第40話 仙台駅前ダンジョン第21層~第30層 <珊瑚の迷宮>

■仙台駅前ダンジョン第27層 <珊瑚の迷宮コーラルラビリンス


 第21層より下は、それまでと様相が大きく異なる。

 10層までは石畳と石壁の続く迷路、20層までは地上の商業ビル風だが、21層からは突如として青で満たされた空間に変わるのだ。


 床も壁も天井も青く透き通った鉱物で構成されている。

 滑らかな凹凸で覆われ、人工的な直線はどこにもない。

 通路の幅は一定ではなく、曲がり角もゆるやかだと思えば突然鋭角に折れることもある。


 また、ところどころに宝石珊瑚に似た色鮮やかな突起物が生えている。

 それは真紅、真珠、瑪瑙、さまざまな色彩にきらめき、青で塗りつぶされた風景にアクセントを添えていた。


 一言で印象をまとめるならば、海底洞窟だ。

 煌めく水面に赤色光が奪われ、淡い青色の光だけが届く水底。

 慣れないものは上下左右さえ見失い、空間識失調を起こしかねない幻想郷。


 それが仙台ダンジョン21層から続く<珊瑚の迷宮コーラルラビリンス>だった。


 ここからはモンスターやトラップが凶悪になり、命に関わる度合いが高まる。

 初級を抜け出ようとする配信者たちがたびたび犠牲になる階層だ。

 仙台駅前ダンジョンでは、第21層から第30層までを危なげなく踏破できるようになれば中級の仲間入りだとされていた。


 そんなシビアが面がある一方、その美しさによっても人気のエリアだ。

 メルとカシワギたちはMVミュージックビデオの撮影にでもやってきたのだろう。

五行娘娘ウーシンニャンニャン>の面々が、青い海底で踊る様子を想像すると、「撮りたい」という気持ちが湧き上がってくる。


「って、だからそれじゃダメなんですよ」


 いま自分が彼女らを追っているのは、振り切るためだ。

 未練を捨てて、現在いま未来これからに向き合うためだ。

 その目的を忘れてはならない。


尋ね人の忘れ物イエローハンカチーフ>に従って、青い階段を踏みしめて深層へ降りていく。

 22層、23層、24層――階層を下るたび、鉱石の青みが濃くなっていく。

 深海に向かって潜るような気分になる。


 ウツロハマグリが大型のオカアンモナイトに取りつかれ、強力な触手で殻をこじ開けられそうになっている。

 ウツロハマグリは幻覚成分入りの毒息を吐いて抵抗しているが、オカアンモナイトには効き目がないようだ。

 2匹が格闘しているところに成獣のサハンが通りかかり、返しの付いたもりでまとめて貫いた。


 まさしく漁夫の利というやつだ。

 朱色の鱗のサハンが、思わぬ収穫に飛び跳ねて喜んでいる。


 無数のモンスターとすれ違うが、アカリに興味を向けるものはいない。

 これは<記者証>の効果だ。<記者証>を持つものは、ダンジョン内で撮影以外の行為がほとんど許されなくなる代わりに、ダンジョンのモンスターやトラップから危害を加えられない。


 制限が多く、取得条件も厳しいため持つものは多くない。

 しかし、撮影に専念したいアカリにとってはありがたいものだった。

 774プロ時代に取得したものだが、やはりこれも捨てられなかった。


 ――28層、29層、30層。


尋ね人の忘れ物イエローハンカチーフ>の指し示す方向が水平になった。

 メルたちがいるのはこの階層だ。

 アカリは<自己消音>のスキルを発動し、ゆっくりと歩く。

 自らが発する音を軽減するスキルで、衣擦れや呼吸音などを拾わないようにするためのスキルだが、隠密行動にも役立つ。


 複雑にうねる通路を進んでいく。

 奥から金属音や爆発音が聞こえてきた。

 戦闘の音だ。

 足音をいっそう忍ばせる。

 カメラを構えそうになり、それをこらえる。

 曲がり角。

 壁に背を預け、奥を覗く。


 そこは拓けた空間になっていた。

 手前にはメガホンを持って腕組みするカシワギと、カメラやマイクを構えた撮影隊の背中が見える。

 そしてその先には、十体ほどのサハン・ナイトと戦う<五行娘娘ウーシンニャンニャン>の姿があった。


 サハン・ナイトはサハンの上位種だ。

 通常のサハンよりも一回り大きく、白い真珠色の鱗をしている。両手持ちの三叉槍を巧みに操るその身体は、オカアンモナイトやウロコセンシャガイの殻で作ったきらびやかな鎧で包まれている。


