第110話 比良坂レジャーランド跡ダンジョン 亡霊無惨

 ――びゃぁぁぁあああ!?


 絶叫。

 奇声。

 叫喚。


 悲鳴と呼ぶにはあまりにも異様な怪音。

 それとともに、ソラは背後の足軽に向けて肘打ちを放つ。

 甲冑が陥没し、足軽の身体がくの字に曲がる。

 下がった頭を振り向きざまに抱え込み、腰を落として一気にリフト。

 全身の体重を載せて、脳天から垂直に叩き落とす。


 ――垂直落下式DDT


 フォールにはいかず、即座に解放。

 逆さに屹立した足軽を放置し、前方に飛ぶ。

 標的を見失った槍が、刀が、金砕棒が空を切る。


 亡者が3体。

 足軽、足軽、鎧武者。

 あるものは片目から眼球がこぼれだし、あるものは片腕をなくし、あるものは無数の弾痕が胸に空いている。


 ――びゃぁぁぁあああ!?


 怪鳥音。

 バク転。

 逆立ち。


 両手を軸に、独楽のごとく回転して蹴りを放つ。

 豪脚が3体の亡者の顎を打抜き、首が180度ねじ曲がる。


 ――びゃぁぁぁあああ!?


 動く人形はまだまだいた。

 ソラの身体が再び反転し、ひねりながら側転を繰り返す。


 蹴り、肘、膝、裏拳、踵、鉄槌、足刀、手刀、つま先蹴り。

 打撃の竜巻が一打一打確実に亡者を仕留めながら狭い展示室を荒れ狂う。


「いきなり何してんだ……?」

「ソ、ソラ殿は頭がおかしくなったのでござるか……?」


 背後の騒ぎに気が付き、あんぐりと口を開けているのはクロガネとオクだ。

 人形が動き出したことを知らない二人からすると、ソラが狂乱して人形を叩き壊しているようにしか見えなかったのだ。


 竜巻の狂乱が終わったとき、残ったのは「びゃぁぁああ、びゃぁぁぁあああ」と鳴く少女と、無惨に破壊され地に伏す人形の群れ。

 合戦中の様子を模して作られたはずの展示室は、凄絶な合戦後の戦場を思わせる酸鼻極まる空間へと変貌していた。


「びゃぁ……びゃぁぁぁぁ……」

「お、おい、ソラ? 何があった?」

「びゃぁぁぁあああ!?」


 心配するクロガネの声も届かず、ソラは部屋の先に向かって走る。

 雪駄は脱げており、裸足になっているがそれにも気がついていない。

 とにかくこの場から逃れたい一心で駆ける。


「カーサカサカサカサカサ! ぶべっ!?」


 大きな和傘に人面のついた怪異が一瞬でへし折られる。


「ちょうっ、ちょう待つっちよ! ばべえっ!?」


 提灯に人面のついた怪異がチョップで真っ二つにされる。


「いませーん! ここには誰もいませーん!」


 危機を察した何かが、涸れ井戸の奥から必死に叫ぶ。


 ――びゃぁぁぁあああ!?

   ――びゃぁぁぁあああ!?

      ――びゃぁぁぁあああ!?


 比良坂史料館の最後の部屋で、迫りくる怪音を待ち受ける人影がひとつ。

 頭部は焼き物の茶釜。背中には大きな急須。その身体は深皿平皿小皿に角皿。茶碗、酒盃、すり鉢などなど、ありとあらゆる瀬戸物が組み合わさって甲冑を身にまとった武将の如き姿をしている。


 武将はぬうと立ち上がると、穂先がとっくりで設えられた大槍をぶんぶんと振り回し、怪音の元である部屋の入口へと向ける。

 その堂々たる立ち姿には、一軍の将たる威風があった。


「やあやあやあやあ、遠からん者は音にも聞け、近くば寄って目にも見よ! 我こそは付喪神つくもがみを率いる<瀬戸大将>なり! 我が居城にここまで踏み入るとは勇猛果敢の烈士なり! いずこの御大将なれば、しかと名乗って誉れと致せ! 我に討たれる身にしても、名無しの首では武名も廃れよう。さあさ、さあさ――」

「びゃぁぁぁあああ!?」


 飛び蹴り。

 槍のごとく伸びるつま先。

 箸置きを繋げた<瀬戸大将>の手の甲に刺さる。

 大槍がスローモーションのごとく落ちていく。


 宙に浮いたまま、逆足が振られる。

 抹茶碗で出来た首に足首が引っ掛けられる。

 茶釜の頭を引き寄せ、あぐらをかくように側頭部へ膝蹴り。

 更に脳天へ両肘を降らせて粉砕。

 首無しになった<瀬戸大将>の肩を蹴り、反対側へと駆けていく。


 持ち主を失った大槍が地面に落ち、からからと乾いた音を立てた。

 少し遅れて、<瀬戸大将>の身体を構成していた瀬戸物の数々が床に砕けていく。


 そんな惨状を置き去りにして、ソラは駆けていく。

 走って、走って、必死に走る。

 四角い光。

 出口だ。

 あえぎながら、泳ぐように飛び出す。


 明るい。外だ。

 新鮮な空気を胸いっぱい吸い込む。

 それから両手を膝につき、「びゃあ……びゃあ……」と奇妙な深呼吸をした。


 それでようやく落ち着いて、辺りを見渡す。

 景色が赤く染まっている。

 なんだか変だ。

 夕焼けだ。

 ここに来たのは昼過ぎなのに、まだそんな時間じゃないはずだ。


 赤く焼けた空に、森が、草むらの輪郭が黒いシルエットとなっている。

 先ほどまでは新鮮に感じられた空気が、じっとりと重い。

 虫の音も、葉擦れの音も聴こえない静寂。


 がさり。


 道の先、黒い草むらががさりと揺れる。

 長身、和装に二本差し。

 その人影が道を横切っている。


「ま、またサムライ?」


 ソラが身構える。

 全力で駆けながら連戦をこなしてきたのだ。

 さすがに息が上がっている。


「おーい、急にどうした? 大丈夫か?」

「雪駄も落としてたでござるよ。ほら、拾ってきたでござる」


 遅れて史料館から出てきたクロガネとオクが心配そうに声をかける。


「あそこ! サムライ! 幽霊!」

「サムライでござるか!? どこにいるでござる!?」


 サムライかぶれのオクがソラが指さす先を見る。

 しかし、とくに何も見当たらない。

 雑草に侵食され、風化した道が伸びているだけだ。


「何もいないでござるよ?」

「あれ、さっきまでいたのに!?」


 ソラがきょろきょろと辺りを見渡すが、先ほどの侍の影はどこにも見当たらない。


「暗くなりましたし、きっと見間違いでしょう。さあ、先を急ぎましょう」

「ん? おお、そういやずいぶん暗くなってんな」


 アカリに促され、クロガネが歩き始める。

 ソラも首を傾げつつ、雪駄を履き直してその後を追った。

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