第58話 仙台駅前ダンジョン第10層(裏) 本物

「フ、フ、フワーハハハ! な、なかなかやるではないか! 蚊に刺された程度は効いたぞ!」


 クロガネがふらふらと立ち上がる。

 膝をガクガクと震わせて、いまにもダウンしそうだ。

 明らかな強がりに、観衆から笑い声が上がる。


「む、一体どこに消えた……?」


 ふらつきながら、周囲を見回す。

 しかし、その視界にオクの姿は映らない。

 右を向き、左を向き、また右を向く――と見せかけて、さらに左を向く。

 会場からはクスクスという忍び笑いと、「うしろうしろー!」と囃し立てる声が聞こえる。


「うしろだとぉ?」


 クロガネはさっと背後を振り返るが、やはり誰もいない。

 顎に手を当て、首をかしげていると、


 ――バシィィィン!


「痛ってぇっ!?」


 尻に激痛が走り、飛び跳ねる。

 尻をさすりながらぴょんぴょんと飛ぶ姿に、会場がまた爆笑の渦に包まれる。

 そんな攻防とも言えぬ攻防が繰り返される。


 種を明かせば簡単だ。

 小柄なオクがちょろちょろと動き回り、クロガネの死角に入り続けていたのだ。

 そして先程の尻への攻撃の犯人もやはりオク。

 死角から思い切り蹴りを入れたのだった。


「おおっと、これは意外な展開ですね。開幕からオク選手のペースです」

「身体の小ささを最大限に活かしてるな。こういう戦い方が、<イアヘレワワエ>――ピギーヘッドの本来のスタイルなんだぜ」

「そうなんですね。ちなみに、流儀に名前などはあるのでしょうか」

「ああ、あるぜ。ええと……そう、<小人武闘術ミゼットシュート>だ。ピギーヘッドの戦士たちはみんなこれを身につけてるぜ」

「なんと! そんな格闘技が!」


 リング上でオクがクロガネを翻弄している間、実況席ではアカリと<カマプアア>が解説を加えている。アカリは実況しつつも配信に流れるコメントを確認している。


【やば、かわいいw】

【子豚ちゃんってあんな素早く動けたんだ】

【デビル、うしろうしろー!w】

【マジレスだが、あれで武器でも持たれてたら洒落にならんな】


 最後のコメントは仕込みだ。

 マスク・ド・ササカマへ依頼し、要所要所でピギーヘッドの動きなどを格闘の観点から持ち上げるようコメントしてもらう手はずになっている。


 なぜそんなことをしているのかと言えば、この試合ショーの目的は単なる配信数稼ぎではないからだ。ピギーヘッドの「弱い」という印象を覆すために行っているのである。


 そう、この試合はショーなのだ。


 かつて、ミゼットプロレスというものがあった。

 小人症のレスラーたちが活躍するプロレスだ。コミカルな印象で振り返られることが多いが、実際はそれだけではなかった。超軽量級の身体を生かしたスピーディな技の応酬は、巨漢同士が争う通常のプロレスとはまた異なる魅力に溢れたものだったのだ。


 今でこそ、時代の流れ・・・・・で興行は行われなくなってしまったが、ときにはメインイベントすら食うほどの人気を誇った競技なのである。


 その伝説のミゼットプロレスを、アカリは脚本アングルの力で再現しようとしていた。


 それは、ほとんどが茶番で構成されている。

 磔にされたザ・フォートレスは人形であるし、デスプリンセス魔姫まきはソラである。デビル・コースケのダメージも演技であるし、魔界商店街の侵略が云々なども、説明するまでもなく嘘っぱちだ。


 しかし、その中にも本物・・がある。


「おおっと、混乱するデビル・コースケ選手を尻目に、オク選手がトップロープによじ登ったーッ! これは一体何を見せてくれるのか!?」

「<ミゼットシュート小人武闘術>の奥義だな! おい、てめーら、目ん玉かっぽじってよく見ておけよ!」


 いつの間にか、仕掛け人こちら側であるはずの<カマプアア>までマイクロ握りしめて絶叫している。

 タネも仕掛けもわかっていても、アツくなれる格闘技――アカリは、そうプロレスを理解していた。


「この一撃で、仕留めるでござるよッッ!!」


 トップロープに立ったオクが頭上で手拍子をはじめる。

 それに合わせ、会場が手拍子で満たされる。

 コメント欄が拍手のスタンプで押し流されていく。


 クロガネがふらつきながら、ほどよい位置・・・・・・に歩いていく。


「味わうでござるッッ!! <真空十字斬り>ッッ!!」


 オクの矮躯が宙を舞い、前方に一回転。

 十字に組んだ手刀が、クロガネの分厚い胸板にぶち当たる。

 肉と肉とがぶつかる衝撃音。

 クロガネの巨体がマットに叩きつけられ、バウンドする。

 オクが素早くフォールの姿勢に入る。

 ワーーーーン、ツゥーーーーとカウントがはじまる。

 人手が足りないので、カウント役はアカリが兼任だ。


「まったく情けないわね! 子豚ちゃん相手に何してるんだい!」

「うわぁっ!?」


 デスプリンセス魔姫まき――ソラがリングに乱入し、オクを蹴り飛ばしてフォールを妨害する。小柄な身長をごまかすための厚底ブーツが鈍い音を立てた。


 観客席から巻き起こるブーイング。

 コメント欄も【卑怯!】【嘘だろ!?】【さすがにないわー】といった書き込みで埋め尽くされる。


 鮮やかな技のキレ。

 軽やかな身のこなし。

 本物・・の技が、観衆の心を打ったのだ。


 コーナーポストからのフライングクロスチョップなど、素人にできる技ではない。

 オクの身体能力、格闘センス、そして猛練習を重ねた根性が、短期間でこれを実現せしめたのである。(実際はクロガネのしごきに耐えかねたオクが何度も脱走を試みたのだが、そういう裏事情はアカリの編集でカットされている)


 そして、凶行に怒ったピギーヘッドたちが、次々にリングに上がろうとする。

 このまま乱闘にもつれ込み、ピギーヘッドたちは魔界商店街軍を撃退する。

 それが、アカリの書いた筋書きアングルだった。


 そう、だった・・・のだ。


「うふふ、楽しそうなことをしてらっしゃるのね。わらわも混ざってよろしくて?」


 リングの上空に、茨の冠を思わせる角を生やした女が現れるまでは。

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