 対する<五行娘娘ウーシンニャンニャン>は色とりどりだ。

 青、赤、黄、白、黒の衣装を身にまとった5人の少女たち。

 全員が<五行道士ウーシンタオシィ>の派生職に就いている。


 青は<木行道士ムゥシンタオシィ>。

 赤は<火行道士フォシンタオシィ>。

 黄は<土行道士トゥシンタオシィ>。

 白は<金行道士ジンシンタオシィ>。

 黒は<水行道士シェイシンタオシィ>。


 中国の五行思想に則った特異技能を操る複合職だ。

 それらは道術タオシュゥと呼ばれ、スキルのようにクールタイムがあり、魔力も消費する代わりに威力が大きい。


 甘味屋台で再会した白銀メルは<金行道士ジンシンタオシィ>だ。

 金属を操る道術タオシュゥを得意とし、生成した武器を放ったり、置き盾を作ったりと、攻守ともにこなせるポジションである。


 5人の少女は舞い踊りながら道術タオシュゥを放ち、サハン・ナイトを翻弄する。

 黒の少女が光り輝く水を放ってサハンを牽制すると、青の少女が草木で作られたイナゴの群れを放つ。イナゴの群れは水を吸い、握りこぶしほどの大きさに急成長してめちゃくちゃにかじりつく。

 続いて赤の少女が火焔をまとう巨鳥をけしかけると、草木製のイナゴに引火してサハンの全身を炎で包み込む。地面からは土でできた無数の触手が伸びて絡みつき、火勢にあぶられて硬化した。


「土に潜みし金精よ、寄り寄りて集い槍を成せ。繰り捻じれ敵を貫き、破れ弾け敵を引き裂け――<裂刺鉄槍リエツーチェチャン!!>」


 白の少女――白銀メルが呪符を投擲なげる。

 呪符は銀色の光の線を曳いて宙を走り、土の触手に張り付いていく。

 触手の表面にびしりびしりと亀裂が生じ、内側から金属の蔦が溢れ出た。

 蔦は茨に似て棘だらけで、サハン・ナイトをことごとく貫き、引き裂き、瞬く間に物言わぬ肉塊へと変えていく。


 5人の少女は同時に振り返る。

 そしてカメラに向かい、それぞれのポーズを決めて動きを止めた。


 背後で爆発。

 立ち上る朱色の爆炎。

 撮影スタッフが演出用の<西瓜炸弾シークヮチャータン>を投げたのだ。


「はーい、カットぉー! うーん、完っっっ璧な戦闘ダンスだったわ。五行相生のフルコンボ、これはもうグラミー賞も待ったなしよ!」


 カシワギが全力で拍手をしながら撮影終了を告げる。

 五行相生とは<五行道士ウーシンタオシィ>がそれぞれの属性を強化し合う特性を生かした連携技だ。ただでさえ難しい連携技を、実戦で、しかも5人で出来るものなど世界を見渡してもそうはいない。

 隠れ見ている状況でなければ、アカリも全力で拍手を贈りたい気分だった。


「……さすがに、言い過ぎ」

「うふふ、そんなことはないわ。あなたたちの実力なら、全米……いえ、全世界進出も夢じゃないんだから!」

「……無理、よくない」

「わかってるわよー。私が直接担当する以上、もうあんな事件・・・・・は絶対に起こさないわ」

「……うん」


 事件・・のことに触れられ、メルは一瞬鎮痛な面持ちになる。

 しかし、すぐに普段の冷静な表情に戻った。


 アカリは先ほどの撮影と、いまの表情を見て、寂しいようなほっとしたような、複雑な心境に陥った。

 だが、いまの<五行娘娘ウーシンニャンニャン>はもうアカリなしでも十分やっていけていることは間違いなかった。


 これで過去を吹っ切るという目的は果たせた。


 アカリはそう、自分に言い聞かせる。

 長いため息を吐き、体の力を抜く。


 ――ぐらり。


 目眩を起こしたのかと思った。


 ――ぐらり。ぐらり。ぐらり。


 まっすぐ立てず、しゃがみ込む。


 ――ぐらり。ぐらり。ぐらり。ぐらり。ぐらり。ぐらり。ぐらり。ぐらり。ぐらり。ぐらり。ぐらり。ぐらり。ぐらり。ぐらり。ぐらり。ぐらり。ぐらり。ぐらり。ぐらり。ぐらり。ぐらり。ぐらり。ぐらり。ぐらり。ぐらり。ぐらり。ぐらり。


 床がひび割れ、壁が剥がれ、天井から土砂が降る。

 スマートフォンがけたたましく警報を鳴らす。


【緊急迷宮速報、緊急迷宮速報。

 仙台駅前ダンジョンで大規模変動発生。

 探索中の配信者は命を守る行動をしてください。

 推定変動指数は9.0――】


 天井が大きく崩れた。

 巨大な岩塊が落ち、床を砕き、フロアごと崩落する。

 地面に開いた大穴に、悲鳴と警報が虚しく飲み込まれていった。

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