第104話 闘魂も新たに
トンテンカン、トンテンカン。
トンカチの軽快な音が夏空に響き渡る。
金槌を振るうのはオーバーオールを着た子豚頭の小人たち――ピギーヘッドだ。
「立派な道場に建て直すから、期待するでござるよ」
「おう、よろしく頼んだぜ」
なぜか偉そうに胸を張るのはオクだ。
時代劇めいた波模様の着流しに、安全ヘルメットを被った姿が絶妙にマッチしておらず、出来の悪いコスプレでもしているかのようだ。実際、工事には関わってもいないし、単に地上に遊びに来たかっただけなのだが。
なぜピギーヘッドたちが大工仕事に汗を流しているのかというと、地上の建設会社が手一杯なためだった。仙台市の中心でドラゴンが暴れ回ったため、その復旧に忙殺されているのである。いまから予約をしても取りかかれるのは半年以上は先になるだろうと言われてしまった。
鹿折ダンジョンの傷を癒やしに行った<アイナルアラロ>の温泉で、そんなことを愚痴っていたところ、<カマプアア>から「それならオレっちのところから人足を出すか?」と提案されたのだ。ピギーヘッドは手先が器用で小回りがきくため、こういう仕事に向いているらしい。
考えてみれば、ミゼットプロレスの会場として借りた神殿も石造りの見事な建築だったし、木製の住居が多い町並みも素朴ながらしっかりしたものだった。見積もりを聞くと十分に予算内だし、工期も短い。それならばと提案に乗って依頼をしたのである。
「ところで師匠は何をしているでござるか?」
「見りゃわかんだろ。トレーニングだよ、トレーニング」
クロガネは、工事現場の端で二本の杭を立て、そこにロープを張ってその上でスクワットをしていた。屈伸のたびに揺れて落ちそうになるため、動作はゆっくりだ。回数はなかなか増えないが、その全身はびっしょりと汗で濡れていた。
「ずいぶん変わったトレーニングでござるなあ。拙者もやってみるでござるよ」
「あっ、馬鹿! 飛び乗るな!」
オクがロープに飛び乗ると、その振動でクロガネが地面に落ちて尻もちをつく。
それを見たオクがロープの上からけらけらと笑った。
「この野郎……!」
「わっ、悪気はないでござるよ!」
青筋を立てたクロガネに追いかけられ、オクが悲鳴を上げて逃げ回る。
「オクさんがいると女性視聴者が増えていいですね」
「あれ? これも配信してるの?」
「いえ、これは生配信ではなく動画用ですね。建築とか、結構伸びるコンテンツなんですよ」
「あー、わかるかも。なんとなく見ちゃうよね」
追いかけっこをする二人に向け、カメラを構えているのはアカリだ。
毎度毎度血みどろの殴り合いばかりでは過激な映像を求めるファンで先鋭化していってしまうし、視聴者をあえて
クロガネが作る料理の紹介をするミニコーナー『プロレス飯』は地味ながらもじわじわと人気を集めており、「作ってみた」動画を上げるフォロワーも現れてきている。近いうちに食品メーカーなどからのコラボ依頼も舞い込むのではないか、とアカリは予想していた。
「ところで、ソラさんも新しいトレーニングですか?」
「うん、クロさんもだけど、あたしもちょっと思うところがあってね」
ソラはいくつもプレートをつけたダンベルを両手に持って筋トレをしている。立位で上半身を倒し、左右のダンベルを引き上げるベントオーバーロウだ。上半身で一番大きい筋肉である広背筋を主に鍛えるトレーニングである。
これまでとは一変している。
アカリの知る限り、ソラは自重トレーニングが中心で、器具を使ってウエイトトレーニングをしている姿はほとんど見なかった。マットの上で繰り返し技の練習をしていることが多く、まるで体操選手の練習風景のようだったのだ。
「アトラス猪之崎さんって、そんなにすごかったんですね……」
アカリの口からそんな言葉が洩れた。
もちろん、試合内容のすごさは十分に理解している。
しかし、直接手合わせをしたものにしか感じられない何かがあるのではないか、と思ったのだ。
