七大魔将『破虎』ビャッコ④/雷の涙

 サティの暴走は続いていた。

 サティを中心に雷が荒れ狂い、中心には雷が鎧武者のような形となっていた。

 原理は不明。近づくことも難しい。雷の威力は桁違い……ビャッコでさえ、雷に触れればダメージを追うだろう。

 だが、ビャッコは楽しんでいた。


「面白れぇな!! 人間ってのはこうも楽しいのか!!」


 雷をよけながらサティに近づく。何度か雷に触れてしまい、腕が炭化したが、すぐ回復する。

 そして、拳を振り上げ、蹲ったままのサティに向かって振り下ろす。

 だが───雷の武者が、二本の剣で受け止めた。


「ハハァ!! いいね、いいぞガキ、楽しいぞ!!」

「あ、あ……」

 

 サティは、過去を思い出し精神崩壊寸前だった。

 捨てられた時のこと。その原因が、妹を感電死させた自分にあったことを。

 いつか親に再会できるかも……なんて、淡い思いもあった。だが、会えるわけがなかった。

 打ちのめされ、ビャッコも見えていない。


「ドォラッ!!」


 雷の鎧武者が、ビャッコの拳で粉々に砕け散る……が、一瞬で復元した。


「う、っがふ……っ」


 サティは吐血した。

 だが、そんなことどうでもいいくらい、力が入らなかった。


 ◇◇◇◇◇◇


 ラストワンたちは、離れた岩場で呼吸を整えていた。


「……動ける、か?」


 全員、重症だった。

 会話はできる。だが、全員が数か所の骨折と出血をしている。

 特に、フルーレが酷い。右腕を失い、氷で止血をしているが顔色が悪い。

 アナスタシアは言う。


「サティを、止めないと……このままじゃ、神スキルに、殺されるわ」

「……どういうことだ」


 ラクタパクシャがアナスタシアに聞く。


「何度も言ったでしょ。あれは、暴走……今、あの子が放っている雷は、あの子の命そのもの。それが尽きれば、あの子は死ぬ……だから『枷』を外したら、すぐに枷を嵌めないといけないのよ……私と、ラストワンは……ラスがいたから、なんとなかった、けど」


