第107話 比良坂レジャーランド跡ダンジョン 枯れ尾花

「ふっふっふっ、幽霊の正体見たり枯れ尾花でござるよっ!」


 おもむろにオクが駆け出し、クロガネの身体を上って天に舞う。


「必殺、天翔十字殺ッッ!!」


 十字に組んだ手刀が鎖に絡んだ少女の首を襲う。

 これは空中殺法の多いピギープロレス用に、対空技としてオクが開発した新技だ。上方に向けて打撃を放つ、いわば逆フライングクロスチョップである。


「ぎゃわー!」


 いささか間の抜けた悲鳴。

 少女の首がぽーんと外れ、生首が草むらに転がる。

 胴体もドサリと地面に落ち、その体の上にバランスを崩したクロガネの巨体が倒れかかった。


「ぐえー!」


 頭部を失った胴体からも間の抜けた悲鳴が上がる。

 一拍置いて、ぼふんと白い煙に包まれたかと思うと、少女の正体はけむくらじゃらの獣へと変化していた。焦げ茶色の体毛にもこもこと覆われ、目の周りは黒い毛で縁取られている。

 愛嬌のあるその顔は――


「あー! タヌキじゃん! ちょっと、クロさん! かわいそうだからどいて!」

「おっ、おう?」


 ソラに言われ、クロガネは慌てて身を起こす。

 下敷きにしていたものを確認すると、それはたしかに目を回したタヌキだった。


「こちらも捕らえたでござるよ」

「こらっ! 幽霊に物理攻撃は反則じゃろがいっ!」


 オクの腕には、少女の生首が抱えられていた。

 蒼白な顔色だが、口調は極めて威勢がいい。


「反則も何も、お主もモンスターでござろうよ。ダンジョンで行き逢えば仕合うのが必然でござろう」

「おんしはそうかもしれんが、わしらはそういうのじゃないんじゃい! おまんはアレか! お化け屋敷でも演者に殴りかかるごんたくれか! ほんっにしょーもないやっちゃのう!」


 生首はどこのものとのわからぬ方言で怒鳴り散らしている。

 しかし、オクはそんな文句もどこ吹く風で、「ふふふ、盛者必衰。弱肉強食。それがダンジョンの武士道でござるよ」などとつぶやきながら生首をこねくり回して遊んでいた。


「え、待って? ここってもうダンジョンなの?」


 ぐったりしたタヌキを抱え、もふもふと撫でくりまわしながらソラが首を傾げる。


「違うんでござるか? 地上よりもずっと魔素が濃いでござるからな。てっきりダンジョンかと思ったのでござるが」

「いえ、オクさんの言う通り、ダンジョンであってますよ」


 最初のドッキリが済んだ以上、これ以上引っ張るネタでもない。

 ソラが存分に怖がってくれたことで、撮れ高は十分に稼げているのだ。

 そう判断したアカリが二人の疑問に答える。


「この比良坂レジャーランド跡ダンジョンは、地上構造はほぼそのままに、空間だけがダンジョン化したものなんです。元よりも面積が広いなどの差異はありますけどね」


 地上空間のダンジョン化。

 これは仙台駅前ダンジョンでもじつは発生していることだ。入り口だけという限定的なものではあるが、立体駐車場付きの建屋がある日突然現れたのである。その分、面積は拡がっているはずなのだが、ロータリーはそのまま使用できるし、周辺の建物への被害などもなかった。


 一部の物理学者は「量子的に折りたたまれた状態」という仮説を立てているが、実証に至ったものはいない。<運営>の説明では、魔素というこの世界には少なかった・・・・・素粒子による作用とのことだ。しかし、現代物理学では基礎理論すらまとまっておらず、それが正しいさえもわからない。


 ましてや、学者ではない一般人――クロガネたちも同じく――には、「ダンジョンにまつわる不思議のひとつ」として理解を放棄されているのが現状だ。


 テレビやスマートフォンの動作原理を知らず、そもそも興味も持たないのと同じことだ。現実に存在するのだから、そのままに受け入れればいいし、受け入れざるを得ない。ダンジョン発生からの8年間で、「そういうもの」としての認識が出来上がっていた。


「え、待って。ってことは、さっきのは幽霊じゃなくてモンスターだったってこと?」

「そうでござるよ。タヌキは独特のニオイがするからすぐにわかったでござる」

「なーにがニオイじゃ、このブタ頭が! おまんらは大人しゅうトリュフでも掘っちょればいいがじゃ! それにわしらは<ムジナ>じゃ! ボケが!」

「ぎゃっ!?」


 生首が暴言を吐いたかと思えば、瞬時にタヌキの姿に変わり、オクの顔面を引っ掻いて腕の中から逃れる。


「あんたァ、いつまでもタヌキ寝入りしとるんじゃなか! とっとと行くがじゃ!」

「あー、娘さん。連れ合いがああゆうとるがじゃ。離してくれんかいの?」

「う、うん?」


 続いてソラが抱えていたタヌキがしゃべり出す。

 驚いたソラは、タヌキを地面に下ろしてやった。

 タヌキはトコトコと走り、生首だったタヌキの隣に並んでちょこんと立つ。


「えー、こちらからこういうことも言うのもアレなんじゃけど、暴力的なのはよくないと思うがじゃ」

「ほうじゃほうじゃ。ほんなじゃから人間は嫌われるんじゃ」

「おんしも口が悪いのを改むるがじゃ」

「つまらんつまらん。せんないのう」


 生首タヌキが草むらに消え、それを追ってもう一匹も消えた。


「なんだったんだ、ありゃあ?」


 クロガネは首を傾げて頭をぼりぼりと掻く。

 女児の幽霊にすら気がついていなかったため、クロガネの視点ではオクが突然飛びかかってきて、ブランコから落ちたらしゃべるタヌキを下敷きにしていた……という認識だ。要するに、何がなんだかわかっていない。


「何だったんだって言えば……」


 ソラが細い目でアカリをにらむ。


「さっきの怖い話、ぜんぶ作り話だったんでしょ!? ひどくない!?」

「さあ? 私は聞いた噂をそのままお話ししただけですので」


 アカリはカメラをブランコに向ける。

 レンズの先では、風もなく、誰も乗っていないブランコがきぃきぃときしみながら揺れていた。

 ソラの喉仏が、生唾を飲み込んでごくりと鳴る。


「では、第一チェックポイントも通過したところで、次に行ってみましょう!」

「チェックポイントとかあるのこれ!? って、いまのさらっと流すとこ!? ブランコ! ブランコまた動いてるって!」


 必死に指さすソラを無視し、アカリはカメラを道の先へと向け直す。

 雑草で覆われかけた道の先には、錆びついた観覧車や、生い茂る森に隠れた建物の屋根が見えた。


「あー、このまままっすぐ行きゃいいのか?」

「あの生意気なタヌキめ……次に会ったらぎったんぎったんにしてやるでござるよ……」


 クロガネとオクが歩き出し、ソラもしぶしぶその後ろをついて歩き始めた。

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