第119話 比良坂レジャーランド跡ダンジョン 裏(?)

■比良坂レジャーランド跡ダンジョン 裏(?)


「へえ、こっち側はけっこう栄えてんだな」

「お祭りでもあるのかな? 着物の人ばっかり」

「サムライがたくさんいるでござるよ」


 比良坂レジャーランドの裏口から出た――と思い込んでいる三人は、木造の日本建築が並ぶ町並みを物珍しげに眺めている。


 比良坂宿はそれほど人気の高い宿場町ではない。

 はしゃぐ三人を、よほどの田舎から出てきたのだろうと想像する。

 変わった形の写し絵巻を持つ女だけは落ち着いたものだ。この女だけは江戸か上方か、どこか都会の出身だろうと当たりをつける。


「旦那方、お食事でしたらうちはいかがです?」


 白くなめらかな肌の女が声をかけてくる。

 髪を結って頭頂の皿を隠しているが、おそらく<河童>だろう。

<河童>には腕の良い漁師が多く、こうして居酒屋を営むものも珍しくない。

 ここならばハズレ・・・はないだろうと、ツナは暖簾をくぐった。


「らっしゃい! 今日は戻りかつおのいいのが入ってるよ!」


 調理場から威勢のよい声が飛んでくる。

 半のれんに隠れて顔は見えないが、緑色の肌がちらちらと見える。

<河童>の夫婦が切り盛りする店のようだ。


「肴は任せる。銚子を四本、冷やでくれ。それと茶はあるか?」

「麦湯なら井戸で冷やしておりやすぜ」

「うむ、それを三人分……でよいか? 水菓子(果物)があればそれも頼む」

「合点で!」


 女二人と豚頭の小人は酒を飲まぬだろうと思っての気遣いだ。

 大男はいくらでも酒を飲みそうだから、酒は最初から多めで頼む。


 クロガネとしては本当なら生ビールが欲しいところだったが、連れられた店でいきなり注文をつけるのも違うだろうと日本酒で良しとする。ソラとオクには「麦湯」が何かわからないが、やはりもてなしを断るのは気が引けるし、そもそも店内にかかるメニューの札も崩し字でまるで読めないのだ。


「あいよっ! お待っとさん!」


 少しして、店主が銚子と麦湯を載せた盆を持ってきた。

 店主は案の定<河童>で、皿の付いた頭にねじり鉢巻を締めており、いかにも威勢がよさそうだ。べらんめえの口調といい、江戸でひと稼ぎしてから地元で店を持ったというところだろう。


