第51話 仙台駅前ダンジョン第10層(裏) <アイナルアラロ>

■仙台駅前ダンジョン <隠れ道>


「ダンジョンに裏口があるとはなあ」

「そういう噂は聞いたことはありますが、都市伝説だと決めつけてましたね」

「<通行証>がなければ使えぬ隠れ道でござる」


 クロガネたちは、オクの後について細い隧道を歩いていた。

 道場の裏手から少し山を登った藪の中に、ぽっかりと黒い穴が開いていたのだ。

 角の摩耗した階段が地下に向かって延々と続いており、地上の暑さが嘘のように涼しく、むしろ肌寒いほどだった。メイキュウヒカリゴケの放つ黄緑色の光までがどこか寒々しい。


「牙のアクセサリーが通行証ってこと?」

「そういうことでござる」

「使い道のわからねえ代物しろもんだったが、そういうもんだったのか」


 クロガネは手首に巻いた牙の首飾りをしげしげと眺める。

 500万近い価値があると聞いてはいたが、そういう特別な意味があったのかと得心しかけるが、それにしたって高すぎるのではないかとも思う。


「ねえねえ、それじゃこっちも特別な意味があるの?」

「何やら面妖な飾りでござるな……。それがしは知らぬ品でござるよ」


 ソラが目玉の髪飾りサークレットを見せるが、オクは不気味そうに首を振るだけだった。

 こちらも鑑定料は310万DP、売価は600万超ということだ。

 オクにわかれば鑑定の手間が省けるところだったがそう都合良くは運ばなかった。


「あれ? アカリさん、これ配信するの?」


 カメラを構えるアカリに、ソラが尋ねる。


「いえ、撮影だけですね。使うかどうかは後から判断です。我々だけが知っている秘密の通路が、今後アドバンテージになるかもしれませんし」


 ダンジョンに裏口あったという情報のニュースバリューは高い。

 探索をメインに打ち出している配信者ならトップニュースとして大々的に打ち出せる発見だろう。


 しかし、クロガネたちの配信とは方向性が異なる。

 一時的に話題をさらえるかもしれないが、まだまだ配信して間もない現状で、チャンネルにそういうがつくのは避けたいところだったのだ。


 道中ではモンスターが現れることもなく、淡々と降っていく。

 30分と経たないうちに、大きな扉の前に着いた。

 高さは5メートル以上はあり、海を表しているのか波模様の彫刻が一面に施されている。

 オクは扉の前に立ち、独特なリズムで叩く。

 すると、扉は音もなく左右に開かれていった。


「我らが王国、<アイナルアラロ>にようこそでござる」




■仙台駅前ダンジョン第10層(裏) <アイナルアラロ>


「どうなってんだこりゃ……」

「ダンジョンの中だよね、ここ……」


 クロガネとソラは、扉の先の光景にあんぐりと口を開けていた。

 地下に下ってきたというのに、青空が広がり、太陽が煌々と輝いている。空の下は見渡す限りの海。草葺き屋根の建屋が載ったいかだがあちこちに浮いており、木板を並べた通路がそれらをつないでいる。


「さあ、こちらでござる」


 三人は先を行くオクについていく。

 木板の通路は歩く度にぷかぷかと揺れる。

 コバルトブルーの海は透明度が高く、数十メートル先の海底まで見通せる。

 極彩色の魚群が、色とりどりの珊瑚を縫って泳いでいた。


「まるきり南の島だな」

「ハワイにでも来た気分だね」

「撮れ高はかなりありますね。観光系のチャンネルではないので背景として活かしたいところです」


 浮橋じみた通路の先は、白い砂浜に繋がっていた。

 陸地が見えなかったのは、視界の問題だったようだ。

 浮橋を降りて砂浜に足をつくと、ブウブウと奇妙な音がした。

 まるで豚の鳴き声だ。


「なんだこりゃ? 鳴き砂みたいなもんか?」


 クロガネが足踏みをしてブウブウと鳴らしていると、唐突に砂が弾け、白と黄色の縞模様の魚が飛び出した。

 それは「ブウウウッ!」と鳴き声を上げながら、2本の足・・・・でどこかに走り去っていく。


「<モグリハマバシリ>でござるな。生でも焼いても美味な魚でござる」

「いまのを食うのか……」


 オクの言葉にクロガネの肌が粟立つ。

 反射的に、未知の食材への警戒心が湧き上がったのだ。

 アルキキノコは大きいとはいえ、見た目がほぼキノコそのものだったのでそれほど気にならなかった。だが、2本足で走るカラフルな魚となると話は別だ。


 しかし、そんなクロガネの考えはオクには伝わらなかったようで、


「食してみたいでござるか? うむ、ちょうどあちらに屋台が出ているでござるな。謁見中に腹の虫が鳴っては不調法というもの。馳走する故、遠慮なく食してほしいでござるよ」


 と、街路の脇にあった屋台で串焼きを4本買ってきた。

 木の串で貫かれたスナモグリハシリは姿のままで、白と黄色の縞模様は鮮やかに、腹びれの位置からはエリマキトカゲを連想させる2本の足が伸びている。


「ささ、遠慮召されず。焼き立てが美味でござるよ」

「お、おう……」


 オクから手渡された串焼きをにらみながら、クロガネは街路を歩く。

 白い砂の敷かれた街路の両脇には、木の骨組みに草で屋根を葺いた簡素な建物が並んでいる。


 ところどころに軒先を屋台にした家があり、見たこともない魚介を焼いていたり、蒸したイモや青いバナナを売っている。屋台を切り盛りしているのはどの店もエプロンをしたピギーヘッドたちだった。


「うん、脂が乗ってておいしい!」

「魚と鶏を合わせたような味わいですね。しっかりした肉質で食べごたえがあります」

「マジかよ……」


 クロガネが悩んでいる間に、女二人があっさりと串焼きを口にしていた。

 ご馳走になったものを自分だけ食べないわけにもいかない。

 クロガネも覚悟を決め、目をつむってかじりついてみると確かにこれが案外美味い。脂の乗った魚肉に鶏肉の食感を加えたような味わいで、あっという間に平らげてしまった。


「確かに美味えな。唐揚げにしてもよさそうだ」

「ははは! 口に合って何よりでござる。さて、目的地が見えてきたでござるよ」


 オクが食べ終えた串で道の先を指す。

 そこには、白い石灰石を積み上げて作った巨大なドーム状の建物があった。

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