第59話 仙台駅前ダンジョン第10層(裏) vs 茨木童子①
それは、女の形をしていた。
それは、朱色の艶やかな着物をまとっていた。
それは、長い黒髪をたなびかせながら、空中に立っていた。
突然の闖入者に、会場の人間の視線が集まる。
こんな演出は聞いていない。
クロガネとソラは、実況席にチラと目をやるが、アカリは首を左右に振る。
こんなものはアカリの書いた
「うふふ、さしずめ、わらわの美しさに声も出ないといったところかしら」
女は空中をしずしずと歩く。
着物の裾から白い腿が覗く。
その足元がきらりと光った。
よくよく見れば、髪の毛のように細い糸の上を歩いているのだった。
「サプライズのついでに、こういうのはいかが?」
女が細い手を振るう。
指先からきらきらと無数の糸が伸び、リングの周りに降り注ぐ。
糸は金網のように絡み合いながら、リングを筒状に覆っていく。
「それから、仕上げでございますわ」
女はパンと手を叩いた。
その瞬間、細糸が太く膨らみ、植物の
「何の手品だ、こりゃ?」
クロガネはリングを囲んだ蔦に指を引っかけ、まじまじと見た。
それには鋭い棘が無数に生えており、人間の皮膚など易々と切り裂けそうだ。
かつて何度となく戦った、有刺鉄線デスマッチのリングを連想させる。
「おいおい、誰に断ってオレっちの国に土足で乗り込んできやがった?」
リングの外では、<カマプアア>が立ち上がって空中の女をにらんでいた。
リーゼントの下の額には赤黒い血管が浮いている。
「あらぁ、ぬしさんがこの領域の権限者さんね。異界の神に尻尾を振って、恵んでもらった玉座の座り心地はいかがかしら?」
「ンだとゴラァッ!!」
激昂。
<カマプアア>の肉体が膨れ上がり、猪頭人身、八つ目の姿に変わる。
その手には丸太のような木剣に鮫の歯を並べた武器が握られていた。
「こんなもんで守ってるつもりなら、了見違いもいいところだぜッッ!!」
暴風。
巨大な木剣が、風を巻き上げ振るわれる。
その一閃は
なおも勢いは衰えず、宮殿の屋根をぶち抜いて爆音を立てた。
降り注ぐ破片に、観客席のピギーヘッドが逃げ惑う。
「なんて乱暴な殿方なのかしら。無惨かわいい酒吞様とは大違いでございますわ」
「なっ!?」
だが、女は何事もなかったように空中に立ち続けている。
女だけではない、切り裂いたはずの金網もそのままだ。
だが、たしかに剣は振るった。
それは天井に開いた大穴と、いまもこぼれ落ちる破片が証明している。
「くそっ! どんなペテンを使いやがった!」
<カマプアア>が何度も金網に斬りかかる。
女は、その様子を愉しげに眺めていた。
手の甲を口元に当て、まるで貴族令嬢のようだ。
その余裕も当然で、<カマプアア>の剣撃はすべてがすり抜け、金網には揺れひとつ起きていなかった。
「<
「まさか、<運営>の設定を書き換えたのか!?」
「うふふ、それくらいは察しがつきますのね。人間風に言えば、ハッキングでございますわ。これでこの囲いの中はぬしさんの権能の及ばない空間。わらわ
――とぷん
イバラが右手を振ると、マットが
中央から波紋が広がり、リング全体に拡がる。
――ざぶん
青黒く光る何かが、マットを割って飛び出した。
それは、海面を跳ねる鮫の姿を連想させた。
鮫は空中でぐるりと回転すると、その太い尾を振り回す。
突然の一撃が、クロガネとオクを打ち据える。
「ぐおっ!?」
「ぎゃっ!?」
咄嗟にガードは出来たが、衝撃は殺しきれない。
弾き飛ばされ、
「痛ってえな! いきなり何しやがる!」
クロガネは本能的に反撃に出た。
金網の反動を利用し、鮫のような何かに飛びかかる。
クロガネの走る道に、血の線が無数に走る。
――ざぶん
だが、クロガネのタックルは空を切った。
標的がマットの中に
衝撃。
今度は背中から。
タックルの勢いのまま、クロガネは金網に激突する。
無数の棘が顔面に突き刺さり、血しぶきを上げる。
「だぁっ! 何をしやがった!?」
だが、クロガネは怯まない。
すぐに振り返り、マットに立つ敵の姿を捉える。
それはさながら直立する鮫。
人間の手足を持ち、鮫の頭と尾を持つ異形がそこに立っていた。
「いやはやいやはや、恐ろしい頑丈さですネ。それともそれとも痛みを感じる知性すらないのですかネ」
鮫の異形は、両手を広げて肩をすくめ、呆れるように首を振る。
「あいにく、仕事柄痛みにゃ慣れててな」
「まったくまったく野蛮な方ですネ。その腕も大丈夫なのですかネ?」
「ああン? 腕だあ?」
言われて腕を見ると、皮膚がべろりと剥がれて血が流れている。
金網に突っ込んだ顔面や背中よりも明らかに重症だった。
「その尻尾か。凶器でも仕込んでやがるな?」
「まさかまさか、これは小生自前の鮫肌ですネ。普通はアレくらい痛がるものなんですが、まったくご丈夫なことデ」
鮫男は視線を横に向ける。
その先には、両腕を押さえてうずくまるオクがいた。
周辺のマットには血溜まりができている。
「オクっ!」
クロガネの奥歯がぎりぎりと音を立てる。
血まみれの顔が凶相に歪む。
腰を落とし、両手を獣の爪のように構える。
「てめぇ……フカヒレにして食ってやる」
「いやはやいやはや、これは恐ろしいですネ」
クロガネと鮫男の身体から殺気が立ち上り、陽炎のように空間が歪んだ。
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