脇役剣聖、盗賊退治

 ハドの村から王都まで、普通に進んで二週間……はぁ。

 せっかく新しい風呂ができたのに、まだ一回しか入っていない。俺の予定としては、訓練後にゆ~っくり風呂に浸かりながら晩酌……露天風呂で夜空を眺めたりしたかったのに。


「はぁ~あ……」

「師匠、どうしたんですか?」

「……いや、風呂に入りたくてな」

「師匠。お風呂は帰ればいくらでも入れるんだし、今は護衛に集中しましょう!!」


 ごもっともだ。

 現在、馬車の周囲は俺、サティ、商会で雇った護衛にマルセイくんで守っている。ケインくん曰く、この辺りで盗賊が出たので注意とのことだ。

 俺が見た感じ、マルセイくんはなかなか強い……たぶん、スキルなしだったらサティじゃ勝てない。

 俺は、マルセイくんに聞いてみた。


「マルセイくん。キミは『スキル』を持ってるのかな?」

「冒険者、傭兵、護衛には必須っすよ。まぁ、ラスさんみたいな『神スキル』じゃない、ありふれた『剣豪』のスキルですけどね」

「いや、『剣豪』も立派なレアスキルじゃないか」

「まぁ……運が良かったっす」


 マルセイくんは曖昧に笑う。

 スキルには種類、そして順序がある。

 スキル、レアスキル。この辺りが一般的なものだ。

 そして、エピックスキル。レジェンドスキル。この辺りはレア中のレア。持っている人も多くないし、高位の冒険者や傭兵なんかは持っているのが多い。

 そして『神スキル』……スキルの最上級で、持っている人はほとんどいない。ま、身の回りにけっこういるから、そんな気があまりしないけどな。

 すると、馬車の窓が開く。


「ラスさん、そろそろ休憩しましょう。お昼も近いですし」

「おう。じゃあ……お、いい水場がある。あそこにしよう」


 少し先に、綺麗な小川があった。

 そこまで行き、ケインくんたちや商人たちが馬車から降りると、食事の支度を始める。

 俺も手伝おうとしたが拒否された。


「ラスさんはずっと護衛してくれたんですし、休んでていいですよ」

「護衛といっても、何もしてないがな……」

「あはは。じゃあ、周囲の見回り、お願いします」


 そう言われたので、俺はサティを連れて小川の周囲を歩く。


「魔獣とか出ると思ったんですけどね……」

「サティ。確認しておく」

「はい?」

「魔獣はともかく、人間は倒せるか?」

「……え?」

「伝えるの遅れたが……この辺りで、盗賊が目撃された。こんな大所帯で、荷車を二つも運搬している商会は、奴らには絶好の餌だ。襲撃される可能性も少なくない。その時、お前は斬れるか?」

「……え、えっと」

「真に強くなりたいなら、これは超えるべき壁だ。まぁ、できないなら下がっておけ」

「し、師匠……」

「こればかりは、何も助言しない。お前が考えて、行動するんだ」

「……は、はい」


 それだけ言い、俺とサティは馬車に戻る。

 いい香りがすると思ったら、野菜たっぷりのスープを作っていた。しかもサンドイッチも。

 俺が一人で王都に向かった時なんて、干し肉かじってたのに……ありがたい。

 と───サティに『人を殺せるかどうか』を語った数秒後。


「盗賊だーっ!!」

「いや早ぇえよ!?」


 思わずツッコミを入れてしまう俺。

 馬車に戻ると、すでに戦闘が始まっていた。 

 

「積荷を全部よこせ!! 男は殺せ!! 女は連れて行くぞぉぉ!!」

「「「「「おぉぉぉう!!」」」」」


 うわ……典型的な盗賊団だな。

 数は……三十人くらいか。なかなか規模が大きい盗賊団だ。

 武器は剣、槍、離れた場所で弓。後方に首領っぽいのがいる……ふむ、なかなかいい陣形だ。食事の支度を始めて、傭兵たちが周囲を警戒し、何もないと判断して気を緩めた瞬間の襲撃だな。

