第14話 仙台駅前ダンジョン第11層~第16層 デビュー配信

■仙台駅前ダンジョン第11層


「これが500万とは信じられねえな。一体、どこの誰が買うんだ?」

「ダンジョンマーケットに出品すればまず買い手がつきますよ。地上のオークションもありますけど」

「ダンジョンマーケット?」


 またしても聞き慣れぬ言葉に、クロガネは首を傾げる。

 プロレス一筋のクロガネにとって、ダンジョンはあまりにも未知の世界だった。


「<運営>が管理してるフリーマーケットみたいなものですね。DP決済で税金がかからないので、こっちを利用する人が多いです」

「それ、脱税じゃないのか?」


 外貨建てでの取引でも税金はかかる。

 税務にそこまで詳しい訳では無いが、クロガネも会社経営者としてその程度の知識は持っていた。


「脱税にはならないと政府が明言してますね。だから<運営>と政府の間で密約があるなんて噂されてるんですよ。だいたい、8年前にダンジョンが突然現れて、それから突貫で法整備して一般人まで入れるようになっちゃう。この国でそんなことってありえます?」

「うーん、言われてみりゃあ、おかしいのかねえ」


 クロガネは政治にあまり関心がない。

 しかもダンジョンが発生したのは、団体の旗揚げ直後で慣れない経営に四苦八苦していたときのことだ。詳しくニュースを追っている暇などどこにもなかった。


「とはいえ、いまはまだ売らない方がいいですよ。未鑑定品は足元を見られやすいですし、何か役立つ力が込められているかもしれません」

「そうは言っても、鑑定しねえとどんな効果があるかもわからねえんだろ?」

「なので、それが今日の狙いなんです」


 アカリが黒縁の眼鏡をくいっと持ち上げる。


「今日の狙いは<瑠璃色の審美眼ラピスラズリ・アイ>。<道具鑑定>の魔力を持つレアアイテムです。これがドロップするまでの耐久配信が、コースケさんのデビューになります!」

「何も聞かされてなかったんだが……」

「ふふふ、デビューしたての配信者は新鮮なリアクションが命ですから」


 不敵に笑うアカリに、クロガネはぼりぼりと頭をかいて苦笑いした。

 ダンジョンについて予習をすることも禁止されていたが、こういう思惑だったのか。


「それじゃ行きましょう! 16層へはエレベーターですぐ行けますよ」

「エレベーターまであるのかよ」


 うきうきと歩くアカリの背を、クロガネは少し遅れて追いかけた。


■仙台駅前ダンジョン第16層


「さ、11層とは違ってここは敵対的モンスターが出ますからね。油断しないでください」

「おう、ようやく本番だな」

「あ、配信はじめるときは最初に挨拶お願いしますね。エレベーターホールには安全地帯ですから」

「お、おう」


 第11層からエレベーターに乗って、第16層まで一気に移動する。

 階層を下っているはずなのに、エレベーターは上っていた。

 ダンジョンの中は空間が歪んでおり、こういうことは珍しくないそうだ。

 世界中の科学者が調べているが、わかったことは少ないらしい。

 そんな問題はとても手に負えない。

 クロガネは気にしないことにした。


 チンと音がして、エレベーターのドアが開く。

 エレベーターの前、数メートル四方が白いリノリウムで、そこから先は木目のタイルが敷き詰められている。

 不規則に棚が並び、その中には大小のフィギュアやプラモデルなどが所狭しと陳列されていた。


「まーた、けったいなところだなあ」

「いいからコースケさん、準備準備」

「おう」


 準備と言っても簡単なものだ。


 まず着替えは要らない。

 いまはTシャツにダメージジーンズという、下見のときとほとんど同じ服装だ。異なるのはTシャツに「WKプロレスリング」というロゴがでかでかと印刷されている点のみ。


 これはクロガネが経営するプロレス団体の名称だ。ソラの亡父である風祭鷹司と、クロガネの頭文字を取って名付けた。風祭のKと黒鉄のKで、ダブルケーというわけだ。世間向けにはプロレス界World王道Kingshipを目指す団体、という説明をしているが。


 そこにデイバッグから取り出したマスクを被ればもう完成である。

 口元が大きく開いたマスクは、マスクは濃いグレーに鈍い銀色の柄をあしらったもので、欧州の城門をモチーフとしている。

 ザ・フォートレス城塞――クロガネがフェイス正義役としてリングに上がる際のマスクだ。


 本来ならば上半身は裸で、ショートタイツとブーツを履くのだが、肌色の露出が多いと年齢制限がかかってしまうらしい。仕方なく、Tシャツにジーンズという出で立ちとなった。


 手荷物をアカリに渡し、深呼吸をする。

 その場で数回跳んで、軽くシャドーをしたら準備完了だ。


「よし、いいぞ」

「それじゃ、合図したらまず自己紹介をお願いします。そのあと、私が話題を振っていくので、それに応じていく形で。戦闘がはじまったら後は流れでお願いします」

「おう、任せとけ」

「いきますよ。3、2、1」


 クロガネは腕組みをし、少し斜めに立ってカメラを見る。

 正確にはカメラの少し奥を見る要領だ。カメラレンズにぴったり視線を合わせると、寄り目がちな印象を与えてしまう。超日時代に鷹司から教わったカメラ写りをよくするコツだ。最近でこそご無沙汰だが、テレビ取材は何度も受けたことがあるので場馴れはしている。


「こんにちは、俺の配信を見てくれてありがとう。クロガネ・ザ・フォートレスだ。東北を中心にプロレスラーとして活動している――」


 クロガネのデビュー配信がついに始まった。

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