第15話 仙台駅前ダンジョン第16層 <天使の巣穴>

■仙台駅前ダンジョン第16層 <天使の巣穴>


「クロガネさん、今日は何をしに16層に来たんですか?」


 クロガネの自己紹介が済んだところで、アカリが質問をする。

 呼び方もコースケではなくクロガネに変わっていた。

 カメラを構える姿勢も堂に入っており、プロカメラマンというのはフカシ・・・じゃなさそうだとクロガネは思った。


「あー、なんつったか? なんとかアイってレアアイテムを取りに来た」

「<瑠璃色の審美眼ラピスラズリ・アイ>ですね。<道具鑑定>の魔導具ですが、何か鑑定したいものでもあるんですか?」

「ああ、こいつだ。なんだか知らねえが、なかなか貴重なものらしくてな」


 クロガネは腕を上げ、手首に巻いた牙の首飾りを見せる。


「お、コメントが入りましたよ。ありがとうございます。【それ、カマプアアが落としたやつ?】だそうです。そうなんですか?」


 アカリの眼鏡はスマートグラスだ。

 配信と同期して、現在の同時接続数やコメントなどが表示されるように設定してある。


「おお、コメントさんきゅー! あの猪頭はカマプアアって言うんだってな。あいつが落としたもんで間違いないぜ」


 同時接続者数はゆるやかだが順調に増えている。

 その後、2、3のコメントを拾ってから、アカリは話題を切り替える。


「それでは、そろそろ本題に戻りましょう。クロガネさんは、ここ<天使の巣穴>は初めてですか?」

「天使の巣穴?」

「おおーっと、その反応はどうやら初めてですね。では張り切って行ってみましょう! 木目のタイルからは安全地帯ではなくなるので、気をつけてくださいね」

「お、おう!」


 アカリの白々しい演技に内心で呆れつつ、クロガネはカメラに背を向けて木目のエリアに入った。

 数メートル進んで足を止める。

 どうも奇妙な気配がする。

 四方八方から見られているような、首筋がざわざわする感覚。


「おや、どうしました? 何か気になることでもありましたか?」

「いや、別になんてことはねえんだが……」


 クロガネは辺りを見回す。

 両手を広げればぶつかりそうな、棚で仕切られた狭い通路。

 美少女フィギュアや、ソフトビニール製の怪獣、精巧に作られたロボットのプラモデルなどが規則性なく並んでいる。大きさはまちまちで、小さなものは手のひらサイズ、大きなものはクロガネ以上の上背があった。


「あっ、わかった。クロガネさん、娘さんがいましたよね? 何かお土産に持って帰ってあげようとか考えてるんですね! ほら、その『ぷちかわ』のキーホルダーなんかどうですか? いま中高生の間で大人気だそうですよ」

「そうなのか?」


 アカリが指差す先には、ハムスターのような、丸いシロクマのような、二頭身のキャラクターのぬいぐるみがあった。大きさは片手に乗る程度で、クレーンゲームの景品にありそうだ。


 なるほど、最近はこういうのが人気なのか。

 ソラはぬいぐるみなど、女の子が好みそうなものにまったく興味を示さなかった。それが生まれつきのものなのか、野郎ばかりの汗臭い環境で育ててしまったせいなのか、それがクロガネにはわからない。


 こういうものをプレゼントしてやれば、案外喜ぶのかもしれない。

 そう思い、クロガネは何気なくぬいぐるみに手を伸ばす。


「わ゛ぁぁぁああああ゛あ゛あ゛い゛っっ!!」 

「うおっ、痛てっ!?」


 ぬいぐるみが突然動き出し、牙を剥いた。

 クロガネの指に噛みつき、「わ゛ぁ゛い゛! わ゛ぁ゛い゛!」と汚い声で鳴いている。


「くっそ! 離しやがれ!」

「わ゛ぁぁぁああああ゛あ゛あ゛い゛っっ!!」 


 クロガネが思い切り腕を振ると、ぬいぐるみが指から引き剥がされる。

 ぬいぐるみは勢いよく飛んでいき、等身大の女騎士フィギュアの顔面に当たり、バウンドしてやはり等身大のロボットの顔面に当たった。

 すると、今度はその2体の等身大人形が動き出す。


「くっ、殺せっ!」

「うおおおっ!?」

「武器はないのか? 武器は?」

「ぬおおおっ!?」 


 意味不明な言葉とともに、女騎士が長剣で斬りつけ、ロボットがこめかみから機銃を連射する。

 クロガネは床に転がってなんとかそれを回避した。


「おーっと、クロガネさん大ピンチ! ここ、<天使の巣穴>はあらゆる人形やぬいぐるみが襲いかかってくる魔境だったのです! コメントもありがとうございます。【初見実況からしか得られない栄養素がある】まったくそのとおりですね! さあ、クロガネ・ザ・フォートレスはこの窮地を切り抜けられるのか!?」

「ちきしょう! 知っててハメやがったな!?」


 クロガネは怒鳴りつつ、女騎士に向かって突進する。


「くっ、殺せ!」

「ああ! 望み通りにしてやるよ!!」


 女騎士が長剣を振り下ろすが、クロガネの方が一手早い。

 膝を落として腰に組み付き、そのまま肩に載せてリフトアップ。

 女騎士は剣を振り回すが、近すぎて柄で背中を打つことしかできない。


「ぬおおおおおお!!」

「武器はないのか? 武器は?」


 女騎士を担いだまま、それを盾にロボットへ全力疾走。

 女騎士の鎧が銃弾を弾き、火花を散らす。


「どっせい!!」


 女騎士の足を掴んで振り下ろし、ロボットに叩きつける。

 女騎士とロボットは絡み合って潰れ、手足がもげてぶるぶると振動している。


「くくくくくっこっここここっこっこっろせせせせせ」

「おおおやじじじにももぶたたたれたたたことととと」

「気味が悪りぃ!!」


 クロガネが踏みつけ、二つ重ねた胴体をまとめて砕く。

 それでようやく完全に動かなくなった。


「さあ、クロガネ選手、ひとまず窮地は脱しましたが、まだまだ試合終了ではありません! <天使の巣穴>の恐るべき点は無限湧きとも称される波状攻撃! 油断は禁物ですよ!」

「ちっ、言われなくてもわかってらぁ!」


 クロガネは腰を落とし、ファイティングポーズを取る。

 その周囲を大小様々な人形の群れが取り囲み、じわじわと包囲を縮めていた。

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