第31話 仙台駅前ダンジョン第1層 スキルと魔法の違い

 三人は、神社から少し離れた甘味の屋台で休憩していた。

 テーブルと椅子が用意されているのがありがたい。

 ソラは細長いスプーンで宇治金時をすくってぼやく。


「いきなりデビュー戦になるなんて思わなかったよ。しかも、最後は追い出されちゃうし。何だったんだろうね、あの脳みそ神様」


<ヘカトンケイル>を倒した後、あの脳みそフトダマは『何なんだ貴様らハ! バグってるだロ! 演算結果を、宇宙の法則を乱すナ! チーターは死ネ! 出てケ! 二度と来んナ! ばーかばーカ!』などとわめき、魔法か何かで三人を神社の外へ瞬間移動させたのだ。


 そんな理不尽な仕打ちに加え、当初予定していた配信ができなくなったこともソラには不満だった。<神社>での配信が押して、予定時刻を食ってしまったのだ。


「ジョブってやつも、もらわず仕舞いになっちまったな。出禁も食らったし、どうにも納得いかねえなあ」

「どう考えたって八つ当たりだもんね」


 クロガネが食べているのはメロン味のかき氷だ。

 冷たくてふわふわな食感に、爽やかな甘みが心地よい。

 イチゴやブルーハワイなどもあったが、なんとなく贅沢感のあるメロンがクロガネの好みだった。


「予定の配信は潰れちゃいましたけど、撮れ高はばっちりでしたよ!」


 アカリはドリンク片手に鼻息も荒くタブレットを操作している。

 赤いタピオカドリンクに見えるが、その正体はメイキュウトキシラズの卵をミルクティーに入れたものだ。食感はイクラのようにぷちぷちしていて、中に甘くてとろみのある液体が詰まっている。少し前に大ブームを巻き起こし、いまでは地上でも定番となったドリンクだ。


「最大同接数はなんと4,000! 前回から一気に倍増です!」

「おおっ、後楽園ホール2つ分! すげえじゃねえか!」

「ふふふ、さっそくクロさんの配信を超えちゃったね」


 アカリが成果を伝えると、クロガネとソラはハイタッチをして喜んだ。

 勢い余って足をぶつけでもしたのか、テーブルががたがたと揺れる。

 かき氷が倒れそうになり、二人は慌てて食器を押さえた。


「あれ? まだ揺れてるね?」

「地震か?」


 テーブルが揺れた原因はクロガネたちではなかったようだ。

 ダンジョン全体が小刻みに振動している。

 それが十秒くらい続いて、揺れが収まった。


「わー、びっくりした」

「ダンジョンにも地震があるんだな」

「迷宮震って呼ばれてますね。地上の地震とは無関係に起こるらしいです」


 迷宮震は、レイドボスと呼ばれる大型モンスターが現れる前兆だとか、ダンジョンが構造を変えた余波だとか、様々な仮説が唱えられているが定説は確立していない。

 巨大なナマズ型モンスターが地下深くで暴れているのだと大真面目に論じているものまでいる始末だ。


「ひょっとして、あの神様が怒って地震を起こしたとか?」

「そんな大層な真似ができるようには見えなかったがなあ」

「それは同感ですね」


 三人はみっともなく罵詈雑言を吐く脳みそフトダマを思い出して苦笑いをした。

 まるで駄々をこねる子どものようだったのだ。

 とても地震を起こせるような力の持ち主とは思えない。

 クロガネはかき氷をひとさじすくって、話題を戻す。


「神様っていや、出禁を食らったのはマズイんじゃないのか? よくわからねえが、配信者はジョブを持ってるのが普通なんだろ?」

「ジョブが得られる施設は他のダンジョンにもあるので、<神社>が使えなくても問題ないですよ。他にも<寺院>や<古墳>、<ピラミッド>なんかもありますし。それに――」


 そこまで話して、アカリは眼鏡にくいっと持ち上げる。


「お二人にとって、ジョブを得ることが正解なのかちょっと……というか、かなり怪しくなりましたね。ソラさんはジョブ持ちのクローンをあっさりやっつけちゃったわけですし」

