第109話 比良坂レジャーランド跡ダンジョン JKレスラーは幽霊が怖い
ソラは幽霊が怖い。
原因は単純で、免疫がないのだ。
ソラは幼くして両親を亡くし、クロガネに引き取られて育った。
まともな大人なら、そんな子どもに幽霊話などできない。亡くなった魂が天国で幸せに暮らしているという話ならばまだしも、恨みで現世をさまよっているなどと思わせてしまったらあまりにも残酷だ。
無神経なクロガネでも、そのあたりの機微は理解していたし、もともと心霊現象などに興味はないので自分からそんな話をすることはない。
そんなわけで、ソラの幽霊に関する認識は、ある日までは幼稚園で読み聞かせられた絵本のお化け程度で止まっていたのだ。
それが崩されたのが、小学校の林間学校だ。
同じキャンプに泊まった同級生が、語り口もあざやかに有名な怪談の数々を語ってみせたのである。最初は興味津々で聞いていたソラだが、理屈の合わない理不尽な話を何度も聞かされるうちに何がなんだかわからなくなり、二泊三日の林間学校を一睡もできずに終わった。
あの話はどういうことなのかと尋ねても、誰一人まともに答えてくれない。
ソラは地頭がいい。わからないことがあればネットや図書館で調べるし、それで答えが出ない問題は自分の頭で整理して理屈をつける。ひとつひとつ、そうやって世界を理解してきたソラにとって、幽霊というものはあまりにも異質すぎた。
その事件から、ソラは自分から幽霊話などを遠ざけるようになった。
しかし、未知というのはかえって恐怖を育てるものだ。ソラの想像の中で、幽霊について様々な仮説が立てられては棄却されていく。いっそオカルト本でも読んでいればよかったのだろう。エーテルであるとか残留思念であるとか、それらしい説明がもっともらしくつけられているのだ。だがどこまでも現実主義者であるソラは、その手の書籍に手を伸ばすこともなかった。
そうして出来上がったのが、心霊現象への免疫ゼロという体質である。
もはや、トラウマと言ってもよいレベルかもしれない。
そのソラが心霊スポットを歩いている。
場所は朽ち果てた史料館。赤錆びた日本刀や鏃、ぼろぼろの甲冑などの展示品。合戦の様子を描いたおどろおどろしい絵巻などが展示されている。
「人間はご先祖様の骨を飾るんでござるなあ。ずいぶん悪趣味にござる」
オクのつぶやきが耳に入る。
そう、人骨だ。この史料館には人骨まで展示されている。
刃物や鈍器、銃弾で欠け、焦げ茶色にくすんだそれらは、人の形に組み直されることもなく、無造作に、無秩序に並べられている。歴史の資料集で見た縄文人の墓をふと連想する。屈葬と言われるそれは、死体を縛り、折り曲げて埋葬していた。一説によれば死者の復活を恐れたためだ――と言われている。
余計なことを思い出し、ソラはぶるりと身を震わせた。
この史料館は、死者の復活を妨げるために作られたのではないだろうか。あえてバラバラにすることで、肉体を離れた霊魂が元の体に戻れないようにしているのだ。ということはつまり、この地には未だに成仏できない死者の魂が漂っているということになる。
実際、ここに展示されているものはほとんどがレプリカで、実物は大学や博物館などに引き取られている。その旨は展示解説に書かれているのだが、ほとんど目を背けているので気がつくこともなかった。
もういっそのこと目をつむりたい気分だが、それはそれで怖ろしい。
クロガネが持つ提灯の頼りない明かりを必死の思いで追いかける。
浴衣に合わせて雪駄を履いてきたことが悔やまれる。
散らかった落ち葉やゴミが素足に触れて、そのたびにぞっとするのだ。
せめて足袋を履いてくればよかったと心底後悔する。
「お、また雰囲気が変わったな」
そんなソラの胸中を知らないクロガネが、無邪気に提灯を振る。
赤い光に照らされて、いくつもの人影が浮かび上がり、ソラはひっと息を呑んだ。
「これはよくできた人形でござるなあ。人間はなかなか器用でござる」
「俺にゃこんなもんはとても作れねえけどな」
「前々から疑問だったのでござるが、師匠は本当に人間なのでござるか?」
「人間じゃなきゃ何だってんだ、この野郎」
「プロレスラーという種族がいてもおかしくないと思うのでござるよ……」
オクとクロガネが雑談混じりに眺めているのは、足軽や武将の姿をした等身大の人形だ。
合戦の様子を模しているらしく、乱れた蓬髪を振り乱し、傷を負ったものばかりだ。あるものは顔面が青く腫れ上がり、あるものは背中に矢が突き刺さり、あるものは折れた刀を握りしめている。
元からそう作られているのか、あるいは経年劣化でそうなったのか、人形たちの目は黒く濁って虚ろな空洞のようだ。肌や甲冑の塗装もひび割れ、ところどころ剥がれ落ちているのがむしろ生々しさを増している。
なぜ遊園地の入り口にこんな展示をしたのか、まるで理解できない。
「そんなだから潰れたんじゃないの!?」と言ってやりたくなるが、声を出すと人形から返事があるかもしれないなどと考えてしまってそれもできない。
そんな疑いを持って人形を見ると、時折動いているようにも感じられる。
いや、提灯の明かりがゆらめくせいで錯覚しているだけだろう。
そう自分に言い聞かせ、人形たちが目に入らないようクロガネの広い背中に意識を集中させる。
ぞわり。
耳元に、生ぬるい風がかかる。
思わずびくりとするが、気のせいだと無視をする。
ぞわり。
また、生ぬるい風。
ぞわり。
生ぬるい風。
ぞわり。
ぞわり。
ぞわり。
――ぺたり
「ひぎっ!?」
肩の冷たい感触に、悲鳴を上げて振り返る。
青々とした月代。
振り乱した長髪。
虚ろな黒い目玉。
歯の欠けた口腔。
血生臭く温い息。
指の足りない手。
足軽の人形が、ソラの右肩に体温の通わぬ手を乗せていた。
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