第90話 鹿折ダンジョン第4層~第5層 宝箱

 クロガネは3メートルほどの棒を握りしめ――


 ――木箱に向けて思い切り振り下ろした!


 棒はみすぼらしい木箱を見事に叩き割る。


* ペッパーボムの わなだ! *


 脳裏に謎のメッセージが表示されたかと思うと、同時に木箱が爆散する。

 茶色の霧が拡がり、クロガネの身体を包み込んだ。


「んがぁっ!?」


 猛烈な刺激が目と鼻に容赦なく突き刺さる。

 クロガネは巨体をくの字に曲げてもがき苦しみ――


「ぐああっ!? げほっ、うげっ、ぶえーくしょっ! ぶえーくしょっ!」


 馬鹿でかいくしゃみを繰り返した!


「ぺっ、ぺっ。なんだこりゃ……べくしょんっ!」


 クロガネは涙目でくしゃみを繰り返す。

 この刺激――というか、匂いと味にはおぼえがある。

 黒胡椒の粉末だ。


「いやー、見事に初見トラップに引っかかりましたね。まさか10フィート棒で叩くとは思いませんでしたが……。コメントも盛り上がっています。【ゴリラかよ】【ゴリラかよ】【ゴリラかよ】 はい、弾幕状態ですね。クロガネさん、ウケてますよ!」

「てめっ、し、知って……べくしょっ! 知っててやらせ……ぶえーくしょんっ!」

「最浅層の最初の宝箱は必ず<胡椒爆弾ペッパーボム>の罠が仕掛けられているんですよね。有名になりすぎて引っかかる人がいなくなっちゃったんですが、これほど見事に引っかかるとは、私も驚いています」

「ぢっ、ぢぐじょ……くしょんっ! べくしょんっ!」


 ひとしきり間を取ったところで、アカリが水筒を渡してやる。

 見た目は細い竹筒だが、10リットル以上の水を生み出すダンジョン由来品だ。

 クロガネはそれを頭から被り、何度もうがいを繰り返す。

 やっと落ち着いてから、「ソラ、そっちは大丈夫か?」と声をかける。


「あたしは大丈夫。このドッキリってめちゃ有名だから、あたしでも知ってたし」

「お前もグルか……」

「ごめんね。でも、絶対撮れ高なんだもん」


 ソラは爆発の前に十分に距離を取っていたようだ。

 クロガネはもう一度うがいをし、顔を洗って気持ちを切り替える。

 視聴者お客が喜んでいるのは間違いない。

 ならば、プロレスラーたる自分にとっても喜ばしいことに間違いないのだ。


「で、箱の中身は何だったんだ?」


 木箱の残骸に近づき、中身を確認する。

 そこには中華料理店などでよく見かけるテーブルコショーが一瓶転がっていた。


「これ、特別なコショーなのか?」

「バーコードも付いてるし、スーパーで売ってるやつと一緒だね」

「はい、最初の宝箱の中身は決まっていて、必ずテーブルコショーです」

「……」


 クロガネは思わずテーブルコショーを振り上げる。

 しかし、それから深呼吸をしてポケットに入れる。

 投げ捨ててしまいたい気分だったが、食べ物を粗末にするのはよくない。


「胡椒は切れかかってたからな、ちょうどよかったぜ」


 負け惜しみを呟いて、クロガネはのしのしと歩き始めた。



鹿折ししおりダンジョン 第5層


 4層はただの一本道だった。

 通路の突き当りにぽっかりと空いた穴には縄梯子が吊るされており、一行はそれを使って5層へ降りてきた。

 5層の通路はさっそく左右に分かれており、どちらも荒々しい岩肌に朽ちかけた木板の通路が広がっている。


「あ、何か落ちてるよ!」


 ソラが拾ったのはちょうど十円玉ほどの大きさの硬貨だった。

 アカリが展開している<拡散ディフュージング照明ライト>にかざしてみると、くすんだ金色に光っている。


「ひょっとして、金貨ってやつ!? あ、あっちにも落ちてる!」


 金貨らしきものは点々と落ちており、ソラはそれを拾いながら勝手に進んでいってしまう。

 無邪気にはしゃぐソラに苦笑いしつつ、クロガネはあとをついていく。


 そして金貨を辿った先には、またしても宝箱があった。

 今回は4層で見た木箱などではなく、金属製の丈夫そうなものだ。


「これこれ、宝箱って言ったらやっぱこういうのだよね! クロさん、棒貸して!」

「また罠があるかもしれねえぞ。気をつけろよ」

「だいじょーぶ、だいじょーぶ」


 ソラは10フィート棒を受け取ると、宝箱の周辺の地面を念入りに叩き始めた。

 何も起きないことを確認し、それから宝箱本体をコツコツと叩く。

 そうしてやっと、宝箱の前に屈んだ。


「へっへっへっ、お宝お宝……」


 いつかアニメで見た大泥棒を真似、両手の指をわきわきと動かす。

 動画映えを意識してのことでもあるが、半分以上はソラ自身が楽しんでいた。

 まずはそれっぽいことをして見ようと、宝箱に耳を当て、手の甲でコンコンとノックをしてみると――


 がばり、と唐突に宝箱の蓋が開いた。

 中からは無数の触手が伸び、ソラの身体に絡みつく。


「きゃぁぁぁあああ!? 何これっ!?」


 驚いたソラが触手を引き剥がそうともがく。

 しかし、触手は一向に剥がれない。

 だが、宝箱はズリズリとその位置を動かしている。

 重さは成人男性ひとり分ぐらいか。

 ソラはふっと短く息を吐き、全身で引っこ抜くように触手ごと宝箱を持ち上げ、勢いのまま後方へ一気にぶん投げる。


 鉄骨が落ちたような重い金属音。

 床の木板が脆くも砕け散る。

 強烈な反り投げスープレックスが決まり、絡みついた触手から力が抜け、ソラの身体から剥がれていった。


「うへー、気持ちわるっ! なんだったの、これ?」


 蝶貝が壊れた宝箱からは、タコに似た軟体動物がでろりとその身を晒していた。


「タコ……?」

「<タカラダコガイ>ですね。金貨をばら撒いて配信者をおびき寄せる擬態魔物ミミックの一種です。これも有名なので引っかかる人はなかなかいませんね」

「えっ、アカリさん知ってたの!?」

「コメントも好評ですね。【ダンジョン初心者からしか得られない栄養素がある】【この感じ、ひさびさに見るわ】【昔は定番のネタだったよね】 懐かしむ声が非常に多いようです。いやー、私も懐かしい気持ちになりましたよー」


 むくれるソラをあえて放置し、アカリはコメントいじりに終始する。

 地団駄を踏んで悔しがるソラを淡々と撮影し続けるアカリの姿を、クロガネは恐ろしいやら頼もしいやら複雑な心境で眺めていた。


「ちなみに、<タカラダコガイ>の作る金銀財宝は、いわゆる『愚者の黄金』――黄鉄鉱で出来ており、価値はほとんどありません。残念でしたね」

「むきー! 知ってるなら早く言ってよ! ああ、もう、次いこっ! 次っ!」


 こちらの通路はハズレだったようだ。

 ソラは贋金を放り捨て、もと来た道を戻る。


 クロガネはそれを追いかけつつ、そういえば子どもの頃に遊んだゲームのダンジョン探索はこんな具合だったな、とどこか懐かしい感情がわき起こりつつあった。

 さて、次はどんな仕掛けが待ち受けているのだろう。

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