの岩陰に避難させる。


「ぐっ……少し動いただけでこの痛みか。おい、しっかりしろ……」


 ラクタパクシャは胸を押さえ、全員に聞く。


「うっぐ……マジかよ。おい、アナスタシア」

「ええ、間違いないわ……フルーレ。わかるわよね?」

「うっ……え、ええ。でも、まさか、サティが……」

「ど、どういうこと、なんですか……?」


 エミネム、ラクタパクシャだけがわからなかった。

 ラストワンは一度深呼吸し、言う。


「『臨解りんかい』だ……」

「り、りんかい?」

「ああ。理由は不明だが、サティの中にある『神スキル』の枷がブッ壊れたんだ。そして、力が限界を、臨界を超えて放たれている……」


 そこまで言い、ラストワンは呼吸を整える。代わりにアナスタシアが言う。


「エミネム、聞いたことはない? 私たちの『神スキル』には、神が宿ると……」

「き、聞いたことはあります。でも……それって、おとぎ話じゃ」

「あれは『神』と定義していいのかわからないけどね。どうして『神スキル』って呼ばれてるかわかる? あんな風に、枷が外れると暴走するの……」

「……か、枷」


 アナスタシアが呼吸を整える。そして、腕を抑えたフルーレが言う。


「一度、枷が外れると……止めることは至難。でもね、一度でも枷が外れ、暴走が収まると、『神スキル』は強力になる。一時的にだけど、枷をわざと外して戦うこともできるようになる。それが『臨解りんかい』……七大剣聖に選ばれる最低条件」

「じゃ、じゃあ……フルーレさんも」

「ええ。私も枷を外したことがある。でも、おじいちゃんがすぐに対処してくれたし、『臨解りんかい』は決して使うなって言われてたから……」

「オレも、アナスタシアもだ。ってか『臨解りんかい』は強力すぎる戦闘方法だが、一度使用するとしばらく《神スキル》が使えなくなるし、全身疲労で動けなくなる。魔族相手に使うにはリスクが高すぎるんだ。それだったら、枷を一度外し、強力になった『神スキル』を鍛えた方が効率的だからな」


 ラストワンはそこまで言うと、アナスタシアが言う。


「サティ……あの子の中で、何かが起きた。それが刺激となって、枷が外れたのね……」


 荒れ狂う雷を見るアナスタシアたち。

 不思議と───爆ぜる紫電の音が、泣いているように聞こえた。

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