 呼吸が荒い。アナスタシアも何か所か骨折しており、動くだけで激痛が走る。

 そんな時だった。


「ハハッ……こんなところに隠れていたか」

「「「「!!」」」」


 トウコツが現れた。

 岩を砕くと、ラストワンたちが地面を転がる。


「くっそ……マジで、やべぇな」

「はぁ、はぁ……でも、やらない、と」

「わ、私が……!!」


 フルーレは気を失い、エミネムが庇うように槍を向ける。

 そんな時だった。ラクタパクシャがエミネムを守るように立つ。


「あぁ? なんだお前。死にかけの七大魔将が、人間を守るのか?」

「…………」


 ラクタパクシャは、魔族の命である『核』に亀裂が入った状態だ。

 通常の魔族なら、亀裂が入った時点で消滅する。だが、七大魔将であるラクタパクシャは、魔力を消費することで『核』の修復を行っていた。

 ラストワンたちよりも重症……だが、ラクタパクシャは言う。


「御託はいい。わらわも覚悟を決めた」

「ハハッ!! じゃあ、てめえはここで死にやが───……」


 次の瞬間、トウコツが業火に包まれ、炭化した。

 ラクタパクシャは吐血。身体にも亀裂が入る。


「ぐ、ァっは……ははは、わらわも、長くないな……」

「ら、ラクタパクシャさん!!」

「無事か、エミネム……よかった」


 ラクタパクシャは笑い、エミネムの頭を撫でた。

 そして、ラストワンに聞く。


「教えてくれ。サティは、どうやって止まる。暴走を止める手立てが、あるのだろう……?」

「お前……」

「教えろ。わらわも、ラスティスの教え子を見殺しにはしたくない……」


 アナスタシアは言う。


「ラクタパクシャ。あなた……死ぬつもり?」

「もう、わらわは助からん。『核』の修復を放棄した。残った命、お前たちのために使わせてくれ……」

「……ラクタパクシャ」


 ビキビキと、ラクタパクシャの身体に亀裂が入っていく。

 ラストワンは、その『方法』を呟くと、ラクタパクシャは頷いた。

 エミネムはポロリと涙を流したが、ラクタパクシャはその涙を指で拭う。


「ヒトと魔族が、共存する世界……か。意外と、悪くない」


 ◇◇◇◇◇◇


 ビャッコは、サティの雷をモロに受け吹っ飛ばされた。

 全身やけど。だが、一瞬で回復する。


「くぅ~シビレたぜ。さて、そろそろマジでやるか……!!」

「させん」


 そして、火柱がビャッコを包み込む。

 ビャッコは再び全身に火傷を負った。すぐに回復するが、ラクタパクシャがその隣を通りサティの元へ……狙いはビャッコではない。

 ビャッコは青筋を浮かべ叫ぶ。


「てめえ!! オレの楽しみの邪魔するヤツは、誰だろうと許さねぇぞ!!」

「フン、知ったことか」


 再び、火柱が上がる。

 ビャッコは炎に呑まれるが、ラクタパクシャは見ていない。

 雷を回避し、サティの傍へ。そして、雷で全身を焼かれながら、サティを抱きしめた。


「あ、ぁ……」

「目を覚ませ!! 雷に、神スキルに呑まれるな!!」

「あ、あたし……あたし、は」

「目を覚ませ!! お前は、何も悪くない。力を抑え込め!!」


 全身を焼かれながら、ラクタパクシャは叫ぶ。

 暴走した神スキルを抑え込む方法は一つ……呼びかけるしかない。

 単純だがこれしかないのだ。だから、ラクタパクシャは呼びかける。


「サティ、このままではお前は死ぬ!! お前が死んだら、ラスティスは悲しむ!!」

「───……し、師匠」

「そうだ!! っぐ……力を、押さえて」


 ラクタパクシャも限界が近い。身体が焼かれる。ビャッコのような回復速度はないし、そもそも核に亀裂の入った今、回復力はほぼ失われている。

 だから、命を賭けて呼ぶ。


「サティ!! 目を覚ませ!!」

「───……」


 ぼんやりした眼で、サティはラクタパクシャを見た。

 とめどなく涙があふれ、どうしようもなく悲しい。

 ラクタパクシャは、全身を焼かれつつも、サティを抱きしめている。

 そんな時だった───……。


 ◇◇◇◇◇◇




「───……ったく、なーにやってんだ、お前は」




 ◇◇◇◇◇◇


 どこか退屈そうな声。

 サティは見た。

 ラスティスが、汗をぬぐい、困ったように苦笑していたのを。


「『臨解りんかい』か。あー……ちょっと見ない間に、とんでもないことになってんな」

「ぐっ……ラスティス、なのか」

「ラクタパクシャ。よかった、生きてたか───……ちょっと待ってろよ」


 ラスは居合の構えを取る。


「おいサティ!! この馬鹿弟子!! お前に『臨解りんかい』はまだ早いっ!!」

「し、ししょ───」


 ラスティスは走り出し、雷を全て斬り払う。

 そして、サティに向けて抜刀───剣を振ることなく、一瞬で納刀した。

 

「『閃牙・ひびき』」


 カチィン───!! と、鍔鳴りが響く。

 サティの身体が跳ね、そのまま気を失い───ようやく、雷が収まった。


「『臨解りんかい』を止める手っ取り早い方法が、臨解者を気絶させることだ。本来は呼びかけ、自覚させて抑え込むのが一番だがな」

「……やれやれ、そうか」


 ラクタパクシャはサティを地面に下ろし、ラスティスを見た。


「遅かったな、ラス」

「悪い……ラクタパクシャ。生きててよかった」

「ふ。そうだな……だが、もう───……ラスティス!!」

「っ!!」

「ハハッ!!」


 油断。

 ビャッコがラスティスの背後に立ち、拳を振り上げていた。


「会いたかったぜ、ルプスレクス殺しィィィィィィィ!!」

「───!!」


 ラスティスは刀を抜こうとしたが、間に合わない。

 そう、覚悟した瞬間だった。

 

「ラスティス!!」


 ラクタパクシャが、ラスティスを突き飛ばした。

 そして……ビャッコの拳が、ラクタパクシャの胸を貫通した。


「ごはぁっ……!!」

「ら……ラクタパクシャ!!」

「あ? おいおい、なに庇ってんだ……クソが」

「あ、っが……」


 ビャッコは、ラクタパクシャを持ち上げ、そのまま放る。

 胸に大穴が開いたラクタパクシャは地面を転がり、血濡れのまま動かなかった。

 ラスティスは慌てて近づき抱き起す。


「おい、おい!! お前、何やってんだよ!!」

「……す、ま、ない。はは……どうせ、死ぬ、から……」


 ラクタパクシャの全身に亀裂が入る。

 核が完全に破壊されていた。魔族にとって、避けられない『死』だ。

 ラクタパクシャは、ラスティスの頬に手を伸ばす。


「ルプスレクス───…………また、いっしょ、に」


 ラクタパクシャの目に映っていたのは、ラスティスではなかった。

 愛した男の腕に抱かれ、ラクタパクシャは静かに涙を流す……そして、亀裂が全身に広がり、身体が炎に包まれ、消滅した。

 ラスティスの手には、ラクタパクシャだった『灰』がサラサラと地面に落ちた。


「…………」


 ラスティスは、その灰を手ですくい……握りしめる。


「ハハッ!! ついに来たか、ラスティス・ギルハドレット!! もう先ほどのような偶然は起こらん!! 親父、こいつはオレが!!」


 炭化から回復したトウコツが迫ってくる。

 ラスティスはゆっくり立ち上がり───呟いた。


「───……『閃牙・はなむけ』」


 カチンと、小さな鍔鳴りがした。

 トウコツがラスティスの目の前で止まる。

 ラスティスは、もうトウコツを見ていない。腕組みしてニヤニヤするビャッコを睨んでいた。


「ほお、いい顔してやがる。なあ、ルプスレクス殺し」

「黙れ」

「貴様、オレを無視───」


 トウコツが振り返った瞬間、両腕が地面に落ちた。


「な、なに……」


 そして、足が細切れになり地面に倒れる。


「な、なんだ、これは!?」


 胴体が真っ二つになり、首が落ち、胴体がさらに分割される。


「お、親父!! 親父!! 何が、何が」

「アホ。お前、とっくに死んでるぞ。ははは、あばよ、バカ息子」

「おや───」


 心臓、核が両断され、トウコツは完全に消滅した。

 ビャッコもトウコツなど見ていない。真正面に立つラスティスを見る。


「いいね、さっきの雷娘よりいい。楽しませてくれよ、ルプスレクス殺し」

「うるせえ。てめえだけは……許さねぇ」


 ラスティスは抜刀の構えを取る。

 ビャッコも拳を構える。


「七大剣聖序列六位『神眼』ラスティス・ギルハドレット……お前を殺す『牙』の名だ」

「七大魔将『破虎』ビャッコだ。さあ、楽しもうぜ!!」


 始まる。

 ラスティスと、ビャッコの戦いが。


 ◇◇◇◇◇◇


 ◇◇◇◇◇◇




『ダメだラスティス、そんな状態じゃビャッコは倒せない───』

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