第63話 仙台駅前ダンジョン第10層(裏) vs 茨木童子⑤
眼下の戦いはほとんど決着がついたようだ。
壊し技とは、通常の試合では決して使われない。
魅せるためではなく、敵を斃すことだけを目的とした危険な技だ。
原型のアルゼンチンバックブリーカーは両肩に相手を乗せる。
そのため、曲がり方は緩やかで、派手な見た目ほどの威力はない。
だが、バリスタバックブリーカーは頭の一点で支え、背骨を
その破壊力はアルゼンチンバックブリーカーの比べ物にならない。
これをクロガネが解禁したのなら、心配など余計でしかない。
ソラの知るクロガネは、
「許さない! 許さないッ! 許さないッッ!!」
「わわっ!?」
地上の様子に気を取られていたら、空中を切り裂いて茨の鞭が飛んでくる。
最初は美女だったのに、いまや見る影もない鬼女と化したお姉さんだ。
突然乱入してきたので対応したが、改めて考えるとなぜ戦っているのかよくわからない。
なので、ちょっと冷静に話しかけてみる。
「あのー、あたしたち、なんで戦ってるんだっけ?」
「黙れ黙れ黙れ! 主様に捧げたこの身を傷つけた罪は消えぬぞ!」
「あっ、話が通じない感じだ」
ソラは困る。
しかし、興行をぶち壊した乱入犯なのは間違いないのだ。
無罪放免というわけにはいかないし、相手も引き下がらないだろう。
いや、念願の
「死ねっ! 死ねっ! 死ねぇぇぇえええ!!」
鬼女は銀線を振りまきながら突進してくる。
銀色に耀く茨の糸が、蜘蛛の巣のように張り巡らされていく。
一撃。
二撃。
三撃。
糸の上で身を捻りながら、鬼女の突撃をかわす。
そのたびに糸が張られ、障害物が増えていく。
いまや当初のように金網を蹴って大きく飛ぶことはできない。
四撃。
五撃。
六撃。
一方で足場は増えた。
蜘蛛の巣を縫って飛び回ると、三次元を自在に動き回れて楽しい。
むしろ小回りがきくようになったくらいだ。
「こういうことも、できるけど」
「なっ!?」
七撃目をかわすとともに、鬼女の頭上を取って肩に乗る。
このまま後頭部を踏み抜けば、それで決着だろう。
だが、それで
「シャアッ!」
「わわっ!」
一瞬、ためらったところに反撃。
首を捻った鬼女の顎が、ブーツの底に噛みついている。
無理やり足を引くと、ブーツが脱げた。
勢いのままバク転で離れ、残る片足で銀線に乗る。
「おほほほほ! やっとその靴が脱げたわね。片足でその曲芸は無理でしょう!」
勝ち誇る鬼女が、高笑いとともに突進。
ソラは表情も変えずに片足のまま糸のしなりを確かめる。
確かに、片足では面倒そうだ。
しかし、できないわけではない。
「がっ!?」
残る片足で蹴りを放った。
ストッピングを目的とした前蹴りを腹に。
足場がしなった反動を活かして足先蹴りを喉に。
膝から先を振って、つま先で顎の先端を蹴り上げる。
牙がへし折れ、血の糸を引いて口腔から飛び出す。
鬼女の身体がぐるぐると縦に回転する。
そのまま落ちていくか……と思えば、背中に増えた四肢を突っ張り、蜘蛛の巣に踏ん張った。
「なじぇ……なんじぇ……」
血泡を吹きながら、鬼女がつぶやいている。
少し考えて、「なぜ、なんで」としゃべっているんだとソラは気がつく。
「どの『なんで?』なのかなあ。たとえばカウンターが取りやすい理由なら――」
ソラの言葉を無視し、鬼女がまたしても突っ込んでくる。
ソラはその顔面に足裏をそっと当て、止めていた。
蹴ったわけではない。
柔らかく受け止めたのだ。
「予備動作がわかりやすい。毎回、糸の反動を利用して突っ込んでくるでしょ」
ソラが足を突き出し、鬼女を押し返す。
鬼女は派手に吹っ飛んでいく。
派手ではあるが、ダメージはないプロレスの蹴り。
壊し技ではない、魅せる技。
「
「インゲンじゃないんだよなあ」
再び突っ込む鬼女を、身体を捻ってかわす。
背中から生えた肢の一本を掴み、勢いを受け流して投げる。
目標は蜘蛛の巣がいっそう絡んだ密な場所。
鬼女は、己が張った糸に絡め取られ、身動きが出来なくなる。
「ぎざまぁぁぁあああ! ぐいごろず!!」
「うーん、20点。ヒールの台詞としては、捻りが足りないな」
ソラは片足で糸を蹴りながら空中を悠々と進み、絡まった鬼女の正面に立つ。
その顔を両手で挟み、無理やりブサイクなひょっとこ顔に変える。
「
「ごめんね。いまのあたしは
ソラの両足が、鬼女の細い腰をロックする。
鬼女の両腕を脇に挟み、思い切り引いて糸から引きちぎる。
勢いで上下が入れ替わり、脳天からきりもみに落下する。
向かい合わせだが、痛み分けを狙った自爆技ではない。
ソラの頭は喉元に押し付けられており、そのまま落ちればソラの頭突きと地面とでサンドイッチになるだろう。
「名付けて、<
「ひゃめ!? ひゃめろっ!?」
巻き込む銀糸が、きらきらと渦を描く。
鬼女が張った蜘蛛の巣をぶち抜きながら落ちていく。
茨の棘が全身を切りつけるが、そんなことなど気にしない。
リング上空から、
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