第108話 比良坂レジャーランド跡ダンジョン 比良坂史※館

 8月の熱気に蒸された草いきれの中を進む。

 アスファルトの道は所々がひび割れて、雑草に侵食されていた。道の両脇は森がせり出しており、日差しが陰って昼間だというのに薄暗い。


「ねえ、なんか妙に静かじゃない……?」


 クロガネの背中に隠れるように歩くソラがつぶやく。

 クロガネは少し立ち止まって耳を澄ませた。


「言われてみりゃそうだな。外はセミがうるさかったってのに」

「ダンジョンだから虫がいない……とか?」

「ダンジョンにも虫くらいいるでござるよ。<アイナルアラロ>でも見てござろう」

「セミもお化けが怖ええのかもなあ」

「ちょっ、クロさんそういうのやめてよ!」


 軽口を叩くクロガネを、ソラは指先で小突く。 

 風もなく、葉擦れの音さえしない森はなんとも異様に感じられた。

 クロガネの履く高下駄の足音がやけに甲高く響いていた。


「おっ、ひらけた場所に出たぞ」


 森が途切れ、ちょっとした広場に出た。

 広場の横にはなまこ塀の白い平屋が建っている。

 屋根の瓦はあちこちが欠けたりひび割れたりしており、軒下にはかすれて消えかかった木製の看板がかかっていた。

 ソラが目をすがめ、看板の文字を読む。


「比良坂……史……館……。史料館かな? なんで遊園地に史料館?」


 途中の文字が欠落して一部が判読できないが、かろうじて読める部分で史料館という推測をする。


「建設中に遺跡が発掘されて、出土したものを収蔵展示していたんだそうですよ」

「へー、どんなものが発掘されたんだろ?」


 ソラの瞳が好奇心に輝く。

 プロレスや格闘技にしか興味がないと誤解されがちだが、ソラの関心の範囲は広い。博物館や美術館などを見て回るのも好きなのだ。


 が、せっかく輝いた瞳もすぐに曇る。

 入口のガラス扉は年月を経て白く濁っており、中途半端に開いた隙間から覗く内部は薄暗くてよく見通せない。

 要するに、いかにも廃墟の心霊スポットという雰囲気を醸し出しているのだった。


「そういや、入ったことはなかったな。いっちょう覗いてみるか」


 そんなソラをよそに、クロガネがガラス扉を押し開けて中へと入っていく。

 ソラの趣味はクロガネもわかっており、気になるのなら寄って行こうという純粋な親心だ。本人としてはサービス精神を発揮したつもりで悪気などないのだが、うしろのソラは完全に顔を引きつらせている。


 内部に入ると予想以上に暗く、目が慣れるまでほとんど何も見えないほどだ。

 足元には外から吹き込んだらしい落ち葉やゴミなどが散乱しており、足を動かすたびにがさがさと音を立てる。空気も埃っぽく、かびの臭いが漂っていた。


「中は暗いですから、これを使ってください」

「お、さんきゅー。って、提灯?」


 アカリが差し出してきたのは、ぼうっと光る赤い提灯だった。

 火袋ひぶくろの和紙を透ける光が揺らめいているが、LEDキャンドルを使ったフェイクだ。火災の危険を避けるために、本物の蝋燭は使われていない。


 よく観察すれば「比良坂レジャーランド」のロゴが小さくプリントされているのだが、クロガネは気が付いていない。土地の所有者が販売している公式グッズを、アカリがあらかじめ購入しておいたものだった。


「いつもの魔法だかスキルだかは使わねえのか?」

「アレは雰囲気が出ませんから」

「ふうん、そんなもんか」


 クロガネはとくに深くも考えず、提灯を受け取る。

 かざしてみると、赤い光がぼんやりと室内を照らす。

 正面奥にはカウンターがあり、壁際には空っぽの商品棚がいくつか並んでいる。入場券や土産物を販売していたのだろう。いまは店員の姿などなく、代わりに巣を張った蜘蛛が店番をしているだけだった。


「なんだか嫌な臭いがするでござるなあ」

「ちょっ、オクちゃん!? そういうのやめて!?」


 腕を組んで鼻を鳴らすオクに、ソラが顔をしかめる。

 オクとしてはとくに他意はなく、ただ単純に黴臭い空気を嫌っただけなのだが、ソラにはそれが意味深な言葉に聞こえてしまっていた。


「お、こっちが順路だな」


 受付の脇に残されていた矢印を見つけ、クロガネがその先へと進む。

 最初の部屋には周辺の地形を模したらしいジオラマが展示されていた。山間やまあいに伸びる長い坂で、陣笠を被り簡素な甲冑に身を包んだ足軽たちが、槍や刀を振るって戦っているさまが再現されている。


 ジオラマの手間にはいくつかボタンがついている。

 それを押すとジオラマが動いたり音声が流れたりするらしかったが、埃にまみれたそれはクロガネの太い指が押し込んでも何の反応も示さなかった。


「え……なんで? なんでこんなのがあるの……?」


 ソラはぎょっとした表情をしている。

 てっきり、縄文時代の土器などが並んでいるのではないかと想像していたのだ。宮城県下には有名な縄文遺跡がいくつもあり、建設工事中にそういったものが見つかったというニュースがしばしば話題になるのだ。まさか、遊園地にこんな血なまぐさいものが展示されているなど考えてもみなかった。


「比良坂古戦場跡だってよ。ここに解説があるぞ」


 提灯をかざしたクロガネが言う。

 ジオラマの後ろの壁に貼り出されたパネルには、たしかに「比良坂古戦場跡」と銘打たれた解説が書かれていた。屋内にあったおかげか劣化は少なく、ほぼ内容が読み取れる。

 それによれば、比良坂という土地は仙台へとつながる要衝であり、しばしば大きな合戦の舞台となった歴史があるそうだ。


「え? え? ってことは、ここの展示品って……」


 ソラの顔色が青ざめている。

 何か不吉な想像をしてしまっているらしい。


「さあ? どんなものが展示されているんでしょうか。楽しみですね。次に行ってみましょう」

「む、もう行くのか? この人形とかすげえリアルにできてんぞ。ほら、これ見ろよ。石で顔面をぶん殴られると、こんな感じでパックリ割れてな――」

「おお、本当ですね。小さいのによくできてますね」


 アカリはカメラを寄せ、さらにズームして倒れた足軽の人形を映す。

 そこには敵兵にのしかかられて顔面を石で打たれる無惨な姿があった。


「ちょちょ!? そういうのやめよ! 次、次行こうってほら!」


 配信には【普段あんな試合してるのにw】【ソラたんかわゆすw】【女子力が爆上がりしてる件w】などといったコメントが殺到している。

 サメ映画の話をするとソラが嫌がるのでなんとなくは知ってはいたことだが、ここまでおいしい・・・・リアクションをしてくれるとはアカリも想像していなかったことだ。


 今回は冷やし・・・のつもりでゆるい企画を立てたつもりだったのだが、これは予想以上に盛り上がりそうだ……とアカリは密かにほくそ笑んだ。

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