第55話 大江山ダンジョン第81層 <神変大菩薩>(前編)
■大江山ダンジョン(仮称)第81層 未踏領域
山道を5人組が歩いている。
中央を歩いているのは山伏姿の男。
右手に金剛杖、左手に数珠を握り、
彼らは、山伏姿の男――オヅをリーダーとする、<
彼らは京都府迷宮総合管理課からの依頼を受け、府内の山中に出現したダンジョンの探索を行っている。仮称は<大江山ダンジョン>。
新たなダンジョンの発生時は、実力者がその危険性を調査するのが通例だ。
ダンジョンは、貴重な資源になることもあれば、大規模災害の震源にもなりうる。
各自治体の迷宮総合管理課がリスク診断を行い、迷宮の処遇を決定するのだ。
比較的安全であれば一般向けにも解放し、そうでなければ警察、消防、自衛隊、認定企業や研究機関が連携して管理下に置く――という流れだ。
なお、安全であっても戦略級の希少素材が得られたり、応用が見込める特異な現象が見られる場合も国の管理下に置かれることがある。それらから生み出す利益は莫大で、国家間のパワーバランスにさえ影響を与えることがある。
余談ではあるが、ダンジョン資源や開発力に乏しい一部の発展途上国では、ダンジョンを人類の共有資産として国連管理に移すべきだという議論もあった。
まあ、持てる国が持たざる国のそんな嫉妬めいた要求に従うはずもないのだが。
「どうやらここが最下層みたいね」
ひとり先行する女が振り返る。
漆黒に染め抜いた忍者装束の女――ゼンキが後続に伝える。
見た目の通り、盗賊系の上級ジョブ<くのいち>の女だった。
探索系のスキルに長け、彼女の前ではどんなトラップも、ベッドサイドに置かれたぬいぐるみほどの脅威にすらなりえない。
「前衛、代わるでごわす」
「うん、よろしく」
身長2メートルをゆうに超える巨漢が前に出る。
ゆったりした浴衣に身を包み、腰のところを荒縄で縛っている。
彼の名はスクネ。モンク系の上級職<力士>であり、ダンプカーを張り手で転がすパワーを誇る。
ダンジョンの最深部にはボスが待ち構えているものだ。
不意の遭遇に備え、隊列を探索用から戦闘用に切り替えたのだ。
「たかだか80層クラスでしょ? ボクの魔法でぶっ飛ばしてあげるよ!」
「これこれ、コウキ嬢。油断はなりませぬぞ。念のため、強化魔法を重ねがけしておきましょう」
「えっ、まだまだバフの効果時間あるでしょ?」
「ほっほっほっ、転ばぬ先の杖というもの。爺になると、ちょっとした怪我で寝たきりに、なんてこともあっての」
「ガン爺は慎重だなあ」
赤いローブをまとった少女――コウキと、白い髭を蓄えた禿頭の老人――ガンギョウが最後尾を務める。
コウキは初期ジョブの<黒魔術士>だが、転職を一切せずに破壊力のみを追求した特化型だ。属性が噛み合えば、大型のドラゴン種さえ一撃で消し飛ばす威力の大魔法を操る。少年のような見た目に少年のような態度と口ぶり。ゼンキの双子の妹なのだが、正統派美少女である姉とは真逆で、ファンの人気を二分していた。
ガンギョウは僧侶系の上級職<密教僧>だ。
回復魔法に加え、豊富な
警戒態勢で山道を進む。
道の先に石造りの鳥居が見えてくる。
すっかり苔むしており、なんとも言えぬ風格を感じさせた。このダンジョンはつい先日発生したばかりなのだが、何百年とそこに野ざらしになっていたのではないかという錯覚が脳裏をよぎる。
「ほうほう、配信者の奴ばらか。ちょうど退屈をしていたところだ、相手を許す」
頭上から声が降ってきた。
鳥居の上に、十歳にも満たないだろう少年が腰掛けている。
切れ長の瞳を縁取る長い睫毛。
真珠の如く白く透き通った肌。
紅を差したような赤く薄い唇。
「
スクネが酔っ払ったような足取りで歩み寄る。
その視線は少年の白いふくらはぎに吸い寄せられていた。
少年はふんと嘲るように笑い、鳥居からひらりと舞い降りる。
「貴様は力士か? よし、儂と相撲を取れ」
「ははは、
「相撲など、そも戯れであろうが」
少年は、ととっと駆け寄り、スクネに組み付く。
腰の荒縄をまわしに見立てて掴んだ格好だ。
「ははは、
「そうか。だんだん加減をやめるからな。降参したくなったら申せ」
「まったく威勢のいい
荒縄が引き絞られ、スクネの背骨が悲鳴を上げる。
だらしなく歪んでいた表情が、今度は苦痛に歪む。
巨体が弓反りになり、血色の良かった丸顔が見る間に鬱血して青黒くなる。
「やっ、やめっ!? ま、参った! 降参っ、降参でごわす!」
「まあ、降参を聞き入れるとは言うてないがな」
「なっ!? ぐぎっ、やっ、やぎゃっ!?」
硬いものが砕ける音。
ごぼごぼと喉から血が溢れる音。
こぼれ落ちた血が、地面を汚す湿った音。
柔らかく重たいものが、打ち捨てられる鈍い音。
でたらめにへし折られたスクネの死体の上に、少年がどっかりと腰を下ろす。
「余興にもならんな。おい、酒は持っておらぬのか」
「はい、ただいま……」
ゼンキは雑嚢から酒瓶を取り出し、少年のもとにふらふらと歩き出す。
コウキもガンギョウも、それを当然のことのように眺めていた。
三人とも、頬を赤く染め、とろんとした目つきをしている。
そんな中、オヅだけは違った。
「みんな、正気に戻れ!」
コォォォン――と、澄んだ金属音。
ゼンキは酒瓶を取り落とし、慌てて後ろに飛び退く。
オヅが金剛杖の石突きで大地を叩き、辺りに漂う
「魅了系の魔法だ! ガン爺、<
「ぐう、ワシとしたことが取り込まれておったか。オン・マカラギャ・バザロウシュニシャ・バザラサトバ・ジャクウン・バンコク!」
ガンギョウを中心に、清浄な波動が広がる。
<
オヅとゼンキが前衛に立ち、後方ではガンギョウが結界を維持。コウキは大魔法の詠唱をはじめる。
「儂の妖気に当てられただけだろうに。大げさなことよ」
少年はスクネの死体に腰掛けたまま欠伸をする。
オヅはそのときになってようやく少年の額に生える二本の角に気がついた。
「鬼種……いや、おそらく鬼神種だ! また別の術を使うかもしれん! 警戒を怠るなよ!」
「了解! もう油断はしないわ!」
「1分耐えて! ボクが特大の一発で決めてやる!」
「ほっほっほっ、仇を討ってやらんとスクネも成仏できんわい」
前衛が一人欠けたが、その程度で怯む<
戦いの中で仲間を失った経験は一度や二度ではないのだ。
オヅたちは、そのたびに窮地を切り抜け、成長を繰り返してきた。
今回もそんな試練のひとつに違いない。
オヅは、そう自分に言い聞かせた。
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