第105話 比良坂レジャーランド跡ダンジョン

比良坂ひらさかレジャーランド跡ダンジョン


 大きなアーチに描かれた【比良坂レジャーランド】の文字。

 長年の風雨に晒されたためか、もともとはカラフルに彩られていたのであろう文字はすっかり色褪せている。コンクリートも劣化が進み、鉄筋からにじみ出た赤錆が血のように垂れている。


「こんにちは、WKプロレスリングチャンネルへようこそ! 本日は県下でも有名な心霊スポット、比良坂レジャーランド跡からお送りします」


 そんな物寂しさを醸し出すアーチの前でカメラを構える女は水鏡みかがみアカリだ。

 レンズの先には二人の男女が立っている。


「クロガネさん、今日はどうしてこちらに?」

「あー、アレだ。毎日クソ暑いからな。幽霊ってもんがいるんなら涼ませてもらおうってわけだ」

「なるほど、肝試しということですね」

「ま、そんなとこだな」


 話を振られた巨漢――クロガネが質問に答える。

 ゆったりとした甚平を着ているが、その下からは隠しきれない筋肉の盛り上がりが見える。どういうわけか一本歯の高下駄を履いており、立ち姿はふらふらとして安定感を欠いていた。


「閉園は二十年以上も前ということですが、クロガネさんは何か思い出はありますか?」

「ガキの頃に親に連れてこられたな。賑やかなとこだったと思うが……寂しくなっちまったもんだ」


 クロガネが細めた目の先には、背の高い雑草で覆われた景色があった。

 アーチをくぐるアスファルトの通路も緑の侵食が進んでおり、ろくに手入れが行われていないことがうかがえる。


「ソラさんはこちらは初めてですか?」

「う、うん」


 花柄の浴衣の少女はソラだ。

 いつもの元気な様子はなりを潜め、言葉少なにうなずいて落ち着きなくキョロキョロと辺りを見回している。


「ひょっとして、ソラさんって霊感のあるタイプですか? アーチの横に立っている子どもが見えるとか。赤いリュックを背負って、風船を持っているんです。寂しげな目でこちらを見ていて……」

「ちょっ!? やめて!? そういうのほんっとないから! ゆ、幽霊とか見えないし!」


 両手をブンブン振ってアカリの言葉を遮る。

 その手首にはやけに大きなシュシュが巻かれている。その下には分厚いパワーアンクルが隠されているのだが、それを見せないなためのソラなりのおしゃれだった。


「ひょっとして、そういうの苦手なんですかね?」

「に、苦手っていうか、信じてないし。幽霊なんているわけないじゃん!」


 微妙に噛み合わない返事にコメント欄が盛り上がっている。

【めっちゃ信じてる反応だw】【かわいいかよw】【幽霊にプロレス技は通じないもんなあ】などといったコメントが流れるのをスマートグラスで確認し、今回の企画はかなり当たり・・・そうだとアカリは内心でほくそ笑んだ。


「ええ、そうですよね。幽霊なんているわけがありません。というわけで、さっそく行ってみましょう」

「おう」

「えっ!? もう行くの!? ちょっ、待ってよクロさん!」


 ためらいもなく歩き始めたクロガネをソラが追いかける。

 その後ろから、小柄な人影がさらに追いかけてカメラの画角に入った。


「待ってほしいのはそれがしでござるよ!? ゲストと言うからわざわざ呼ばれて来たんでござるが!?」

「おっと、スペシャルゲストの紹介を忘れていましたね。現在ピギープロレスで人気急上昇中のオクさんです。それでは行きましょう」

「雑っ!? そこは自己紹介タイムとか挟むところじゃないんでござるか!?」


 オクがカメラとクロガネの背中を交互に見ながらちょこちょこと入っていく。

【あっ、オクちゃんだ!】【最近地上に普通にいるけどいいの?】【法律変わったから問題ないよ。ペットにするのはやっぱりダメらしいけど】などとコメントが流れていく。おそらくは女性だろう。配信データを分析すると、オクの登場回は女性視聴者の割合が増える。


 プロレスというコンテンツの性質上、成り行き任せではどうしても視聴者層が男性に偏ってしまう。しかし、それでは大きな広がりを得ることは難しい。老若男女が熱狂したかつてのプロレス人気――それを取り戻すためには、女性視聴者の取り込みは必須の課題なのだ。


 オクをはじめとするピギーヘッドたちとの交流が出来たこと、迷宮外来種指定の変更によってピギーヘッドたちが地上に出ることが容易になったこと。これらはWKプロレスリングにとって僥倖ぎょうこうだった。


 まるでクロガネたちの都合に合わせたような規制緩和に、正木ヒデオの一件と絡めて陰謀論的な憶測を語る者もいるが、当然のことながら一切関知していない。ただ、変更されたルールを活用しているだけである。


 先を進む三人の背中を追って、アカリも荒れた道を進む。

 クロガネの大きな背中に、小柄なソラとオクがついていく姿は、父親に連れられて遊園地に遊びに来た家族のようにも見えた。


「ありゃ? 中には入れねえみてえだぞ?」

「えっ!? あ、あーホントだ。これは残念だけど帰るしかないね! さ、帰ろう! 本当に残念だけど帰ろう! ねっ!?」


 道の先は鉄柵で遮られていた。

 赤錆びた鉄柵は太い鎖と南京錠で封印されており、「立ち入り禁止」の札が何枚も貼られている。札は色褪せてほとんど読めなくなったものから、印刷したばかりのようにくっきりしたものまで様々だ。数えれば十三枚。オカルト好きならば考察がはかどることだろう。


「特別に許可は頂いてますので、大丈夫ですよ」


 アカリは鍵を取り出し、南京錠を外す。

 特別な許可、とは言ったが演出のための大嘘だ。ダンジョンが発生して以降、申請して料金を支払えば誰でも入場や撮影が可能な観光スポットと化している。しかし、そんなことを知らないソラは「きょ、許可があるって言ってもそういうのよくないんじゃないかな……」と往生際の悪いことをつぶやいていた。


 鍵の外れた鉄柵を、クロガネが押し開けていく。

 ガラガラと重い金属音が、うら寂しい空間に虚しく響き渡っていった。


「お、懐かしいな。このデケえブランコまだあったのか」


 指さす方にカメラを向けると、草むらの中に三階建くらいの高さはあるブランコがぽつんと立っている。


「な、なんか動いてない……?」

「き、きっと風でござるよ……」


 長い長いブランコは、きぃきぃと耳障りにきしみながら、ゆらゆら、ゆらゆら揺れていた。

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