第65話 仙台駅前ダンジョン第10層(裏) とある浜辺で温泉回
■仙台駅前ダンジョン第10層(裏) とある浜辺
「ぷはぁー、生き返るぜー」
――温泉、である。
頭に手ぬぐいを載せ、岩で囲まれた湯に浸かるクロガネがいた。
岩場がちのその浜辺には温泉が湧いており、それが海水と混ざってほどよい湯加減となっているのだ。延々と続く大海原の景色を肴に、クロガネは缶ビールを片手に湯を楽しんでいた。
「あーっ! クロさんビール飲んでる」
「アルコールは怪我の治りを悪くしますよ」
「体内から消毒してんだよ」
そこにやってきたのは水着姿のソラとアカリだ。
ソラは腰にパレオを巻いたセパレートのビキニで、アカリは露出を控えたワンピースタイプだ。アカリの方が背が高いはずなのだが、足が長く引き締まった体つきのソラと並ぶと小柄に見えてしまう。
「ソラさんって本当にスタイルいいですよねえ」
「おおっ、アカリさんもプロレスやってみる気になった? エクササイズにぴったりだよ!」
「い、いえ。私は実況兼カメラマンで十分です」
アカリは冷や汗をかいて首を左右に振る。
この1週間、ピギーヘッドたちのスパルタ特訓を撮影し続けたのだ。
眺める分にはいいが、自分が体験したいとは冗談にも思えなかった。
「いいからとっとと湯に入れ。ほら、もうこんなに治ってきたぞ」
「わっ、もう新しい皮膚が張ってる」
「すごいですね、上級ポーション並みの効能です」
湯から腕を上げられたクロガネの腕に、二人は驚きの声を上げる。
この温泉はピギーヘッドの王国<アイナルアラロ>の秘湯であり、病気や怪我をしたときは湯治に来るのだそうだ。明らかにオーバーワークの無茶苦茶な特訓ができたのも、この温泉の回復効果があってのことだった。
さすがに練習で今回のような大怪我を負うことはなかったため、ここまでの効果があるとは知らなかったが。
「ううー、沁みるぅ~」
「ふうー、疲れがお湯に溶けていくみたいです……」
ソラとアカリも湯船に入る。
鼻まで浸かったソラの口からぶくぶくと泡が立ち、アカリは眼鏡を洗って曇りを流した。
「うぐぅ……海水でじんじんするでござる……」
「ちょっとの辛抱だろ。我慢しやがれ」
顔をしかめて湯に浮かんでいるのはオクだ。
鮫男の牙を握り込んだ両手が一番の重傷だったのだが、傷口にはピンク色の肉が盛り上がって治りかけているのがわかる。
試合で見せた鬼気迫る表情がすっかり消え去っており、どこか間抜けな子豚の顔に戻っている。
「いよう、邪魔するぜ」
4人がくつろいでいると<カマプアア>がやってきた。
縄でぐるぐる巻きにした
「湯が生臭くなりそうだな。そいつだけ別の湯船に入れとかねえか?」
「ちっとは我慢してくれや。万が一にも逃がすわけにゃいかねーからな」
<カマプアア>が持ち込んだ
気を失ったままなので、この温泉で治して尋問するつもりなのだ。
「そういや、またどっかに潜り込んで逃げられたりはしねえのか?」
クロガネの脳裏をよぎったのは、マットを水面のように潜る鮫男の能力だ。
あれがどこでも出来るのなら、拘束しておくのは難しいのではと思ったのだ。
「ンな心配はねーよ。<アイナルアラロ>はオレっちの領域だ。本来ならあんな真似はできねーし、させねーんだよ」
「ふうん。ま、俺にゃわからん話だ。そのへんは任せるわ」
魔法だのスキルだの、クロガネにはいまだにピンと来ていない。
技と言えば殴る、投げる、極めるのどれかだ。
超能力じみたものは専門外なのである。
「そういえば、配信の方はどうだったの? アングルはめちゃくちゃになっちゃったけど」
「ふふふ、よく聞いてくれました。せっかくですから動画を見ながら確認していきましょう」
ソラの質問に、アカリが待ってましたとばかりにタブレットを取り出す。
ダンジョン仕様の完全防水モデルなので、風呂で使っても心配はない。
「まずは配信開始時点ですね。開始直後で7,000人超。その後10分ほどで4,000人まで減ります」
「えっ!? 減っちゃうの!?」
「
「けっ、そんな連中には見てもらいたくもねえや」
クロガネは苦々しい顔で吐き捨てる。
ダンジョン内に逃れられているからいいものの、道場の周辺にはまだ何人ものマスコミ記者が張り込んでいるのだ。うかうか買い物にも出られない状況は続いている。
<アイナルアラロ>で手に入る食材がなければクロガネの我慢はとっくに限界を迎えていたかもしれない。
「で、魔界商店街乱入から同時接続数がぐんぐん伸びていきます。オクさんへの声援が多いですね。デスプリンセス
「むっ、弾幕とは何でござるか?」
自分の話題になり、オクが関心を示す。
文字通り弾幕のように流れていくコメントに、ニヤニヤと口元を歪めた。
「ふっふっふっ、これでそれがしの人気も……もとい、ピギーヘッドの株も上がるでござるな! ああ、よかったよかった!」
「まだまだこんなものじゃないですよ! ソラさんの空中戦はハリウッドアクションみたいだって盛り上がってますし、オクさんとクロガネさんの戦いはサメ映画みたいだと」
「サメ映画?」
「サメ映画とはなんでござるか?」
耳覚えのない言葉にクロガネとオクは首を傾げる。
「アサイラムに代表されるスタジオが制作するアクションホラー映画のことですね。メジャー大作に比べればさすがに知名度が劣りますが、熱狂的なファンの多いジャンルですよ。有名どころでは『シャークネード』や『シャークトパス』、『ロボシャーク』などがあり――」
「お、おう。とにかく褒め言葉ってことだな」
拳を握ってサメ映画について語るアカリに、クロガネは相槌を打つので精一杯だ。
次々と映画のタイトルが挙げられるが、どれひとつ聞いたこともない。
映画に疎い自分が悪いのかと思ったが、ソラは遠い目をして話題に入ろうとしない。
どうもクロガネのせいではなく、アカリがサメ映画なるものの異常なファンのようだった。
アカリの怒涛のサメ映画トークに困惑していると、湯船の脇に置いた私物のスマートフォンから着信音が鳴った。
「悪りぃな。電話だ」
天の助けとばかりにクロガネはスマートフォンを手に取る。
酒焼けした男の声が受話器越しに聞こえてくる。
『おーっす! クロちゃんひさしぶりー! なんかすごいことになってるじゃないの』
「その声は、ブンさんか? あんたから電話とは珍しいな」
『たまたまそっちに用事ができてな。ついでに旧交を温めたいと思ってよ』
「何が旧交だ。どうせまたろくでもねえネタでも嗅ぎ回ってんだろ。たいがいにしねえといつか埋められるぜ」
『へっへっへっ、心配してくれんのかい? 持つべきものは友だねえ』
「馬鹿言え。線香代がもったいねえだけだ」
電話の主は菅原ブンヤ。
肩書は一応フリージャーナリスト――実態は、著名人のスクープやスキャンダルを狙うことを生業とする、トップ屋と呼ばれる種類の記者だった。
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