第49話 熱愛報道
ダンジョン崩落からアカリを救出した3日後。
クロガネたちは自宅兼道場内での籠城を強いられていた。
その原因は――
『すみませーん、ユウヒ芸能のものですがー』
『週刊チューズデーですー。一言コメントを聞かせてください!』
『センテンススプリングです、今回の件が真実なら23歳の年の差、しかも青少年保護育成条例違反の疑いがあります。大人としてどうお考えですか?』
――殺到する取材陣である。
玄関先に張り付き、朝から晩までインターホンを鳴らしてくるのだ。
あまりにうるさいのでインターホンの電源を切ったが、そうと気付くと今度は大声を発するようになった。
「ちくしょう、水撒いて追い返してやろうか」
「やめてください。かえって喜ばせてしまいますよ」
「『渦中のプロレスラー、取材陣へ暴行!』とか、いかにもワイドショーが喜びそうだね」
「ぐぬぬぬ……」
いまにも飛び出していきそうなクロガネを、アカリとソラが引き止める。
アカリは打ち合わせのためにやってきたのだが、取材陣が押し寄せてきてそのまま閉じ込められてしまったのだ。
「それにしても、クロさんに熱愛疑惑だなんて笑っちゃうけどね」
「しかも相手は今をときめくトップアイドル。マスコミからしたらこんなおいしいネタはそうそうありません」
「勘弁してくれ……」
どこか他人事の二人に、クロガネはため息をつく。
なぜこんなことになったのかと言えば、あの救出劇の後が問題だったのだ。
ダンジョン突入から脱出までは、ほとんど一部始終が<運営>のカメラドローンによって生配信されていた。
脱出時にはクロガネが最前衛を務め、それを
実際はアカリとカシワギの的確な指示によるものなのだが、カメラドローンは派手な絵ばかりを撮るのでそういう地味なシーンはなかなか映らない。
結果として、むくつけき大男と5人の美少女が手を取り合って困難を切り抜けていく配信に仕上がってしまった。
それに対する反応は、始めのうちは
噂が噂を呼び、憶測が憶測を重ね、丸一日かけてダンジョンを出るころにはすっかりクロガネと
なお、匿名の事情通によると一番怪しいのはメンバーの中でも白銀メルだという。クロガネがプレゼントした日本刀は時価数億はくだらない国宝級の代物だとまことしやかに語っていた。
もちろん、クロガネにそんな「事情通」とやらの心当たりがあるわけもない。
そして、童子切安綱らしき刀もプレゼントしたわけではなく貸しただけだ。
なお、ソラも活躍していたのだが、クロガネと比べると明らかに尺が短い。
<運営>がこの状況を狙って仕組んだのではないかと疑うレベルで偏っていた。
「あー、くそ。買い物くらいは行かせてくれってんだよなあ」
「生ものはほとんど食べちゃったね。野菜は玉ねぎ、人参、じゃがいもくらいしか残ってないや」
「そうなるとサバ缶でカレーでも作るしかねえなあ」
クロガネが苛立つ原因は閉じ込められていることだけではない。
買い物にも行けず、食材が底をつきかけているのだ。
なんやかんやとクロガネは料理が好きであり、お買い得の食材からメニューを組み立てるのが数少ない趣味だった。それが新鮮な肉も魚も買えず、在庫の食材でメニューをひねり出すのが何度も続くと嫌になってくる。
道場はネットスーパーや出前の対応エリア外のため、道場生やササカマに買い物を頼もうかとも思った。だが、それはアカリに止められた。マスコミ対応に慣れていない素人は格好の餌食になりかねない。曖昧にでも返事をすれば、都合よく切り取られて「関係者の証言」にされてしまうだろう。
そんなわけで、買い物を頼むどころか、落ち着くまでは道場に近寄らないようにと伝えなければならない始末だったのだ。
クロガネもそれなりにマスコミ慣れはしているが、こんな事態は経験がない。
超日時代、アトラス猪之崎が不倫スキャンダルを起こしたときもマスコミが詰めかけてきた。だが、そのときのクロガネはド新人もいいところだ。裏口から抜け出して酒を買ってくるくらいのことしかしていなかった。
「ったく、常識で考えろってんだ。あんなガキとどうこうなるわけねえだろうが」
「でも最近はアイドルにハマるおじさんも多いらしいよ?」
「まあまあ、迷宮震の影響でダンジョンも閉鎖されていますし、焦らず今できることをやりましょう」
クロガネとは違い、アカリは忙しそうだ。
テーブルにノートパソコンやタブレットを広げて、一日中何かの作業をしている。
ホームページの改装やプロモーションビデオやショート動画の作成、SNSの更新などを精力的に行っているのだ。そのくせ、今回の疑惑にはまったく触れていない。どうもこの騒動を「おいしい」と考えているフシもあり、まだまだ鎮火を図るつもりはなさそうだ。
隙間時間もプロレスの動画を見たり、雑誌や本に目を通して勉強に余念がない。
一歩間違えれば死んでいたところなのに、まったくたくましいことだとクロガネは感心半分呆れ半分だった。
「アカリさん、そういえば雑談配信とかはやらないの?」
「もともとは数回のダンジョン配信ごとに雑談を挟む予定でしたが、今は時機が悪いですね。
ソラはペンを走らせながらアカリと話している。
どうせ配信も外出も出来ないのだからと夏休みの課題を片付けているのだ。あと2日もあればぜんぶ終わると胸を張っている。宿題は最終日に級友から写させてもらっていたクロガネとは大違いだった。
そんなわけで、暇を持て余しているのはクロガネだけだった。
やることがないので、草むしりでもしようと道場の裏手へ出る。
さすがのマスコミも敷地の中までは踏み込んで来ないようだ。
クロガネは軍手をはめて草むしりをはじめる。
8月の日差しを浴びる雑草の伸びる勢いはひどく早い。
クロガネの短髪を日光がじりじりと焼き、顎を伝った汗がぽたぽた落ちる。
首にかけたタオルで額の汗を拭こうとしたときだ。
奥の草むらががさりと揺れた。
クロガネは息を潜め、身を低くした。
このあたりにはまれに猪が出る。
そして野生動物は自分より大きな生き物を恐れる。
つまり、低く構えた理由は――
「へへっ、今夜は猪鍋に変更だぜ」
――
クロガネは凶相を浮かべ、舌舐めずりをする。
この数日の鬱憤を力に変え、身体に溜め込んでいく。
じりじりと草むらに近づいていき、飛びかかるタイミングを計る。
がさり。
草むらが揺れ、何かが飛び出してくる。
クロガネは弾丸の勢いで迎え討ち、太い腕でそれを捕らえる。
流れるように押し倒し、全体重を載せて地面に押さえつけた。
だが、クロガネの身体の下にあるのは、期待したものではなかった。
「やっ、やめるでござる! 拙者は怪しいものではないでござる! 美味しくもないでござるよ!」
「んん? なんだこりゃ?」
クロガネが組み敷いていたのは、豚に似た頭部を持つ人型のモンスター、
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