七大魔将『破虎』ビャッコ①/虎の王
領域が解除され、アナスタシアが崩れ落ちそうになるが、ラストワンが支える。
「お疲れさん」
元気いっぱいのサティが、アナスタシアの前に立つと勢いよく頭を下げた。
いきなりで驚くアナスタシア。すると、フルーレがサティの首根っこを掴んで下げる。
「あなたたち、いつの間にいたのよ。驚いたじゃない」
「隙を伺ってたんだよ。それにしても……お前ら、強くなったな」
冗談ではなく、本気で言うラストワン。
サティは照れていたが、フルーレが言う。
「そんなことより、戦力の一つである上級魔族は屠ったわ。あと何人の上級魔族がいるの?」
「オレは一人倒したぜ。んで、今の一人。どこにいるか知らねーが、ラスやロシエルも倒してると思うぜ」
「情報では四人だったわね……最低でも、あと二人」
アナスタシアが言うと、黙っていたエミネムが言う。
「あの……とりあえず、移動すべきかと。少し目立ちましたので……もしかしたら、争いを感じた魔族が来るかもしれません。私たちも消耗していますし、少し休んだほうが」
エミネムが言うと、フルーレが頷く。
「そうね。全員、上級魔族と戦ったわ。怪我は少ないにしても、疲労は蓄積している。まだ他にも魔族がいる可能性があるし、少しでも休憩した方がいいわね」
「ですねっ!! よし、皆さんで移動しましょう!!」
「……あなた、元気ね」
フルーレが、サティの元気さに苦笑する。
ラストワンは、周囲を見回して言う。
「とりあえず──休める場所を探すか」
「そうはいかない」
と、いきなり聞こえて来た声。
それは、ラストワンのすぐ隣……ラストワンを狙い、拳が放たれる。
ラストワンは曲刀を一瞬で抜いて拳を防御するが、その威力の高さに完璧に防御できず、吹き飛ばされてしまった。
「やるな。オレの拳を、視認した瞬間に脅威と感じ、咄嗟に防御するとは」
そこにいたのは、トウコツ。
猛虎四凶の長男にして最強の戦士が、気配を完全に断ち、コントンを倒し気が抜いたラストワンたちを狙って一瞬で接近し、ラストワンを殴り飛ばした。
ようやく、アナスタシアが戦闘態勢に入り、遅れてフルーレ、エミネム、サティが剣を抜く。
「女子供を殴る趣味はないが、そういう考えはやめた」
トウコツは構える。
アナスタシアが蛇腹剣をトウコツに向け、サティたちに言う。
「サティ、エミネム、フルーレ。私の援護に回りなさい」
「はい!!」「わかりました」
「……今回は従うわ」
フルーレだけは、やむを得ないといった返事だった。
心の底から理解できたのだ。トウコツは、今のフルーレが相手にできる相手ではない、と。
そして、フッ飛ばされたラストワンが首をコキコキ鳴らし、アナスタシアの隣に並ぶ。
「怪我は?」
「打撲。あー痛ぇな……この野郎、ブチ殺してやる」
「ほう、ブチ殺すと……面白いな」
五対一。だが、トウコツは笑っていた。
その理由は──……たった一つ。
膨大な『闘気』を感じたアナスタシア、ラストワンの表情が一気にこわばり、とんでもない量の冷や汗を流し、手を震わせる。
「おーおー、コントンをヤッたのか」
サティ、エミネム、フルーレも同様だった。
トウコツの背後から現れた巨大な『何か』の発する闘気が、対峙しただけで三人を押しつぶそうとしており、今にも潰れてしまいそうだった。
「親父、手を出さないでくれよ。この苛立ち、こいつらにぶつけないと気が済まない」
「はいよ。まぁ、オレ様はここで見させてもらうぜ。なぁ、ラクタパクシャ」
「…………」
構えを取るトウコツの存在が希薄に見えるくらい、その『男』の存在感は圧倒的だった。
ラストワンが、口元をヒクつかせながら呟く。
「ま、マジか……な、七大魔将、『破虎』ビャッコ……だよな」
「え、ええ……信じたくないけどね」
ギリギリで、アナスタシアが返事をする。
