第53話 仙台駅前ダンジョン第10層(裏) アングル

「あの、それは配信をされたかったってことですか?」

「そう言ったつもりだが、ちげー意味に聞こえたか?」

「い、いえ」


 アカリは何かの間違いではないかと聞き返すが、<カマプアア>の返事は肯定だ。

 隠れ里に住むピギーヘッドたちが配信に出たい理由などあるのだろうか。


「なんだ、有名人にでもなりてえのか?」

「なりてえわけじゃねーが、それも目的の一部だ」

「んん? どういうこった?」


 冗談を言ったつもりが否定されず、今度はクロガネが首を傾げる。


「話すとややっこしいが……。そうだな、まずオレっちは眷属どもを強くしてやりてえ。これが一番の目的だ」

「どうして強くなりたい?」

「それはわかんだろ。眷属どもは弱すぎる。タチの悪りー配信者どものいい玩具だ」

「あー、野良猫みてえにいじめるやつがいるってことか?」


 クロガネにはピンと来ていなかったが、その予想はほとんど当たっていた。

 配信者の中には「モンスター虐待」と呼ばれる悪趣味なジャンルがあり、ピギーヘッドはしばしばそのターゲットにされているのだ。クロガネは知らないことだが、あの<金愚烈怒キングレッド>もピギーヘッドを虐殺する配信で視聴数を稼いでいた。


「なにそれ、ひどい! こんな可愛い子たちをいじめるなんて許せない!」

「こっ、こら! 頭を撫でるでないでござる! 顎の下をこしょばるなでござる! あっ、あっ……ぐぅぐぅ」

「あー、そういう扱いも本意じゃねーんだが……まあ、それはいいか」


 ソラに撫でくりまわされ、立ったまま眠りかけるオクに、<カマプアア>は呆れたように肩をすくめた。


「ちょっかいを出されねえようになりたいってわけか。そんなら配信者相手の商売でも始めたらいいんじゃねえのか?」


 クロガネの脳裏をよぎったのは、かつて自分を詐欺にかけようとしてきた<トビホタルイカ>や、ダンジョン11層の<ダンジョンストリート>の存在だ。

 彼らはモンスターだが、人間と共存している。ダンジョンに現れる敵としてではなく、商売人として振る舞えば解決するのではないかと考えたのだ。

 実際、道中ではいくつもの屋台を見たし、それを配信者向けに展開すればよいだけだろうとクロガネは思う。


「それができりゃ苦労しねー。クソ<運営>が眷属どもに寄越した役割ロールは、あくまでワンダリングモンスターだからな」

「ワンダリングモンスター?」

「そのまんまだよ。ダンジョンをうろつく敵役ってこった」

「敵役ねえ……」


 クロガネはぼりぼりと頭をかく。

 プロレスで言う悪役ヒールの役割を押し付けられているということだろうか。レスラーが正義役フェイスになるか悪役ヒールになるかは興行主が書く脚本アングルによって決まる。意に沿わぬ役柄を振られたことへの反発からトラブルが起きることも珍しくない。


「ねえねえ、それだとあたしたちがプロレスを教えてるところなんて配信していいの? アングルが壊れちゃうよ?」


 ソラが疑問を口にする。


「クソ<運営>の思惑なんざ、オレっちたちの知ったこっちゃねーよ。ダンジョン内じゃ<ジョブ>だの<レベル>だのの呪いに縛られるが、そこから外れりゃ従う義理なんてありゃしねー。だから、あんたらみてえなジョブなしに頼んでるってわけだ」


<カマプアア>はアカリに視線をやり、「ひとりジョブ持ちがいるが、カメラマンは中立ニュートラルだからな」と付け加える。


「いまいち飲み込めねえが……要するに、俺たち以外にゃ頼めねえってことか?」 

「ああ、そのとおりだ。金は持ってねえが、それ以外ならできる限りのことはさせてもらうつもりだぜ。な、頼む! このとおりだ!」


<カマプアア>は両手を合わせて拝んできた。

 クロガネとソラは顔を見合わせ、困ったように眉をひそめた。


「そこまで言われちゃ断わんのも寝覚めが悪りぃが……プロレスは、なあ」

「うん、ぶっちゃけちゃうと護身には向かないんだよね」


 プロレスとは、純粋な意味での格闘技とは性質が異なっている。

 普通の格闘技は、煎じ詰めれば己を守り、敵を打ち倒すことが目的だ。


 しかし、プロレスは強さを魅せる・・・ことに重きを置く。

 だから避けられる攻撃をあえて受けたりもするし、時には相手の技にかかりに行くことさえある。そうしてダイナミックな技を披露したり、超人的なタフネスを観衆にアピールするのだ。


 もちろん、そうやって練り上げた技と肉体が強力無比になることはクロガネとソラがさんざん証明している。だが、それは一朝一夕の鍛錬では到底たどり着けない領域だ。


「いや、それも都合がいいんだよ。いいか、このダンジョンを支配するルールはだな。▧▩┏▨^※讃‰∃ฃฬ▨縺▩◉▨电_▩ ちっ、聞こえねえか。あっ、めんどくせーのまで来やがったか」


<カマプアア>は何かを言いかけ、舌打ちする。

 苦々しげな視線の先には、宙に浮かぶ真っ黒な球体――カメラドローンがあった。


「『かくあらんと願う者はかくあらんとし、かくあれと願われた者はかくあらんとする』……これなら聞こえるか?」

「聞こえるが、何の話だ?」

「つまりだな、▧▩┏▨^※讃‰∃ฃฬ▨縺▩◉▨电_▩ ああっ、ちくしょう! これもダメかよ!」


<カマプアア>が突然黙ったり話し始めたりするので、クロガネは困惑した。

 何か喉の持病でも持っているのかもしれない。


「とにかくだ、ひとまずは眷属どもが強く見えりゃいいんだ。プロレスってのは、そういうのが得意なんだろ?」

「それは否定しねえよ。まあ、得意分野だな」


 ショー系の団体での話にはなるが、格闘家としてのキャリアがない芸能人や有名人をリングに上げることさえあるのがプロレスだ。クロガネの好みではないが、脚本アングル演出ギミックを駆使して虚像の強さを創り出すこともできる。


「あの、そういうことなら単に練習風景を配信するのではなく、こういうのはどうでしょうか?」


 アカリはタブレットを取り出し、説明しながら即興で資料を仕上げていった。

 プレゼンを受けたクロガネとソラ、そして<カマプアア>は大きくうなずく。


「へえ、なかなかやるじゃねえか」

「めっちゃ面白そう! やろやろ!」

「なるほど、これがプロレスってやつなんだな。おもしれーじゃねえか」

「本当ですか! ありがとうございます!」


 アカリは頭を下げつつ、見えないところで小さくガッツポーズをした。

 それは、774プロで培ってきたエンターテイナーとしての素養と、このところ猛勉強を続けてきたプロレスへの理解が融合した瞬間だった。

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