 俺はサティに言う。


「いいか、覚悟が決まらないうちは、こっちに来るなよ」

「あ……」


 俺は剣の柄に触れつつ走り出す。


「死ねや!! ───あれ?」


 剣を振り下ろす盗賊───だが、一瞬で両腕を肘から切断。盗賊は自分の腕が何でないのか首を傾げたが、俺はその首を斬り飛ばす。


「マルセイくん、ごめん!! 大丈夫か!?」

「ああ!! だが、こいつらただの盗賊崩れじゃねぇ。装備はいいモン使ってるし、統率も取れてやがる!!」

「確かに。恐らく、元傭兵か元騎士ってところか。まぁ───倒せばいいだけだ」


 俺は半身で構え、向かってくる盗賊たちに突っ込む。


「『閃牙』」


 居合。一瞬で四人の首を斬り飛ばす。

 俺の一番の得意技だ。さーて……残りもやりますか。


 ◇◇◇◇◇◇


 ◇◇◇◇◇◇


 サティは、震えていた。

 一線を越える。つまり……人を『殺す』のだ。

 確かに、騎士団で盗賊退治をすることもある。アロンダイト騎士団に在籍していた時も盗賊討伐はあった。が……スキルが不安定なサティは、いつも留守番だった。

 イフリータが、返り血の付いた鎧を、サティに洗うよう命じたこともある。


「あたし、が……殺す」


 それをできなければ、成長はない。

 イフリータも、恐らくフルーレ、エミネムも通った道。

 必要なのは、覚悟。


「きゃぁぁぁ!!」

「っ!!」


 顔を上げると、馬車の傍で女性が襲われていた。

 今朝、馬に水と餌を一緒にあげた商会の女性だ。

 盗賊が剣を持ち上げ、ニヤニヤしている。


「へへへ……オバさんに興味ねぇんだ。死ねよ」


 剣が振り下ろされる───……サティは、自然と動いていた。

 動いた瞬間、覚悟が決まった。


「『雷磁界マグネガ』!!」


 左の剣を抜刀し、薄紫色の球体を発射。

 盗賊の剣、そして鎧などが引き寄せられ、薄紫色の球体にくっついた。


「うっぎゃ!? な、なんじゃこりゃあ!!」

「その人にぃ───……近づくなっ!!」


 磁力の力でくっつき、反発の力で浮いているので重さはない。

 サティが剣を振り回すと、近くにいた盗賊たちも巻き込まれ、くっついていく。

 全員が金属製の剣や鎧を装備しているのがアダとなった。


「くらえぇぇぇ!!」


 サティが剣を振り回し、近くにあった大岩に叩きつけると、磁力に巻き込まれた五人の盗賊たちがつぶれ、血が噴き出した。


「『雷磁集鉄バンキング』!!」


 薄紫色の球体を再び生み出し、盗賊たちの装備、鉄分の含まれた岩などが球体にくっついていく。

 そして、大きな『杭』のような、歪な塊となる。

 サティは回転し、盗賊たち目掛けて杭を投げた。


「『鉄壊ヘクトン』!!」


 鉄の杭が盗賊たちを押しつぶし、完全な肉塊となった。

 我に返ったサティは、血塗れの岩や武器が散らばっているのを見て、真っ青になった。


「あ、あたし……こ、殺し」


 商会の女性を、死なせたくなかった。

 必死になった結果。今までで一番、磁力を制御できた。

 剣を落とし、腹の奥から何かがせり上がってくる。


「う、っげえぇぇぇぇ!!」


 嘔吐した。

 気持ち悪かった。

 初めて、殺した。


「は、ぁ……あ、ああ」


 背中が冷たく、腕が震えた。

 このまま、凍り付いてしまいそうな───……だが、サティの肩を掴み、抱きよせる男がいた。

 ラスティス。サティの師匠が、全てを見ていた。


「大丈夫」

「あ……」

「お前は殺した。同時に、救った」

「……え?」

「忘れるな。救うために、殺さなくちゃいけない時が必ずある。その選択を後悔することも絶対にある。だが……逃げることだけは許されない。お前はもう、覚悟を決めたんだ」

「し、師匠……」

「強くなったな。サティ」

「…………っ」


 サティは、ラスの腕に抱かれ、その胸の中で泣きじゃくった。

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