ビャッコは近くの大岩に座り、欠伸をしながらニヤニヤしている。
そして、ボロボロのラクタパクシャが、申し訳なさそうにアナスタシアたちを見ていた。
「おーい、オレよりトウコツを気にしておけよ。ま、今は何もしねぇから安心しとけ」
「「っ!!」」
すると、ラストワンの目の前にトウコツがいた。
反応が遅れた。ビャッコに気を取られ過ぎていた。
曲剣を構えようろとするが、拳はすでに放たれている。このままでは顔面が潰れる──……と、死を覚悟した瞬間だった。
「ぬっ……これは」
ラストワンの顔面スレスレに、見えない壁があった。
それは、エミネムが作った『空気の壁』だ。空気の密度を上げ、鋼鉄以上の硬度にしたようだ。
エミネムは、真っ青だった。ビャッコの闘気に完全に呑まれていた。
だが、ラストワンを救うべく動き、命を救った。
「はぁ、はぁ、はぁ……ッ。ら、ラストワン様!!」
「……ッ!! わりぃ、油断した!!」
ラストワンは曲刀を構え、トウコツに向ける。
アナスタシアも蛇腹剣を抜き、トウコツに向けた。
「ラストワン、今はこいつに集中!!」
「わかってるよ!! おいお前ら、呑まれんなよ!!」
ラストワンの叫びに、三人の身体がビクッと震える。
サティは大きく頷いて「はい!!」と叫び、エミネムは深呼吸、フルーレは震えを無理やり押さえて細剣をトウコツに向けた。
こうして、トウコツを倒すために、ラストワンたちが動き出した。
◇◇◇◇◇◇
◇◇◇◇◇◇
「はぁ、はぁ、はぁ……あーくそ、どっちだ」
俺は走っていた。
強い『闘気』が発している方向に向けてひたすら走っているのだが……その闘気が『デカい』し、気配の広がり方が尋常じゃない。なので、だいたいの方角に向けて走っている。
間違いなく、ビャッコ。
七大魔将がついに動き出したのだ。
「まずい。たぶんだけど……七大魔将は、アナスタシアやラストワンが協力しても倒せねぇ。っていうかあいつら、合体技とか覚えてるかな……」
かつて、ラストワンとアナスタシアは俺と一緒に生活して、指導していた。
その時、思いつきで『神増』と『神音』の合体技をいくつかやってみたのだ。上級魔族になら効果あると思うが、ビャッコ相手じゃ時間稼ぎにもならん。
やはり、ビャッコは俺が相手しなきゃいけない。
「『冥狼斬月』……」
俺は腰の刀に触れる。
ルプスレクスは言った。俺の『牙』とルプスレクスの『牙』を合わせれば、ビャッコに届くと。
今の俺じゃ相打ち覚悟でも厳しい。あの闘気のデカさ、俺が戦ったルプスレクス以上だ。
ってか、地味に凹む……俺と戦ったルプスレクスは、実力の半分以下で俺と戦ってたってことになるんだからな。この状態のビャッコでも、本来のルプスレクスなら勝てるとかいうし……っと。
「とにかく、急ぐ──……あれ」
なんか、『冥狼斬月』が熱い。
違和感を感じていると──……急激に、俺の『鼻』がツンとした。
あまりの痛みに顔をしかめて涙を流すと。
『───、───すよ』
「……あ」
途切れ途切れだが、聞こえて来た。
『───、狼の──……嗅覚……で、探せ』
「──!!」
聞こえた。
狼の嗅覚。ルプスレクスが、力を貸してくれた。
どういう理屈か知らないが、『冥狼斬月』となってもルプスレクスには力がある。
ありがたく使わせてもらうが……鼻がメチャクチャ痛い!!
「うぎぎ……ニオイとかわかんねぇぞ。ツンツンした痛みが鼻を刺しやがる。で、でも……」
わかる。
物理的な『ニオイ』じゃなく、闘気の『ニオイ』を嗅ぎ分ける。
最も濃く、強い匂い……見えてきた。一本の道筋……強者の『ニオイ』が!!
「よし、このニオイを追う!! ……というか俺、犬みたいだな。いや狼か」
俺は強者……ビャッコの匂いを追い、走りだした。
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