第3話 仙台駅前ダンジョン第1~第3層
あんないい加減な計画書でも、あっさり受付を通ってしまった。
受付はひっつめ髪の神経質そうな中年女性で、入場料と計画書を受け取ると、ろくに内容も確かめずに書類の山に突っ込んでいくだけだったのだ。
「計画書、書く意味あったのかな?」
「体裁が整ってることが大事なんだろ」
プロレスの試合でも、毎回誓約書が交わされる。
こんな杜撰なチェックではないが、一番大事なのは「リング上で起きた事故(負傷・死亡・後遺症等)について、主催者や対戦相手に対して責任を問わない」という約束だ。ここだけ聞くと責任逃れに思われるかもしれないが、これがなければ格闘興行は成立しない。いわゆる自己責任ってやつだ。
ダンジョンの事情も似たようなもんなんだろう。
計画書の裏面には小さい文字で免責事項がびっしりと書かれていた。斜め読みだが、要するに「ダンジョン内で起きたことは自己責任」ってことだった。あとは決められた場所以外でトイレをすると罰金だとか、設備や備品を壊したら弁償だとか、まあそういう普通のことだ。
「ダンジョンなんてひさしぶりだなあ」
「ん? ソラはダンジョンに入ったことがあるのか?」
クロガネは、自分と同じでソラも初めてだと思っていた。
「中学のとき、遠足で行ったよ」
「おいおい、危なくねえのかよ」
「どのダンジョンも3層まではモンスターが出ないんだって」
「ふうん、それならハイキングみたいなもんか」
石造りの階段を下っていく。
外よりもわずかに気温が低く、空気が湿っている。
天井の隅にはごちゃごちゃとした配線が這っており、数メートル間隔でLED照明が灯っている。
階段を降りきると、「仙台駅前ダンジョン第1層」という看板が天井からぶら下がっていた。
その先には土産物屋や軽食の屋台や出店が所狭しと軒を連ね、思い思いの装備をした配信者たちでごった返している。
クロガネとソラは地上でならごく当たり前の服装をしているが、ここではかえって浮いて見えた。
「なんか緊張感がねえなあ」
「1層なんてこんなもんでしょ」
ソラは屋台でラムネを2本買い、1本をクロガネに渡す。
クロガネはポンと音を立てて蓋を開け、一気に飲み干して瓶を屋台に返す。少し遅れて、ソラも瓶を返した。
「あ、チョコバナナもあるよ」
「おいおい、買い食いは帰りにしようぜ。遊びに来たわけじゃねえんだから」
「じょーだんじょーだん。でも、お祭りみたいでテンション上がるね」
「ああ、まるっきり縁日だな」
客の服装を浴衣にして、武器をうちわや風船にでも持ち替えさせればそのとおりの景色になるだろう。
飲食系だけでなく、金魚すくいの屋台まで……いや、サハ
気になって覗いてみると、浅く広い水槽の中を手足の生えた金魚が泳いでいた。
平泳ぎ、クロール、バタフライ……競泳会場か、ここは?
その隣ではカラープチハーピーと称して色とりどりの人面ひよこが売っている。
さらに隣では尻尾の代わりに蛇が生えたミドリガメが売られていた。
「……訂正。ぜんぜん縁日じゃねえわ」
子供の頃に行ったお祭りを思い出して懐かしい気持ちになっていたクロガネだが、これらの光景を見て我に返った。やはりここはダンジョン――地上とは違う異界なのだ。
層を下っていくと、だんだん屋台の様子が変わってくる。
2層は携行食や電池、燃料、医薬品やタオルなどの実用品の店が多かった。
3層まで行くと、回復ポーションや毒消しポーション、アンデッド対策の聖水や御札など、ダンジョン由来の高額商品の品揃えが増えた。
「どれも地上の倍くらいの値段だな」
「用意を忘れて、慌てて買う人狙いなんでしょ」
「この長い棒は武器か?」
「なんだろ? ただの木の棒に見えるけど」
「物干し竿……ってことはねえだろうしなあ」
屋台のひとつに、3メートルほどの木の棒だけが何十本も並んだ店があった。
いや、店と呼んでよいものかも怪しい。
ポリ製のゴミ箱に無造作に棒が突っ込んであり、店員すらいない。
1本千円と書かれた料金箱がゴミ箱の横に置いてあるだけだ。
「1本買ってくか?」
「なんで?」
なぜと聞かれて、クロガネは答えに詰まる。
なんとなく、あった方がよい気がしただけだ。
「いや、なんでもねえ。やっぱり要らねえよな」
「うん、要らないでしょ」
クロガネとソラは、4層へ向かう階段を下った。
ここから先はモンスターの出没する階層だ。
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