第64話 仙台駅前ダンジョン第10層(裏) vs 茨木童子 決着

 轟音。

 肉と肉との激しい衝突音。

 重く湿った音が、会場に響き渡る。

 上空から落下してきたソラが、クロガネが担ぐ<イソナデ>に直撃したのだ。


「うごぉっ」「ぎゃっ」


 声にならない悲鳴が重なり、マットにふたつの人型が落ちる。

 頭頂から血を流すイバラと、ぴちぴちと痙攣する<イソナデ>。


「無事しょーりっ!」

「おう、片付いたな」


 その傍らで、クロガネとソラがハイタッチを交わす。

 クロガネは擦過傷で、ソラは切り傷で全身が血で濡れているが、意気は軒昂だ。


「オクちゃんは大丈夫?」

「だ、ダメでござる……死にそうでござる……」

「おっ、元気そうだな!」

「少しも元気じゃないでござるよっ!?」


 オクもまた、血まみれで倒れていた。

 仰向けで青息吐息になっているが、命に別状はないだろう。


「にしても、こいつら何だったんだ?」

「流れでぶっ飛ばしちゃったけど、アカリさんの仕込みじゃないんだよね?」


 ソラが実況席を見るが、アカリは首を左右に振るばかりだ。


「カマプアアの知り合いじゃねえのか?」

「オレっちの知り合いじゃねえよ。ちっ、しかしこの茨はどうなってやがるんだ?」


 クロガネたちが戦っている間も、<カマプアア>は茨の金網をどうにかしようとしていたようだ。しかし、斬ろうが突こうが手応えはまるでなく、わずかに揺れる気配すらない。


「封印系の魔法かスキルでしょうか? この手のものはだいたい術者が気を失うと解けるものなんですが……」


 アカリも近寄って金網を観察しようとしたときだった。

 茨の蔓がうねり、生きた蛇の如く動き出す。

 金網がほどけ、ばらばらと落下しはじめた。


「きゃっ!?」

「うおっ、なんだ!?」

「わっ、キモっ!?」


 落ちた蔓はなおも動き続け、うぞうぞと地面を這う。

 それらはリングに倒れているイバラの元へと集まっていった。

 その身に絡みつき、十重とえ二十重はたえに覆っていく。


「くっ、くくく……よくもやってくれたわね……」


 茨の蔓は球状の繭を作っていた。

 その内側から、イバラのくぐもった声が聞こえてくる。


「まだ意識があったんだ。案外根性あるんだね」

「鮫の方はすっかり伸びてんだがなあ」


 地上10メートルからのパイルドライバーに耐えるとは、尋常ではない耐久力だ。

 ソラとクロガネは一度緩めた気を引き締め直し、繭に向けてファイティングポーズを取る。


 ダンジョン配信をはじめてまだ日は浅いが、モンスターの意外な攻撃には何度も晒されてきた。

 油断をすれば手痛い反撃が来ることはもう思い知っている。


 うぞり、と繭の表面が蠢く。

 二人は動けないオクをかばうように移動する。


「これ以上好きにさせるかよッッ!!」


 その横を、一陣の風がはしる。

 正体はリングに飛び上がった<カマプアア>だ。

 鮫の牙が並ぶ大剣が繭を叩き割らんと振り下ろされる。

 剣閃がリングを引き裂き、刃から生じた衝撃波がロープを断ち切り宮殿の壁に深い傷痕を刻む。


 だが、狙いの繭には傷ひとつなかった。

 繭が横っ飛びし、<カマプアア>の一撃を避けたのだ。

 蔓が触手のように動き、コーナポストを掴んで場外に飛び出す。

 繭はパイプ椅子を巻き込んで転がり、観客のピギーヘッドたちが逃げ惑う。


「ちいっ、それで動けるのか!」

「うふふふふ、乙女はそう簡単に殿方に捕まらないものですわ」

「乙女ってツラかよ!」


<カマプアア>が追いかけるが、繭は四方八方に動いてそれをかわす。

 時折、茨の触手で反撃をしているが、<カマプアア>はそれをなんなく打ち払う。

 殺気は薄く、あくまでも牽制だろう。

 繭は逃げ回りながら、会場の出口へ向かう。


「おいおい、こっちも忘れちゃ困るぜ!」


 しかし、行く手を阻む者がいた。

 パイプ椅子を頭上に掲げ、仁王立ちする大男。

 クロガネがパイプ椅子を野球のバットのように振るう。

 鈍い衝撃音。椅子から外れ、宙を舞う座面。


「ぎゃあっ!?」


 かっ飛ばされた繭が、リングに向けて宙を走る。


「今度はあたしの出番っ!」


 待ち構えるは、トップロープに立つソラの姿。

 ロープの上で1回、2回と屈伸し、しなりを使って場外に向けて飛ぶ。

 くるりと身体を横回転させ、無事なブーツで回し蹴りソバットを叩き込んだ。


「がっ!?」


 繭から汚い悲鳴。

 弾き返された繭が、バウンドしながら再びクロガネの元に戻る。


「お代わり希望か? 椅子の在庫ならいくらでもあるぜ!」

「ぐぞっ! いい加減に!」


 繭が跳ね、パイプ椅子が空を切る。

 空中で触手が伸び、矢の勢いで宙を貫く。

 しかし、その行き先はクロガネでも、ソラでも、<カマプアア>でもない。


「そもそもね、本当の目的はあんたらなんかじゃないのよ! 今日のところはこいつ・・・をもらって勘弁してあげるわ!!」


 その行き先は白い十字架。

 磔にされたクロガネ・ザ・フォートレス。

 触手はそれをぐるぐる巻きに捕らえ、十字架ごと引き抜く。

 反動を利用し、繭が水平に空中を滑る。


 繭がほどけ、中から女の姿が現れる。

 繭の内側で何が起きたのか、着物の破損も傷も消えており、妖艶な美女の姿に戻っていた。


 ほどけた茨が輪を作る。

 どういう仕掛けか、輪の中には鬱蒼と緑の茂る山の景色と、苔むした石造りの鳥居が映っている。


「では、ごきげんよう。……次は絶対に容赦しないんだから! とくにそこの小娘、首を洗って待ってなさい!」


 女はザ・フォートレスと共に輪をくぐる。

 次の瞬間、茨の輪は空間に溶けるかのように消え去った。


 クロガネたちは、その様子を呆気にとられながら見ていた。

 咳払いもはばかられる、どこか気まずい沈黙が流れている。


「ひょ、ひょっとして、クロさんのファンだった?」

「い、いや。そんな雰囲気じゃなかったろ」


 女が連れ去ったのは、ザ・フォートレスの人形だ。

 仮にファンだったとしても、グッズ的なものはマスクだけ。

 本体はマネキンを改造したもので別に貴重品でもなんでもない。


 まさか人形を本物のクロガネと思い込んでいたのか……。

 しかし、そんなことは信じ難いし、クロガネを狙う理由もわからない。


 困惑する二人に、実況席のアカリが声をかける。


「ええっと、とりあえずそれ・・に聞けばわかるんじゃないですかね?」


 アカリが指さしたのは、マットでぴくぴくと痙攣する鮫男だった。

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