第56話 大江山ダンジョン第81層 <神変大菩薩>(後編)
「イバラよ、この程度で日ノ本有数の実力者だというのか?」
「その通りですわ、シュテン様。京の都に限れば一番の腕利きと評判だとか」
「ふうむ、なんとも歯応えのないことだ」
酒呑童子は、大きな鞠を2つ使ってお手玉に興じている。
鞠の正体は青年と老人の生首――オヅとガンギョウと呼ばれた二人のものだ。
「シュテン様の無惨かわいさにかかっては、人間など相手になるわけもございませんわ」
「いや、かわいさは競ってないのだが」
話し相手は茨のような角を持つ妖艶な美女。
酒呑童子の腹心であり、名をイバラと言う。
「ところで、この
イバラは、首を失ったオヅの身体に取りすがって放心している二人の少女に冷たい視線を送った。
ゼンキという<くのいち>と、コウキという<黒魔術士>の双子だ。
「だからかわいさなど競ってないと言うておろう。まあそれはよいとして、とくに使い道は考えていなかったな。興に任せて要らぬ約束をしてしまった」
約束。
それは隔絶した実力差を思い知ったオヅが口にした言葉だ。
「何でもするから女二人は見逃してくれ」という、ありきたりで聞き飽きた言葉。
「ならば己の首を落としてみせよ」とからかうと、本当にそうしてしまった。
死に様だけでも潔く見せようという虚栄に満ちた自己犠牲。
見せかけだけの勇気。勝利の放棄。甘えに満ちた自己陶酔。
酒に酔うのを好む酒呑童子だが、己に酔う者は酸っぱくなった酒よりも嫌いだ。
それに比べれば、ガンギョウという坊主の方がよほど好ましかった。
糞と小便を垂れ流しながらも、最期まで足掻いてみせたのだ。
見かけがどれだけみっともなかろうと、命を失うその瞬間まで勝利に執着するのが本物の
とはいえ、所詮は<ジョブ>や<レベル>に頼ったまがい物だが。
「お目障りなら、妖怪の餌にでも致しますか?」
「それはならん。戯れでも約束は約束だ」
人間相手に約定を違えるなど、酒呑童子の誇りにかけてありえない。
騙し騙されの
これが他の神や大妖怪であるならともかく、たかが人間相手に欺瞞や詐術を用いたとあっては鬼神の名折れもいいところだ。
「まあ、人間風情でも下女ぐらいは務まるであろう。イバラよ、仕込みは任せたぞ」
「なんとまあお優しい。でもそんなシュテン様が無惨かわいい! 無惨かわいい!」
「こら、撫でるな。くっつくな。乳を頭に乗せるな」
シュテンに後ろから、イバラが抱きついて犬猫のように撫で回す。
シュテンは迷惑げに顔をしかめるが、振り払ったりはしない。
半端にやめさせると余計にしつこくなるのだ。
そんな具合にじゃれ合っていると、二人の体がぐらりと揺れた。
腰掛けにしていたスクネの死体がバランスを崩したのだ。
至福の時間を邪魔されたイバラが唇を尖らせる。
「もう、具合の悪い椅子でございますこと。滝壺にでも捨てましょうか?」
「水が汚れる」
「野ざらしに致しますか?」
「臭いそうだ。土に埋めるか」
「埋めるのはちょっと」
「何かまずいのか?」
「ネイルを塗り替えたばかりにございます故」
「ネイル……」
イバラは自慢げに爪を見せびらかしてくる。
桃色のベースに金銀のラメが散らされ、星やハートをかたどったチップがあしらわれていた。
「そうだ。
「好きにしろ」
呆れる酒呑童子の横で、イバラは襟元から取り出したスマートフォンでネイルのデザインを調べはじめている。
封印されている間、外界の情報をあれこれと探ってくれていたらしいが、どうも余計なことまでおぼえてしまった気がしてならない。
しかし、これで死体の処理は酒呑童子の仕事になってしまった。
命令すればイバラも言うことを聞くだろうが、へそを曲げられるとあとが面倒だ。
素直に穴を掘って埋めればよいだけなのだが、配下に断られたことを自分でやるのも面白くない。喰うという手もあるが、ダンジョンの呪いに冒された肉など喰いたくない。
鬼神たる誇りが悪い方向に作用して、酒呑童子は考え込んでしまった。
彼自身は気がついていないが、酒吞童子もなかなか面倒くさい性格だった。
死体のことなど気にしていない、という体を装い、酒吞童子もスマートフォンをいじりだす。
イバラが地上で契約してきたものだ。操作方法はすぐに覚えた。なぜか見られないサイトやアプリがあるのが腹立たしいが、イバラから「そういうものなのです」と説明されては納得するしかなかった。
じつは、見られないコンテンツがあるのはキッズ携帯だからなのだが、酒呑童子は気づいていない。愛する主にいかがわしいサイトを見せたくないイバラの気遣いだったのだ。すなわち、ファミリーフィルターである。
「そういえば、あの男はどうなったか……」
動画アプリのアイコンをタップし、WKプロレスリング公式チャンネルを開く。
ちょうど生配信中で、クロガネがピギーヘッドを相手に鍛錬をつけている映像が映し出された。クロガネが打つ太鼓の音に合わせて、ピギーヘッドたちが必死の形相で荒波を泳いでいる。
「ふむ、海か……」
海は怪異と相性が良い。
板子一枚下は地獄、という漁師に伝わる格言がある。船の底板の下は死につながる海であるという意味だが、怪異にとっては少し違う意味となる。海とは地獄の境であり、水面を通じてあらゆる場所へとつながっているのだ。
「ちょうどいい。
臭い肉でも喜んで喰う者を思い出し、酒呑童子は三人の死体を担いだ。
向かう先は近くの滝壺だ。これを餌に、妖怪を一匹釣り出そう。見込みがあれば配下に加えてやってもいい。生ゴミの処理も兼ねられて一石二鳥だ。
女たちにかまっているイバラに背を向け、歩き出す。
「あらあら、シュテン様。お忘れ物をされていますね。ああ、そんなところも無惨かわいい」
酒呑童子が歩き去った後にはスマートフォンが置き去りにされていた。
イバラはそれを拾い上げ、おもむろに閲覧履歴をチェックする。
「まあ、やはりあの人間にご執心あそばされてるのね。それにしても、こんな低級モンスターなんてシュテン様のお目汚しでございますわ」
セキュリティ設定を操作し、WKプロレスリング公式チャンネルをブロックしようとする――が、思いとどまる。さすがに毎日チェックしているチャンネルが突然見られなくなったら怪しまれてしまうだろう。
ならば、とイバラは考える。
このチャンネルを酒呑童子の閲覧に値するものに改善すればよいのだ。
画面をスライドすると、動画概要欄の告知があった。
【ダンジョン異種格闘技戦~クロガネ・ザ・フォートレスVS????~
対戦相手はまさかの彼ら! 放送をお楽しみに!!】
それを目にしたイバラは、形の良い唇をにやりと歪めた。
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