第41話 仙台駅前ダンジョン第XX層 <????>
■仙台駅前ダンジョン第XX層 <????>
もうもうと土煙が立ち込めている。
地面は柔らかく、細かな泥が分厚く堆積していた。
仄青く光る鉱石と灰色の土石が入り混じったものが辺り一面に散乱している。
「痛たたたた……」
泥の中から、人影が立ち上がる。
首から一眼レフカメラをぶら下げ、黒縁の眼鏡をかけた女――
肩がけのカメラバッグも失われていない。
スマートフォンを取り出すが、圏外。
崩落によって基地局が破壊されてしまったのだろうと察する。
「まさか崩落に巻き込まれるなんて……」
ダンジョンの崩落は珍しい現象ではあるものの、まったくないわけではない。
ダンジョンの探索をしていれば、痕跡がしばしば見つけられる。
だが、崩落の瞬間が目撃されることは極めて稀だ。
ましてや巻き込まれた者などほとんどいない。
――巻き込まれた者が、生還していないだけかもしれないが。
一緒に落ちてきたサハ
アカリはイソギンチャクから距離をおいて、慎重に歩き始めた。
<記者証>を持つものはモンスターやトラップの攻撃対象にはならない。
しかし、巻き込まれれば話は別だ。
また、今回の崩落のような自然現象に対しても効力はない。
アカリが大怪我を負っていないのは、純粋に幸運の結果だった。
泥がクッションになり、上から瓦礫が降ってくることもなかったのだ。
一歩間違っていれば命はなかっただろう。
「<
アカリは右手を伸ばし、<カメラマン>のスキルを発動した。
白い光が仄暗い空間を照らし拡がっていく。
光に驚いたのか、さっと離れていく生き物の影がいくつか見えた。
仙台ダンジョンでアカリが潜ったことがあるのは30層までだ。
照明を左右に動かし周辺を確認してみるものの、見慣れぬ景色ばかりでここが何層なのかすらもわからない。
「これ、メルたちも巻き込まれてますよね。大丈夫でしょうか……」
ゆっくりと足元を探るように歩く。
一歩歩くたびに足首まで泥に埋まる。
泥の下で長細い何かがうねり、逃げていく。
暫く進むと、闇の奥に照明を反射する金属の光沢が見えた。
「あれは……」
思わず歩調が速まる。
近づくにつれ、はっきりと見えてきた。
銀色に輝く楕円の球体。
この術式は、知っている。
「メル、メルでしょ? 無事なら返事して」
銀色の
これは<
「……その声、ミカアカ?」
「よかった! 無事だったのね。近くにモンスターはいないから、解除して大丈夫よ」
「……わかった」
<
仲間のサポートが見込めるとき以外は、緊急避難にしか使えない術だった。
金属の殻にびしりと亀裂が走り、パラパラと剥がれていく。
<
「どうして、あーたがいるのよ……」
もうひとりは青い顔をしたカシワギだった。
脇腹が真っ赤に濡れており、荒い息をついている。
「カシワギさん、その怪我は!?」
「……落ちるとき、カッシー、かばってくれて……」
メルは泣き出しそうな顔でカシワギの手を握っている。
アカリはバックから救急キットを取り出した。
「傷を見ます。服を切りますから動かないでください」
「あーたに……助けてもらう、義理なんて……」
「そんなこと言ってる場合じゃないです! メル、手伝って」
「……わかった」
血で濡れた衣服を切り裂き、ポリ袋に詰める。
その辺りに捨てないのは、血の臭いがモンスターを引き寄せるからだ。
傷口の周りをよく拭き、水筒の水でよく洗う。
見た目は細い竹筒だが、10リットル以上の水を生み出すダンジョン由来品だ。
「……すごい、傷。骨、見えてる……」
「大丈夫、内臓には達してません」
「内臓が見えてなけりゃ大丈夫って、あーたはそんなだから……うぐっ」
アカリは声もかけずに医療用ステープラーで傷口を縫いはじめた。
こういう手当は心の準備をさせると余計に痛む。
不意打ちで一気に仕上げてしまうのがいい。
あらかた傷を塞いだら、軟膏を厚く塗り、ガーゼを当てて包帯をきつく巻く。
「こんな原始的なやり方……嫌がらせ? 回復ポーションでも持ってきなさいよ」
「残念ながら、いまはしがないフリーランスなので。どこぞの大企業様みたいに経費使い放題ってわけじゃないんです」
「痛っ! ちょっと、キツく巻きすぎじゃないの?」
少しは気力が戻ったのか、カシワギが憎まれ口を叩く。
アカリは嫌味を返しつつ、包帯をキツく結んで手当を終えた。
「早くきちんとした治療しなければいけませんね。メル、近くに荷物が落ちてない?」
メルは鼻をクンクンと鳴らして顔をあちこちに向ける。
それから首を左右に振った。
「……ダメ。匂い、しない。遠くの匂いも、ない」
「違う場所に落ちたのね。下手したらフロア違いか……」
五行の金は五感のうち嗅覚を司る。
メルは匂いによって周辺を探知する能力に優れていた。
荷物が見つかればよかったのだが、そうは上手くいかないようだ。
774プロほどの大手の撮影隊である。
万一に備えて上級回復ポーションのひとつやふたつは用意があっただろう。
大規模な撮影隊を組む場合、荷物はアシスタントが預かることが多い。
演者や撮影に直接関わるスタッフが荷物に気を取られないようにするためだが、現状はそれが裏目に出ていた。
カシワギもメルも、照明や行動食など、最低限の道具すら持っていなかったのだ。
「ひとまず移動しましょう。ここは危険です」
「ちょっと、腕を引っ張らないでよ」
「……カッシー、言うこと聞いて」
アカリはカシワギに無理やり肩を貸し、歩きはじめた。
天井から時折砂が落ちてくる。
また崩落に巻き込まれてはたまらない。
崩落現場からはいくつかの通路が伸びていた。
照明を当てて確認し、損傷の少ない通路を選ぶ。
崩落で落ちてきていた青い鉱石がなくなり、ダンジョンは暗さを増す。
アカリの<
先頭を行くメルの周囲には、銀色に光る無数の釘が浮いていた。
遭遇戦に備えて常駐型の
そのメルの足が、ふと止まる、
「……何か、来る」
微細な振動。
迷宮震の揺れとは違う。
振動が徐々に近づいてくる。
硬いもので岩を削る音が音が聞こえてくる。
通路の奥の闇から、灰褐色の丸みを帯びた壁のような何かが迫ってくる。
「嘘でしょ……こんなときに……」
カシワギの口から、声が洩れる。
その目には、効果を<魔物鑑定>に切り替えた<
「マズイ相手ですか?」
「マズイなんてもんじゃないわ。個体名<シュテンオニイソメ>、レベルは107……!」
――GARIGARIGARIGARIGARIGARI!!!!
黒褐色の分厚い甲冑を纏った長大な多脚生物が咆哮する。
人の腕より太い触角を振りながら。
うねる巨体で通路を削りながら。
数えきれない脚で泥を巻き上げながら。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます