第134話 弱い者いじめは趣味じゃないんだよね

 異形の腕を撚り合わせた異形の脚。

 杉の古木よりも太い<ダイダラボッチ>のそれが、アスファルトの地面を砕く。

 破片が飛び散り、地響きで軽トラックが一瞬浮き上がる。


「オーホホホっ! これでぺちゃんこね!」


 イバラが糸を繰ると、<ダイダラボッチ>の脚が持ち上がる。

 そこには原型も留めず潰れた無惨な肉塊――などはない。

 ただ、アスファルトがすり鉢状に砕かれているだけだった。


「巨大化とかちょっとありがち過ぎるかなあ」

「なっ!?」


 イバラのすぐ横から、少女の声。

 そちらを向くと、亜麻色の髪をなびかせるソラが<ダイダラボッチ>の右肩に立っていた。


「それに、本体弱点がむき出しとかシューティングゲームのボスキャラみたいじゃん」

「んぎゃっ!?」


 バチンと弾ける音。

 頬がじんじんと熱く、痛い。


「うーん、猪之崎さんのビンタってこんなかんじだと思ったんだけど、やっぱまだできないかあ」


 自分の手のひらを見ながら首をひねるソラを見て、イバラはようやく気がついた。

 自分の頬を、平手打ちビンタされたのだ。


「ふざけっ……舐めるな小娘ぇッッ!!」

「うわわっ!?」


 イバラが小指を曲げると、ソラの足元から鋭い棘が飛び出した。

 咄嗟に<ダイダラボッチ>の肩から飛び立つ。

 とんぼを切って着地するソラの顔が、一瞬苦痛にゆがむ。

 ハーフパンツから伸びる白いふくらはぎには、赤い傷が一筋走っていた。


「ちぃっ! そのまま串刺しになっていればよかったものを!」


 今度は<ダイダラボッチ>の拳から無数の長い棘が飛び出す。

 そして地上のソラに向かって数百キロもあろうかという拳を突き降ろす。


「いやいや、そんな見え見えテレフォン当たらないって」

「ぶぎっ!?」


 再び、頬に衝撃。

 またしても平手打ちを受けたのだ。

 今度は棘のない左肩に乗っている。


「うーん、やっぱりまだ猪之崎さんのとは違う。脱力だけじゃダメなのかなあ?」

「ふざけッ!!」


<ダイダラボッチ>の手のひらが、蚊でも潰すかのような要領で己の左肩を叩く。

 だが、ソラはひらりと身をかわし、またしても距離を取る。


「だからさー、本体弱点むき出しってどうなんだって。チョークなら完全に落ちてたよ?」


 ソラの身体が消える。

 今度はイバラの正面に現れ、一発平手打ちを決めると<ダイダラボッチ>の胸を蹴ってまた跳び退がる。


「空中じゃもっとダメだな。ぶっつけ本番でできる技じゃないや」

「ふざけおって……ッッ!!」


 イバラの額に赤黒い血管が浮き上がる。

 両手の指をぎりりと握りしめる。

 手のひらに爪が食い込み、血がにじむ。

 しかし、身体に満ちる怒りがその痛みすら感じさせない。


<ダイダラボッチ>の首から肉が盛り上がる。

 軟体動物のようなそれは、イバラの身体にまとわりつき、巨大な顔を形成する。

 イバラの上半身が触手に埋もれ、巨大な顔の中央に顔面だけが露出する。

 そして、<ダイダラボッチ>の全身から短く鋭い棘が飛び出し、茨に覆われたような姿に変貌する。


「オーホホホッ! 余裕ぶっこきやがってこの小娘が! こうしちゃえばねえ、あんたの攻撃なんか通らないのよッッ!!」

「わー、たしかにそれ殴ったら大怪我しそう。でも、こういうのもできるんだけど」


 ソラの手がしなやかに振るわれる。

 その指先から石礫が放たれ、イバラの鼻を打ち付ける。


「んぎぃっ!?」


 潰れた鼻から血が垂れる。

 ソラが放った<飛燕>がイバラの鼻骨を砕いたのだ。


「どこまでもッッ!! 舐めくさって!!」

「はいはい、鬼さんこちらーっと」


 イバラは<ダイダラボッチ>の巨体を操りソラを追う。

 だが、まるでスピードが違う。

 鈍重な亀が兎を追うかのように、振り回され、翻弄され、隙を見ては<飛燕>で顔面を打たれる。


 3度の平手打ちと、度重なる投石を受けたイバラの顔は、見るも無惨に変貌していた。

 パンパンに腫れ上がり、血みどろで、まさしく鬼女・・としか形容のしようがない有様だ。

 おとぎ話で語られる、山姥や鬼婆をそのまま体現しているかのようだった。


「あのさ、降参しない? さすがにキツイっていうかなんていうか――」


 自分でやったことなのに、ソラが軽く引いている。

 率直に言って、ソラは暴力に抵抗のない気質だ。幼い頃からプロレスに慣れ親しんできたのだから当然と言える。

 しかしそれは、あくまで自衛や試合での範疇のことだ。格下・・を一方的にいたぶるのは、ソラの美学プロレスに反している。


「――弱い者いじめは、趣味じゃないんだよね」

「ぎざま゛ぁぁぁあああ!!!!」


 ソラが付け加えた一言に、イバラの脳の中で何かがキレる音がした。

 人間ごときに弱者呼ばわりされたことなど、かつて一度もない。

 人間など、戯れにいたぶり、戯れに殺し、戯れに喰らうものなのだ。

 その下等生物に、いま、自分は見下された。


「えー、ソラ選手の挑発に、謎の巨人<ダイダラボッチ>を操る女が激昂している模様です。あ、投げ銭ありがとうございます」


 そして、聞こえてくる言葉。

 怒りに燃える視線が、そちらに向く。

 そこにはカメラを片手に実況中継をするスーツの女。


「コメントありがとうございます。【さすがに一方的が過ぎる】【手加減してやれよ】【おば……お姉さんの方にも見せ場を作ってやれ】ですか。うーん、どうでしょう。たしかにあまりにもソラ選手の一方的な試合運びではありますが、すでにかなりの手加減をしている状態に見え――」

「ごろ゛ずッッ!!」


<ダイダラボッチ>の巨大な両手が、その頭上で組み合わされる。

 無数の棘を生やした異形の両腕が、アカリに向かって振り下ろされた。

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