第70話 臥藤ショコラの苛立ち
仙台市郊外。
濃紺色の夜空に、真っ黒な山々の稜線が見える。
その麓で明かりを灯しているのは、一軒家にしては広すぎる鉄筋の二階建て。
腕時計の針が2時を回って、ようやくその明かりも消える。
「よし、寝やがったな。殴り込むぞ」
「あー、いや……はあ、はいっすね」
横にかがんだ金髪の少年の指示に、思わず返事が詰まる。
電気を消したばかりで寝てるわけがないだろ、このクソボンボン。
――言いかけた言葉を飲み込んだせいだ。
臥藤組組長の妹、臥藤ショコラにもその程度の理性は備わっている。
隣りにいる間抜けヅラのボンボン、正木ユウヤは飼い主の、飼い主だ。
広域指定暴力団
何回もぶち殺したいと思ったが、1回もぶち殺してはいけない相手だ。
ショコラは、ツーブロックの灰髪をかき上げて言う。
「あー、殴り込みの開始っすね。ガキども、クスリをキメるっすよ」
「ひゃはっ! 待ってたぜ!」
右手を上げて合図をすれば、背後から錠剤を噛み砕くばりぼりという無数の音。
ちらりと後ろを見ると、統一感のない服装の少年たちが焦点の合わない瞳で錠剤を貪っている。何者にもなっておらず、何者にもなれない半端者の集団――半グレどもだ。
錠剤の正体は
ダンジョン由来のドラッグで、レベルを倍化する効能があるそうだ。
ダンジョンだの、レベルだの、そんな眉唾は知らないが。
――ダンジョンに潜ったやつは、みんな
兄の言葉を思い出す。
白いスーツに身を包み、つまらなそうにしている男が
上背は
分厚い身体が、
その口元には煙草――否、ココアシガレットが咥えられている。
これを噛み砕かずにじっくりと舐めるのが、兄の好みなのだ。
「おい、臥藤
「さあ、行ったことがないもんで」
兄は、眉ひとつ動かさない。
そんな兄を、
「ヒャハハッ! いまどきダンジョン童貞かよ! 親父が臥藤組をつけてくれるっつうから期待したがよお、結局主力はヤク中の半グレどもじゃねえか。ええ、半グレにボコさせたあとに、あんたが止めを刺すってのが無敗伝説の正体かよ!」
いますぐこめかみをぶちぬいてやりたい。
半グレどもを連れてきたのは、
こんな雑魚どもは最初っからいらねえ。
全員邪魔だ。
ぶっ殺そう。
よし、まずは
――懐に手を入れたら、兄が目顔で止めてきた。
しかたないからやめる。
こんなクソボンボン、脳みそを抜いて肥溜めに混ぜてやりたいのだが。
「妹の方もよお、<必殺>なんて言うからどんなゴリラ女かと思えば、合法ロリ女じゃねえか。それで二十歳過ぎてるってホントかぁ? 殺し屋なんかよりよ、AV女優になった方が儲かるぜ。紹介するぞ? 演技指導は俺様がしてやるからよぉ」
クソボンボン、殺す。
いますぐ蜂の巣にして殺す。
ショコラはそんな決意を固めるが、またしても
この兄ならば、クソボンボンも半グレどももまとめて首をねじ切れるだろうに。
だが、兄はそういうことをしない。「俺がそういうことをするのは、ずるい」と真顔で言うのだ。
「めややややややゃゃゃやあっあやや!」
「ういいいいいいいいいいいいいいい!」
「あわゎゎゎゎゎわわぁおゎゎゎゎわ!」
半グレどもが、口の端から泡を吹きはじめた。
それも流通品とはわけが違う、工場直送の特濃品。
半グレどもの皮膚が変容する。
色が変わる。
赤に、青に、黄に、緑に紫に茶に紺に鉛に丹に錫に鉄に藍に茜に翠に。
質感が変わる。
なめり、ぬめり、しめった蛙。
かわき、がさつき、とがった蜥蜴。
かたく、ひびだらけ、まちがった焼菓子。
――ぎゃんまっ! ぎゃまっ! ぎゃっがっっっ!!
混沌の群れ。
腐臭の集い。
奇声の見本市。
人並みの道徳もなく、人並みの理性もなく、人並みの了察も慈悲も誠実も愛隣も仁愛も情愛も博愛も愛想も敬愛も愛惜も友愛も親愛も、自愛すらももはや失くしたまさしく人外の群れ。
「きひひぅ! やっぱりナマは効ぐなあ!」
「じゃ、じゃいごうじゃげぇ!」
「おんなおんなおんなおんなおんなおんなおんな」
そんな異形の兵団が、クソボンボンの号令ひとつで生み出された。
これを食うだけで、
気持ちがいい
悩みが消える
負けを知らず
幸せになれる
そういう、触れ込み。
それに安易に騙される人間以下の阿呆ども。
「めややややややゃゃゃやあっあやや!」
「ういいいいいいいいいいいいいいい!」
「あわゎゎゎゎゎわわぁおゎゎゎゎわ!」
そうだろう、たしかに彼らに
感じる心が、もう消えている。
人間の心が、もはやない。
異形の群れが、一軒家に雪崩れ込む。
百人近い怪物の群れ。
1時間とかからず、ここは更地になり、住人はひき肉にすらならないだろう。
「夜中にうるせえぞごらぁぁぁあああ!!!!」
「はっ?」
浸っていたら、思わず声が出た。
ううーん、なんですかね、アレ?
家から飛び出してきた大男が、特濃
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