「よく出来たコスプレだなあ」

「コンセプトレストランってやつ?」


 大男と少女は<河童>を見慣れないようで、目を丸くしている。

 独特な方言・・がよく混じるあたり、どこか遠くの出身なのだと思われた。


「まあ、ともあれ一献」

「おっ、悪りぃな」


 ツナが銚子を掲げると、大男は如才なく両手で猪口を持つ。

 こうした仕草が自然に出るあたり、庄屋か豪農の出自だろうかと考える。

 実際は、礼儀作法に厳しい超日で酒席のマナーを叩き込まれただけなのだが、そんなことはツナにはわからない。

 大男から酌が返され、全員に飲み物が行き渡ったところで、大男が「乾杯」と言って猪口を掲げた。

 変わった風習だなと思いつつ、ツナもそれに合わせて猪口を掲げる。


「おっ、口当たりのいい酒だな」

「うむ、うまい。少し味醂みりんが混ぜてあるのか?」

「へへえ、よくおわかりで。すこうし甘くしてやるのがうちの工夫で」

「ポン酒にみりんを混ぜちまうのか。そりゃ面白いな」


 クロガネからしてみれば、みりんは調味料であって飲み物ではない。

 面白い使い方もあるものだと純粋に感心している。


 しかし、ツナの認識ではみりんは飲み物である。

 女子供が正月の屠蘇とそなどに飲む甘い酒だ。


「わあ、このお茶すっごい香ばしい!」

「麦を煎ったものを煮出しているのでござるか?」

「作りたての麦茶ですね。パックやペットボトルとはぜんぜん違いますね」


 女二人と小人は麦湯の味に舌鼓を打っている。

 麦湯などありふれたもののはずだが、まるで初めて飲むかのような反応だ。

「ぱっく」や「ぺっとぼとる」なる方言も聞いたことがなく、来歴を想像しようとするがいまひとつはっきりとした像を結ばない。


「して、貴殿の流儀はなんだ? 見たことのない体捌きばかりであった」


 手がかりを得ようと、兵法談義に話を戻す。

 純粋に気になっているという動機も大きいのだが。


「流儀? うーん、まあ、プロレスだな。キャッチ・アズ・キャッチ・キャンのグレコローマンが基本だが、キックやブラジリアン柔術なんかもくっついてるからなあ……。大雑把に言やストロングスタイルってことになるんだが、これはさすがに通じねえよなあ」


 改めて流儀を尋ねられ、クロガネは若干戸惑う。

 クロガネのプロレスは、アマレスリングをベースに様々な格闘技の要素を加えたものだ。一言で説明するのは難しい。いわば「クロガネ流」とでも呼ぶべきものであり、説明しようとするとどうしても専門用語の羅列になってしまう。

 超日でも、ひとつの型にレスラーを押し込めようという指導はなく、各自にあったファイトスタイルを編み出すことを奨励されていた。


「私とオクちゃんのベースはルチャだね! ルチャ・リブレって、メキシコのプロレスなんだけど、わかるかな?」

「空中殺法が得意の必殺の武術でござる!」

「オクちゃんは魅せ技だけじゃなく、そろそろ寝技ジャベもおぼえてほしいかなあ」

「うっ、寝技ねわざはややこしくて苦手でござる……」


 少女と小人も話題に乗ってくる。

 しかし、ツナにはその内容がまるでわからない。

 かろうじてこの二人も妖術師などではなく、近接戦を専門とするものだとはわかる。だが、耳にしたこともない方言の連続に、それぞれの言葉の意味を推測することすら追いつかなくなってきた。


「ぷろれす、というのが貴殿らの流儀なのか?」

「ああ、そこからか……」


 ツナの質問に、クロガネはこめかみを揉んだ。

 プロレスの人気が落ち目であるのは重々承知しているが、プロレスという競技自体を知らない人間がいるとまでは思ってもみなかったのだ。 


「す、すまん。田舎流派と侮ろうというわけではないのだ。当流も世間にはほとんど知られておらぬ。それだけの実力があり、知られておらぬのは辛かろう。拙者にもその気持ちはわかるぞ」


 何気なく口にした疑問に、想像以上に大男が落ち込んだのでツナは思わず早口になった。

 江戸の兵法――最近では剣術ばかりが流行るが――は北辰一刀流や神道無念流などといった大道場が幅を利かせ、名の知られぬ古流の肩身は狭い。その気持ちがわからぬ立場ではなないのに、迂闊なことを口走ってしまったと後悔する。


「かくいう拙者も、源次綱げんじつな流という古流でな。ああ、そういえば名乗っていなかった。拙者は渡辺源次綱わたなべのげんじつなと申す」


 早口で続け、今頃になって自己紹介をする。

 すると、今度は少女が目を丸くした。


「えっ、源次綱げんじつな流ってこれの!? で、渡辺綱って鬼退治の!?」


 少女が懐から取り出した色付きの絵草紙には、『徹底解剖! 渡辺源次流の身体操作術』というかっちりした楷書の文字が躍っていた。


----------------


【作者より】

更新が2日ほど滞ってしまい申し訳ありません。

せっかくだから江戸グルメを紹介したいなあとか、いやいや、それは脇道に逸れすぎる……などと悩み、書いては消しを繰り返していたら手が止まってしまいました(汗


なお、とくに出したかったのは「ねぎま」。

現代では主に焼き鳥として知られる料理ですが、江戸時代ではネギとマグロのトロを煮た料理だったりします。せっかくのトロを煮るなんてもったいなくてやったことがないので、筆者は食べたことがなかったりします。


あと、「仙台近くの店なのに牛タンがない!?」みたいのもやりたかった……。

牛タン文化で知られる仙台ですが、その歴史は意外と浅く、太平洋戦争後から広まっています。産地も実は国産牛ではなくアメリカやニュージーランド、オーストラリア産がメインだったりとか色々と面白い歴史があり……。


ともあれ、元祖ねぎまも分厚い牛たんも食べたい! というアレでございました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る