第89話 鹿折ダンジョン 第3層

鹿折ししおりダンジョン 第3層


「仙台に比べるとずいぶん寂れてんなあ」

「あのウサギさんもこんなところで寂しくないのかな?」

「ウサギは寂しいと死ぬっていうしな」

「あ、それは都市伝説ですよ。昔のドラマのセリフで有名になって、それが本当みたいに広まっちゃったんだそうです」

「へえ、そりゃ知らなかったな」


 雑談交じりにやってきたのは第4層へ降る階段の前だ。

 仙台と同じく第3層までは安全地帯で、モンスターは出現しない。


 しかし、仙台駅前ダンジョンとは比べ物にならないほど狭い。

 2層には無人の土産物屋が一軒あるだけで、それもホテルのロビーの隅にあるような、土産物コーナーと呼んだ方がふさわしいような小ささだった。


 一応覗いてみたが、フカヒレや干し蟹などの乾物、魚の煮物のレトルトなどの日持ちする食料品はわざわざここで買わなくてもよいものだし、地名が彫られた木刀や龍が剣に巻き付いたキーホルダーなどももちろん要らない。


「で、3層にはこれがあるんだな」

「仙台にもあるし、ひょっとしてチェーン店?」


 階段の横に、木の棒が数本、無造作に突っ込まれたポリバケツがある。

 棒の長さは3メートルほどで、ポリバケツの横には1本千円と書かれた料金箱が据え付けられている。


「オールディなダンジョン探索の基本アイテムですね。仙台みたいに整備が進んだダンジョンだとほぼ不要なんですが……。ここはレトロ感がありますし、動画映えしそうですね。1本買っていきましょう」


 アカリが料金箱にスマートフォンをかざすと、しゃりんと効果音が鳴った。

 見た目は素人工作の木箱にしか見えないが、DP決済に対応しているらしい。


「それじゃ、4層に降りたら配信開始です。10フィート棒はコースケさんに持ってもらいましょうか」

「おう?」


 クロガネはわけもわからず棒を受け取り、促されるまま4層への階段を降った。



鹿折ししおりダンジョン 第4層


「こんにちは。WKプロレスリングチャンネルです。本日も突発配信となり申し訳ありません。今日は別件で宮城県気仙沼市にある鹿折ししおりダンジョンに来ていたのですが、急遽ダンジョンへ挑むことが決まりました。クロガネさん、これはどういう事情でしょうか?」


 4層入り口の直ぐそばで、アカリが配信を開始する。

 まずカメラを向けたのはクロガネだ。予定外の配信のためマスクなどはなく、Tシャツにダメージジーンズといういつものラフな格好である。


「あー、ここには銀行の口座を作りに来てな。仙台の神社でも作れるらしいんだが、そっちは出禁食らっちまっててなあ」

「<神社>の境内には支店がありますからね。あっ、さっそくコメントです。ありがとうございます。【出禁の件は笑った】【さすがに脳みそがちょっと可愛そうだった】だそうです。どちらもwがついてますね。あの件はスカイランナーさんが主犯と言えますが……そのあたり、ご本人はどう思われているんでしょうか?」


 アカリの手招きに従って、ソラが画面に入ってくる。

 ソラもTシャツにハーフパンツというラフな格好だ。それでも頭身が高く、足が長いので十分にサマになっている。


「うーん、どうって言われてもなあ。要らないものを正直に要らないって言っただけなんだけど。あ、今日の私はソラでいいよ。コスチュームないから」

「了解しました。ソラさんの登場でさっそく盛り上がってますね。【天然煽りキャラか】【ヒールの才能ある】【デスプリンセスはどうしてるの?】などなどコメントいただいてます」

「デスはどうしてるんだろうね? 魔界商店街に帰ってるんじゃない?」


 ソラのそらとぼけた反応に、コメント欄がまた盛り上がる。

 WKプロレスリングの方針として、正義役フェイスであるスカイランナーはソラと同一人物だが、デスプリンセス魔姫まきは素性の知れない敵という設定ギミックになっている。早々に視聴開始したファンも心得たもので、デスプリンセスの正体を推理するなどして一緒になって盛り上げてくれている。


 こんな風にファンと一体となってストーリーを作り上げるのがプロレスの醍醐味なのだとアカリも理解できてきた。少女たちの成長物語を共に作り上げるアイドル業界と根本は同じなのだ。


「話は戻りますが、口座を作るだけならダンジョンに潜る必要はなかったのでは?」

「あー、ここの店長さんから頼まれてな。セロリの木だか何だかを取ってくることになった」

「<生命セフィロトの樹の枝>、ですね」


 特別口座の件については伏せる。

 大会の賞金などならともかく、経営資金に関わる話は生臭すぎてエンターテイメントにはそぐわない。たまたま頼まれごとをして、予定外の探索をすることになった――という筋立てアングルを急遽書いたのだ。


「それにしても、ダンジョンって言うより洞窟って感じだよね、ここ」


 ソラの言葉に合わせ、アカリはカメラをゆっくりと動かして周囲の様子を撮る。

 そこに映るのは手掘りの荒々しい岩肌。

 天井には床には弱々しくゆらめく明かりを放つランタンがぶら下がっている。

 地面には朽ちかけた木の板が並び、石畳が整然と並ぶ仙台駅前ダンジョンの浅層とは大違いだ。


鹿折ししおりダンジョンはアクセスがあまりよくないそうですからね。しかし、このダンジョンの元となった鹿折金山は重さにして2キロ以上の金塊、明治37年のセントルイス万博に出品された通称『モンスターゴールド』が採掘された世界的な金山でもあります。ひょっとしたら、ものすごいお宝が眠っているかもしれませんよ!?」


 オープニングの挨拶を終え、一行はダンジョンの奥へと歩みを進める。

 退屈になりがちな移動中は、アカリが鹿折金山の歴史を語りながら間を埋める。

 右手でカメラを構え、左手では器用にスマートフォンを操っている。そこで鹿折金山について調べながら、配信に合うよう組み立て直しているのだ。

 即興でそんな芸当をこなすとは、自分たちには到底できない真似だとクロガネとソラは内心で舌を巻いていた。


「あ、宝箱発見!」


 通路の途中に、薄汚い木箱を見つけたソラがはしゃいで指をさす。


「宝箱なんてたいそうなものかあ?」


 と、クロガネは手にした棒で肩をぽんぽんと叩く。


「このチームに<盗賊>系のジョブはいませんからね。いよいよ、10フィート棒の出番ですよ!」


 そして、どこか楽しげにアカリが言う。


 クロガネは、そこでようやくこのやけに長い棒切れの使い途を理解した。

 子どもの頃に遊んだテレビゲームを思い出してみれば、宝箱に罠が仕掛けられていることがたびたびあったのだ。


 クロガネは3メートルほどの棒を握りしめ――

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