第13話 仙台駅前ダンジョン第11層 売ります買います<ダンジョンストリート>

■仙台駅前ダンジョン第11層


 翌日、クロガネは自称ダンジョンカメラマンの水鏡ミカガミアカリとともにダンジョンにいた。

 アカリの自己紹介によれば、彼女は凄腕のカメラマンであり、同時に敏腕プロデューサーであるそうだ。クロガネの動画を見てそのポテンシャルに気が付き、ぜひ専属カメラマン兼プロデューサーとして組んでほしいと提案してきたのだ。


(金ピカの件はきっかけとしてちょうどよかったってところかね。大人しそうに見えて、案外食えないお嬢ちゃんだ)


 クロガネには自分が騙されやすい性格だという自覚がある。

 そこで、一旦ソラに相談したところ、「まずは腕試しってことで、一緒にダンジョンに潜ってみたら?」とのことだった。腕がなければ断ればいいし、腕が良ければ騙されないよう気を付けつつ契約を巻けばいいと、なんともドライな対応だ。


 ソラもカメラの専門家ではないし、ダンジョン配信の知識もあまりない。

 信用できるのであれば、願ったりの人材ではあるのだ。


 なお、今回の探索にソラは同行しない。平日なので学校に行っている。

 ソラは事あるごとに中退してプロレスラーとしてデビューしたいと言うのだが、この件に関してだけはクロガネは絶対に譲らない。高校だけは出ろと頑なに言い続けている。


 クロガネ自身が高校を中退してプロレスラーになっており、散々苦労した自覚があるからだ。無理に勧めはしないが、進学に必要な蓄えもしている。ソラの気が変われば、大学や専門学校で勉強させてやりたいと考えていた。


「はい、着きました。ここがひとまずの目的地です」

「<ダンジョンストリート>ねえ。リサイクルショップみてえだな」


 アカリに連れられてやってきたのはダンジョンの11層だ。

 11層はそれまでとは異なり、石畳ではなくツルツルした光沢のある床が続いている。天井には四角い照明が埋め込まれており、地上の商業ビル並みに明るい――というか、そのまま商業ビルのような内装だった。


 ダンジョンストリートというのは、その一角にあるテナントだ。

 逆三角形の交通標識のようなロゴを掲げ、赤地に白抜きでダンジョンを模した図形が描かれている。店の入口は開放的で、革鎧や布鎧ギャンベゾン鎖帷子チェインメイルといった軽装が中心の陳列だ。兜からブーツまで一式を着せたマネキンも飾られている。


「なんだか服屋みてえだな」

「人間が馴染みやすいように、<運営>が地上のお店に似せて作ったそうですよ」

「運営?」


 クロガネが首を傾げ、アカリが質問に答える。


「ダンジョンを作った存在――と言われているものです。実態はわかりません。各国の政府とも密約があるって噂です」

「はあ、なんか大変なんだな」


 難しい話になりそうなので、クロガネはぼりぼりと頭をかいてごまかした。

 ダンジョンに挑むのはプロレスの宣伝のためだ。その仕組みなどにはまったく興味がない。


「それで、鑑定ってのはどこで頼めばいいんだ?」

「ええっと、右奥ですね」


 アカリが天井からぶら下がった案内板を見て指差す。

 クロガネはブーツの並ぶ棚や刀剣類のかかった壁を通り過ぎ、カウンターに着いた。用途不明の小物が詰まったガラスケースの上に板が張ってある。

 店員はおらず、「御用のある方は押してください」とテプラの貼られたボタンが置かれていた。


 クロガネがボタンを押すと、奥のドアから電子音のメロディが聞こえた。

 バタバタと音がして、ドアが開く。

 そして、店員らしき人物・・が姿を表した。


「どもども、いらっしゃいませー! お買い上げですか? 買い取りですか? それとも鑑定ですか?」

「お、おう。鑑定だな」


 明るく声をかけてくる店員に、クロガネは思わず面食らった。

 店員が異形であったからだ。頭は象のよう。片方の牙が折れ、長い鼻がぶらぶらと揺れている。顔の真ん中には大きな目玉がひとつだけ。

 それが一本足でぴょんぴょんと跳ねてきたのだ。


 これはモンスターじゃないのか……という疑問が脳裏をかすめる。

 だが、敵対的な様子はない。どうやら、この異形が店員で間違いないらしい。


「お品物はどちらになりますかねー」

「これを頼む」


 ゴム製のトレーに品物を置く。

 あの猪頭からドロップした牙の首飾りだ。アカリによると、Wikiにも記載のない珍しいアイテムらしい。見た目で正体のわかる一般コモンアイテムとは異なり、レアアイテムは鑑定をしなければその真の価値や使い途がわからないそうだ。


「はい、こちらですねー。少々お待ちくださいー」


 象頭が横の棚から大きな虫眼鏡を取り出す。

 それをエプロンの裾で拭って、首飾りをじろじろと観察しはじめた。


「こちら、鑑定料は260万DPになります」

「にっ、260万!?」


 トビホタルイカの件でDPなるものが日本円とほぼ等価であると知っていた。

 鑑定をするだけで260万も取るとは、ぼったくりにもほどがある。


「日本円やUSドル、仮想通貨でのお支払いが希望でしたら換算しますよー」

「いえ、大丈夫です。またの機会にお願いします」


 アカリはにこやかに鑑定を断った。

 納得がいかない顔のクロガネを促してダンジョンストリートを後にする。


「鑑定してもらわなくてよかったのか? っても、そんな金はねえがよ」

「鑑定料がわかればひとまず十分ですよ。鑑定料って、あのお店の買取価格と同じなんです。で、売るときは倍の値段にするって流れです」

「ってことは、こいつは500万くらいの価値があるのか!?」


 クロガネは目を丸くして首飾りを見る。

 白い牙に穴を開け、革紐を通しただけのもの。クロガネには、露天で数千円で売っているような安物にしか思えない。


「ダンジョンってのは、つくづくわかんねえなあ……」


 クロガネはそうぼやいて、ぼりぼりと頭をかいた。

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