「単純なパワーならクロさんが上だし、スピードならあたしの方が上だと思う。でも、テクニックとか駆け引きとかはぜんぜんだった。あと、上手く言えないけど、根本的に身体の使い方が違う感じがしたんだよね。『ギュッとしてギリッ』とか言ってたやつ」
「なるほど。それでそんな雑誌を読んでるんですね」
ソラの足元には『月刊秘奥』という雑誌が広げられていた。
記事には『徹底解剖! 渡辺源次流の身体操作術』という見出しが躍っている。
『月刊秘奥』は古流武術に特化した専門誌だ。この特集記事では平安時代から続く(とされる)
「うーん、よくわからないんですけど……そういうのってちょっとオカルトっぽくないですか?」
アカリは思ったことを率直に言う。
古流武術の演武では、ろくに触れもせずに相手が吹っ飛んだり、崩れ落ちたりといったものが珍しくない。「
「気持ちはわかるよ。あたしだって怪しいのが多いなって思うし」
ソラはアカリの言葉を肯定する。
ダンジョンで得られるスキルや魔法を使うのならともかく、人間を触れずに倒すことなど絶対にありえないと格闘技者として知っているのだ。プロレスラーは技と肉体の信奉者だ。
「でも、ぜんぶ怪しいってわけじゃないんだよね。ちょっと実験してみよっか」
「実験、ですか?」
セットを終えたソラがダンベルを地面に置き、きょとんとするアカリの前に背を向けて立つ。
「あたしの腰に手を回して、持ち上げてみて」
「はあ」
言われるがままに腰に手を回し、両手の指を組んで持ち上げる。
アカリもジョギングなど最低限の運動はしているが、力が強い方ではない。めいっぱい全力を出してやっと持ち上がった、という感じだ。
「今度は、手をこうしてみて」
ソラがアカリの手を取り、手の甲が上に向くように変え、左手で右手首を掴む形にする。
「これで持ち上げてみて」
「はい。……って、あれ?」
今度はほとんど力まずにあっさり持ち上げられた。
手の組み方を変えただけなのに、狐につままれたような気分だ。
「こうやって、身体の使い方をちょっと変えるだけで出せる力がぜんぜん変わるんだよね。古武術にはこういう技法がたくさんあって、プロスポーツでも応用されてるんだって。猪之崎さんって色んな格闘家と仕合ったり、練習したりしてるから、その中に古武術の身体操作法もあったんじゃないかなっていうのがあたしの推理」
専門用語で言えばバイオメカニクスと呼ばれる分野だ。
人体を工学的に分析し、より効率的に動かすことを目指す学問である。
配信ではとぼけた言動が目立つソラだが、ほとんど受験勉強もせずに県下有数の進学校に合格するほど地頭がよい。自分の関心のあることならば貪欲に知識を吸収するし、案外理論家肌なのだ。
「じゃあ、コースケさんも同じことを考えてあのトレーニングを?」
「うん、クロさんは理屈とかないから、もっと直感的だと思うけどね。体軸を安定させようとしてるんじゃないかな? あ、あたしの方は単純に上半身のパワーを増やしたいから筋トレしてる感じ。あと5キロはウエイトを増したいかな」
猪之崎との一戦は、クロガネとソラの闘志に火を付けたらしい。
燃える闘魂は他者の魂にも火を点けるのだ。猪之崎と対戦した者は口を揃えて再戦を望むそうだが、その理由の一端が見えた気がした。
「ところで、次の配信はどうするの? 地味な練習風景ばっかりってわけにはいかないだろうし」
ソラに話を振られ、アカリはようやく本題を思い出した。
タブレットに用意してきた資料を映し、ソラに見せる。
「次の企画はズバリ、『ダンジョン肝試し』です!
「うげっ!? 比良坂レジャーランド!?」
アカリの言葉にソラの表情が露骨に引きつる。
顔から流れ落ちる汗は、8月の厳しい暑さのせいだけではなさそうだった。
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