第71話 現実離れした男

 蛙のような、蜥蜴のような、腐った樹皮のような。

 そんな肌を持つ異形の男たちが、ひとりの人間に蹂躙されている。


 ラリアットで跳ね飛ばし。

 喧嘩キックで跳ね飛ばし。

 頭突きで、体当たりで、肘打ちで膝蹴りでナックルで裏拳で跳ね飛ばし、跳ね飛ばし、跳ね飛ばし跳ね飛ばし跳ね飛ばす。


 ひとりを掴んで頭上に持ち上げ、何メートルもぶん投げる。

 巻き込まれた異形が何人もまとめてぶっ倒れる。

 臥藤ショコラはいまハマっている無双ゲームを思い出しながらそれを眺めていた。

 その圧倒的な暴れっぷりには、ある種の爽快感まであったのだ。


「うぉらっ! うるせえぞクソヤンキーども! いま何時だと思ってんだ!!」


 竜巻に巻き込まれたかの如く異形どもがふっ飛ばされている。

 旋風の中心にいるのはたったひとつの筋肉の塊。

 太い眉、太い首、太い腕、太い胴、太い足、太い声。

 暴風に巻き込まれた者たちが、雑草のように吹き散らかされていく。


「うっ、嘘だろ……!? 全員レベル50以上にはなってるんだぞ!?」


 隣で金髪があんぐりと口を開けている。

 神権侵害ラインオーバーとやらの効果によほど自信があったんだろう。

 ざまあみろと、ショコラは内心で嗤う。

 半グレなんて半端者は、何をしようが所詮雑魚なのだ。

 臥藤兄妹にとって、こんな兵隊は足手まといでしかない。


「お前ら、もっとだ! もっとヤクを食え! ほら、じゃんじゃんあるぞ!」


 ユウヤが鞄をぶちまけ、鈍い金色の錠剤がばら撒かれる。

 異形と化した半グレどもがそれに群がりむさぼり食う。


 ――みゃみゃみゃやうぐるぅUhooOOややにゃががが譁?ュ怜ƒぎりりがにゃ喧縺كƒك


 奇声のコーラス。

 ある者は口が米の字に裂けている。

 ある者は目玉が飛び出しカタツムリのよう。

 ある者は耳から手指が生え、ある者は顎から触手が生え、ある者は腹が裂けて大きな口になり、ある者は両腕が歪に伸びて四つん這いになり、ある者は全身から性器に似た肉の突起が生える。


「うへえ、キモっ」


 ショコラは思わず眉をひそめた。

 百鬼夜行と言ったか、昔テレビか何かで見た妖怪絵を思い出す。

 文字通り、この世の光景ではない。


「ハロウィンにゃまだまだ早えぞ馬鹿野郎ッッ!!」


 だが、それ以上に現実離れした男がいた。

 クスリで強化し、人外となった半グレどもをなぎ倒す筋肉塊。

 半グレどもも弱いわけではないだろう。

 ショコラの目から見ても、普通の人間が相手なら一瞬でミンチに変えられるだけの実力はある。


 そういう連中を、意にも介さず軽々と蹴散らしているのだ。

 あの男は強い。

 或いは兄に匹敵するほど強いのかもしれない。


「いいじゃん」


 ショコラは花びらのような唇をぺろりと舐める。

 股座に熱が灯り、体が芯から火照ってくる。

 ジャケットの内側に手を突っ込み、拳銃グロックの硬い感触を味わう。


「ああ、いい獲物だ」


 仕掛けようと身構えたところに、兄の声。

 眠ったような半眼で、暴れまわる男を見ている。

 ああ、あれは兄の獲物になってしまった。

 普段は優しい兄だが、獲物の横取りだけは許してくれない。


 ショコラは「ちぇっ」と舌打ちし、拳銃グロックから指を離す。

 全長186mm、重量703g、装弾数33発。フルオート射撃可能で発射速度は1,200発/分。引き金を引けば2秒足らずで9mmパラベラムの弾倉を空にする米軍からの横流し品。せっかく先週手に入れたのに、こいつの出番はお預けになりそうだ。


「なんでだよっ! どうなってんだよ! おかしいだろ!!」


 隣ではクソボンボンが金髪を掻きむしってわめいている。

 半グレどもはもう半数以上が地面に転がり、泡を吹いて唸るだけの役立たずと化していた。

 戦闘開始からまだ10分と経っていない。

 大男はいまだ息切れ一つせず、太い雄叫びを上げながら半グレを2人、3人とまとめてぶちのめしている。


「お前らっ! 何ボーッとしてんだよ! お前らも早く行けよ!!」


 クソボンボンが何か喚いている。

 口に拳銃グロックを噛ませて黙らせてやろうか。


「早く! 早く行けっつってんだろうが! 俺様の命令が聞けないのか!」


 兄が黙って歩き始めた。

 近所に散歩に出かけるような、そんな足取り。

 それを見て、ショコラは先程の言葉の意味をやっと理解した。


 この臥藤兄妹を、お前ら・・・と呼んでいたのか。

 しかし、兄が出る以上、自分の相手がいない。

 兄はタイマンの邪魔をされることを最も嫌うのだ。


「ちょっとー、クロさん何やってんの?」


 一軒家の2階の窓から、少女が顔を出した。

 就寝中だったのか、長い髪を頭の上でまとめてお団子にしている。


「見りゃわかんだろ、近所迷惑のヤンキー退治だ」

「えー、ちょっとヤンキーってよりモンスターって感じだけど……。まあいいや、目が覚めちゃったから手伝うね」

「あ、こらっ! 2階から外に出るなっていつも言ってるだろ!」


 少女が飛び降りる。

 どういう仕掛けか、羽毛のようにゆっくり落下して見えた。

 着地の寸前、少女の身体がくるりと回る。

 踵が弧を描き、半グレの頭を3つまとめてふっ飛ばした。


 ショコラはぶるっと身体を震わせた。

 あれはいい・・

 大男に勝るとも劣らぬ一級品・・・の匂いがする。 


「へへっ、あっちはうちの獲物でいいよね!」


 ショコラは舌なめずりをして、現れた少女に向かって駆け出した。

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