第52話 仙台駅前ダンジョン第10層(裏) プロレスラーが握手するとこうなるのは様式美

■仙台駅前ダンジョン第10層(裏) <カマプアアの宮殿>


 白いドームの中には、広々とした空間が広がっていた。

 柱の一本もなく、天井をどうやって支えているのかもわからない。

 採光用らしい窓がいくつかあるが、建物の広さに見合っておらず全体的に薄暗い。


 目が慣れてきて、ようやく中の様子が見渡せた。

 草花の模様が織り込まれた絨毯が一直線に敷かれており、奥には石造りの玉座に座る男が見える。左右にはゆったりした貫頭衣をまとったピギーヘッドが立っており、大きな椰子の葉を持って男を扇いでいた。


「おう、よく来てくれたな! こっちこっち、こっち来いよ!」


 男は玉座を降り、手を叩いてクロガネたちを呼んだ。

 身長はクロガネよりも頭一つ高く、腰布にサンダルという格好だった。

 浅黒い上半身は無駄のない筋肉で盛り上がっており、あちこちにタトゥーが刻まれている。そして髪型はカチカチに固まったリーゼントヘアーだった。


「よう、クロガネ。ひさしぶり……ってほどでもねえか。ともかく、改めて夜露死苦!」


 男が太い右腕を差し出して握手を求めてくる。

 クロガネは反射的に応じるが、目の前の男に見覚えはない。


「すまねえが、どこかで会ったか?」

「おおっと、悪りぃ悪りぃ。こうすりゃわかるか?」


 右手を握ったまま、男の姿が変貌していく。

 筋肉が膨れ上がり、バキバキと骨が軋む音とともに、手足が、胴が伸びていく。

 精悍な顔にはびっしりと剛毛が生え、唇の両端からは牙が突き出し、もともとの目の周囲に3対6つの黒い目玉が皮膚を裂いて現れた。


「これでわかっだろ? オレっちが<カマプアア>だ」 


 リーゼントの猪の口が釣り上がり、笑ったように見えた。

 クロガネも歯を剥いて笑い返す。


「なるほど、あんたが噂の本体・・様か。聞いたところじゃ、俺なんかは片手で捻れるくらい強ええらしいじゃねえか」

「あー、またオクが要らねえ口をききやがったか」


<カマプアア>の8つの目に睨まれ、オクは慌てて目を逸らす。


「ったく、しょーもねえなあ。ンなことでイキってもしょーがねえのによ」

「なんだ、結局ホラか。確かにしょうもねえな」

「あン? ホラとは言ってねえだろーが」


<カマプアア>の前腕が膨れ上がり、太い指がクロガネの右手にめり込む。


「へへ、こんなもんじゃあやっぱりホラだな」


 今度はクロガネの前腕が膨れ上がり、<カマプアア>の右手がみしみしと嫌な音を立てる。

 二人は握手をしたまま全身を震わせ、ついには脂汗まで垂らしはじめた。

 互いの手を握りつぶそうと力を込めつつ、隙あらば投げ飛ばそうと駆け引きをしているのだ。


「はいはい、クロさんストーっプ。クライアントかもしれないんだから。そのへんにしときなよ」

「ぬあっ!?」


 そんな状況を止めたのはソラだった。

 後頭部をぽんとチョップされたクロガネがバランスを崩して床に転がる。


「お、思ったよりやるじゃねーか。だが、この通り片手で捻ってやったぜ」

「てめっ! いまのはどう考えてもノーカンだろがっ!」


 人間態に戻り、肩で息をしつつも胸を張る<カマプアア>に、クロガネが食ってかかる。だが、それはソラに襟首を掴まれ止められた。


「どうどうどうどう。そういうのは後にして、先に仕事の話しよ」

「むう……」


 クロガネは口をへの字に曲げるが、それ以上の文句はぐっとこらえた。

 クロガネとソラにとって、この訪問の目的の半分は「出張プロレス教室」の営業でもあるのだ。配信が軌道に乗りつつあるとは言え、収入を複線化するに越したことはない。

 なお、残りの半分は取材攻勢から逃れて羽根を伸ばしたかったという目的である。


「とりあえず相場から話しておくと、ジムとしてのうちはこういう料金体系ね」


 ソラがパンフレットを取り出し、<カマプアア>とオクに渡す。

 WKプロレスリングはプロレス団体として看板を掲げているが、格闘技ジムとしても営業しているのだ。やや辺鄙な立地なのと、付きっきりで指導できるわけではないので会費は安い。


 事実上、道場にあるトレーニング器具を自由に使える程度のサービスだ。

 それでも、近所の御婦人方には評判がよく、フィットネスジム兼井戸端会議の場として活用されていた。常連の何人かには合鍵も渡しており、クロガネたちがいなくても勝手に利用している。


「金がかかるのか? オレっちたちはDPはあんま持ってねーぞ」

「貧しいわけではないでござるぞ。我らは自給自足が基本。金銭などほとんど必要としないだけなのでござる」


<カマプアア>が眉間にしわを寄せると、オクが横から補足した。

 陸には畑があり、海では魚が穫れる。生活必需品のたぐいも自作しているため、外から買うものは一部の嗜好品くらいしかないそうなのだ。


「ええー、オクちゃんたちにプロレスを教えるのは楽しそうだけど、さすがに無報酬じゃなあ」

「ジム生や道場生へのスジもあるしな。お前らだけタダってわけにゃいかねえぞ」


 クロガネが床にあぐらをかいたまま口を挟む。

<カマプアア>との力比べに水を差されたことをまだ拗ねているようだが、クロガネはWKプロレスリングの社長なのだ。経営に関わる話を任せっぱなしにするわけにはいかない。


「では、配信は可能でしょうか?」


 今度はアカリが口を挟んだ。

 ピギーヘッドはその愛らしい見た目から一定の人気がある。

 これを配信に仕立てれば、コンテンツとしての価値はじゅうぶんに高いと考えたのだ。


 しかし、ここは特別なアイテムがなければ入れない隠れ里である。

 十中八九断られるだろうと覚悟しつつも、駄目で元々で尋ねてみたのだ。


「それはむしろ願ったりだぜ。半分はそれが目的みてーなもんだしな」

「やはりダメですよね……って、えっ!? いいんですか!?」


 ところが、<カマプアア>はあっさりとうなずいた。

 あまりに意外な反応に、アカリの目が丸くなった。

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