「うーん、ポテンシャルが低いってわけじゃないとは思うんだけどね。スキルとか魔法に頼りがちで動きが読みやすかったのが一番の弱点だったかなあ」

「クローンの限界ってことなんですかね?」

「どうなんだろ? スキル頼みってところは配信者も同じな気がする」

「凶器を持つとそれに頼るからな。素手の喧嘩自慢が、ナイフを持ったら弱くなっちまうなんてことも珍しくもねえ」


 クロガネの口からさらりと洩れた物騒なたとえにアカリの頬がひくついた。


 ともあれ、実際のところ配信者の戦いは、武技スキルと言われる物理攻撃か、魔法を使ってモンスターを蹴散らすものがほとんどだ。

 変わり種として、手懐けたモンスターに戦わせる魔物使いテイマーや、自作のアイテムを使う錬金術師アルケミスト細工師クラフトマンなどもいるが、その数は少ない。


「技がきれいすぎるのが逆に隙になってたな。型がぴったり決まってるから、一度見切っちまえば次からはまずもらわねえ」

「わざわざスキル名も口にしてたしね。あれって動画映えさせるための演出だと思ってたんだけど、スキルって声に出さないと使えないの?」


 ソラは白玉にあんこを乗せながら尋ねる。


「はい、スキルも魔法も基本的には発声しないと使用できませんね。例えば私のジョブは<撮影技師カメラマン>で、こういうスキルが使えます」


 アカリは右手を上に向け、「<拡散ディフュージング照明ライト>」とつぶやく。

 すると手のひらから光の玉が生まれ、するすると上に飛んでいった。


「すごーい、手品みたい!」

「あのホタルイカの灯りみてえだな」


 クロガネは、トビホタルイカに騙されかけた記憶を思い出し、苦い顔をした。


「はい、トビホタルイカと同じ原理で発光しているのではと言われてますね。光量や色温度の変更もできますよ」


 白色だった光が、青くなったり黄色みを帯びたりする。

拡散ディフュージング照明ライト>は単なる照明のスキルではない。

 自然光では思った色味が出せない場合に調整もできる、カメラを扱うものならば垂涎のスキルだった。


「そういや、スキルと魔法は何が違うんだ?」

「魔法から説明した方がわかりやすいですね。魔法は体内にある魔力を消費して発動します。RPGでよくある設定とほとんど同じだと思って問題ありません」


 アカリはタブレットを操作し、適当な配信者が魔法を使っている動画を再生する。

 そこには<火炎の弩ファイアボルト>を連発する魔法職らしい配信者の姿が映っていた。


「魔力が尽きない限り、こうやって連発できるのが魔法の強みですね。一方で、スキルは魔力を消費しない代わりにクールタイムがあります。一発打ったら次に発動するまで十秒待たなきゃいけない、みたいな感じです」

「なるほど、魔法は連発できて、スキルは連発できねえんだな」

「例外もありますけどね。スキルや魔法は解明されていないことばかりです」


 ダンジョンがこの世に生まれてから、まだ十年も経っていないのだ。

 これまで信じられてきた科学法則をくつがえす事象の数々が現在進行系で起き続けている。人類の科学は、まだそれを十分に解明するに至っていない。


「ま、学者さんたちにわからねえことを俺たちがああだこうだ考えてもしょうがねえわな」

「そうそう、あたしたちに重要なのは配信と興行の成功! 難しいことは頭のいい人たちに任せとこ」

「それがいいですね。今日はもう予定もありませんし、<鑑定>は私が済ませておきますので、お二人は先に上がってください」


 アカリの提案を二人が了承する。

 軽いとは言えソラもダメージを受けているし、無理をすることはない。

 ちなみに鑑定をするのは<ギルタブルル>がドロップした目玉の髪飾りサークレットだ。調べても類似のアイテムはなく、レアアイテムなのだろうということだけは見当がついている。とりあえず、11層の<ダンジョンストリート>で価格だけでも調べておこうという算段だ。


「それじゃ、そろそろ解散しましょうか」

「おやつも食べ終わったしね」

「かき氷なんてひさびさに食ったぜ」


 三人が席を立とうとしたときだった。


「あれー? ちょっとちょっと」


 縁が黄色い蛍光色のサングラスをかけ、腰にパーカーを巻いた男がこちらに向かって歩いてくる。細い腰を左右にくねらせるモデルのような歩き方だ。

 男は三人のそばまで来ると、サングラスを額に上げ、アカリの顔を無遠慮に覗き込んだ。


「見覚えがある顔だと思ったら、ミカアカじゃない。ダンジョンなんかで何してんの? あんなことをしたくせに、のこのこダンジョンに来るなんて大した根性してるわね。さすがのカシワギもオドロキよ」


 男はあからさまに驚いた表情を作り、痩せぎすの両手を上げてみせた。

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