第133話 大傀儡兵装<ダイダラボッチ>

 時は少し遡る。

 クロガネが駆る軽トラックは、モンスターを跳ね飛ばしながらおさかなプロレス道場へ向かって住宅地を爆走していた。バンパーはひしゃげ、名状しがたい色の体液でべっとり濡れているが、そんなことを気にしている場合ではない。


 ソラは荷台から、習ったばかりの<飛燕>で目につくモンスターを倒している。

 ツナは<石産貝いしうみがい>をいくつか持っていたらしく、そのひとつが荷台に残されていた。投げるものには困らない。


 おさかなプロレス道場に近づくにつれ、モンスターの密度が増していく。

 そして、おさかなプロレスの看板が見えた。

 一匹として同じ姿の者がいない、醜悪な異形の群れがひしめいている。


 先に見えるのは血まみれになって戦うササカマの姿。

 そのササカマが、長身の男にボディブローを受け、道場へと吹き飛ばされるところだった。


「突っ込むぞ!」

「了解!」


 クロガネがアクセルを床につくまで踏み込む。

 助手席のアカリが、荷台のソラが衝撃に備える。

 タイヤがアスファルトを擦って甲高い悲鳴を上げ、エンジンが唸り声を上げる。


 衝撃。

 衝撃。

 衝撃。


 フロントガラスがひび割れる。

 ヘッドライトが弾けて消える。

 何匹もの異形どもが跳ね飛ばされていく。


 異形の群れを抜け、おさかなプロレス道場の入り口に横付け。


「ソラ、頼んだ!」

「はーい! 任せといて!」


 そして車から飛び出し、道場の中へと駆けていく。

 ソラは軽トラックの屋根に立ち、仁王立ちになって腕を組む。

 そして居並ぶ異形を見下ろして、両手をゆっくり開いて大見得を切る。


「スカイランナーⅡ世参上! 街の平和を脅かす悪党どもめ! このあたしが来たからには、ここから先は一歩も通さん!」


 どうもツナの影響で、時代劇のヒーローめいたことをやりたかったらしい。

 荷台に移ったアカリが撮影を続けているが、コメント欄は【この非常時にwww】【しかし、それでこそスカイランナー】【マジで空気読まねえよなw】と大盛り上がりだ。


「お前はあのときの小娘っ!」


 異形の群れに囲まれて立つ、着物の女が叫ぶ。

 ソラを刺す指先は、派手なネイルで彩られている。


「んんー……あっ、あのときの厄介ファンおばさん!」


 すぐには誰だか思い出せなかったソラが、首を傾げてからぽんと手を叩く。

 あのとき・・・・とは<アイナルアラロ>での興行のことだ。

 ピギーヘッドたちとのミゼットプロレスに乱入し、試合をぶち壊した挙げ句、クロガネの人形を盗んで逃げるというよくわからないことをしていった女――というのがイバラに対するソラの認識である。


「わ、わらわを。言うに事欠いて、お、お、お、おばさんですって!」


 イバラの美しい顔が怒りで歪む。

 愁眉しゅうびという故事成語がある。美女は眉に皺を寄せても美しいという意味だが、そんなレベルではない。顔を真っ赤に染め、水をかけたら湯気でも立ち上りそうな形相だ。


「え、なんかごめん。でもさ、そのネイルって若い子向けだから、もうちょっと落ち着いたデザインの方が痛くないと思うけど」

「いたっ……!?」


 自慢のネイルを虚仮こけにされたイバラが絶句する。

 花や星をふんだんにあしらったネイルアート。それを五指すべてに施しているのは、実際のところかなりキツイ。

 そしてコメント欄は【ど直球www】【言い方ァ!】【あれ?俺が見てるのはデスプリンセスだっけ?】といった書き込みで溢れ、爆笑の渦が巻き起こっていた。


「ぎぃぃぃいいい! クソ生意気な小娘め! お前たち、この小娘をずたずたにしてやりなさい!」


 イバラの号令一下、異形どもがソラに向けて押し寄せる。

 数は何十、何百か。

 しかし、それは涼しい顔で軽トラックの屋根から跳躍する。


「おっ、いいじゃんそれ! すごく悪役ヒールっぽいよ!」


 ソラは笑いながら、異形どもの頭上を跳ね回る。

 一回跳ねるたびに、数体の異形がまとめて地に伏せる。

 アトラス猪之崎との戦い、そしてツナとの交流を通じて、ソラの打撃は破壊力を増していた。


 無論、この数日でウエイトが増したわけではない。

 しかし、ウエイトを増したときのイメージを身体が覚えたのだ。

 それまでのソラの打撃は、切りつけるような感覚で放つソリッドなものだった。

 弱点を突き、必要最小限の衝撃を素早く与えるものだったのだ。


 しかし、いまのソラの打撃は一打一打が重い。

 ねじり込み、ガードをぶち破り、体の芯まで響かせる打撃。

 己の身体を流れる水のように操り、橋桁をも打ち砕く激流のごとくぶつける。

 それにより、全身の力がわずかの無駄もなく衝撃に変換される。


 ツナがこの場で見ていたならば、源次綱流<流水>の極意と評しただろう。

 究極の脱力から生まれる身体操作の妙、それが<流水>の本質なのだ。


 異形どもが、たちまち数を減らしていく。

 少女が夜空を舞うたびに、刈り取られた雑草のごとく倒れていく。

 倒れた仲間に足を取られ、バランスを崩したところをまた蹴りつけられる。


 数瞬の間に、密集していた異形の群れは当たりどころの悪かったボーリングのピンのようにまばらになっていた。


「もう、手応えないなあ。数が多いだけじゃん」

「んぎぃぃぃいいい! 小娘がっ! 調子に乗ってるんじゃないわよ!」


 イバラの両手から、棘の生えた無数の糸が伸びる。

 その目標はソラではない。

 辺りの異形たちを絡め取り、イバラの元へと引き寄せる。

 引き寄せられた異形どもは、耳障りな悲鳴とともにこね合わされ、ひとつの形を作っていく。


 それは継ぎ接ぎの大巨人。

 おさかなプロレス道場よりも背の高い、見上げるような巨人。


 しかし、その腹にはいくつもの顔面がでたらめに在る。

 しかし、その腕は無数の脚が絡み合って作られている。

 しかし、その脚は無数の腕の撚り合わせで出来ている。


「おーほっほっほ! 神権侵害ラインオーバーことわりを超えた肉をつないだ、わらわの新しい着物! この大傀儡だいくぐつ兵装<ダイダラボッチ>で、踏み潰してあげる!!」


 そして、頭部には下半身を肉に飲み込まれたイバラ。

 その両指が糸を繰ると、<ダイダラボッチ>の巨大な脚が持ち上がり、ソラに向かって踏み降ろされた。

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