第7話 仙台駅前ダンジョン第10層 vs カマプアア

■仙台駅前ダンジョン第10層


 クロガネとソラが歩いていると、前方から足音が聞こえてきた。

 バタバタと慌てた様子で、どうやら全力で走っているらしい。

 何かのトラブルでパニックに陥っているのかもしれない。

 モンスターと間違えられて攻撃されてはたまらないと、二人は早めに声をかけることにした。


「こんにちはー」「ちわーす」

「だ、誰かいるのか!? たっ、助けてくれっ!」


 のんきな挨拶に対し、返ってきたのは悲痛な叫びだった。

 金色の鎧を着た男が、暗闇の中から姿を表した。

 クロガネは、その姿に見覚えがあった。


「ううん? 今朝の金ピカじゃねえか。何かあったのか?」

「俺様を助けろ! 金ならいくらでもくれてやる! うわぁっ!?」


 金鎧の男が突然宙に浮く。

 否、浮いたのではない。

 毛むくじゃらの手に胴を鷲掴みにされ、宙に持ち上げられたのだ。


「くそっ! 離せ! うがっ! だず、たずげっ……があっ」


 金色の鎧が、めりめりと音を立てて変形していく。

 男は手足をバタつかせて暴れているが、指が緩む気配はまるでない。


「よっこいせっ、と!」


 どうっ、と鈍い音が響いた。

 トラックが土嚢の山に突っ込んだような重低音。

 クロガネのハイキックが怪物の手の甲に炸裂していた。


 雷鳴を思わせる唸り声とともに、怪物の指が緩む。

 金鎧の男が、がしゃりと耳障りな音を立てて石畳に落ちる。


「ソラ、こいつ頼む」

「はいはーい」


 クロガネは後ろも見ずに、男の足を掴んで背後に放り投げた。

 ソラがそれを受け止め、地面に寝かせてやる。


「ひゅー、こいつは大物じゃねえか」

「2メートル半? もうちょっとある?」 

「あるな。超日時代にやった一番デカいやつがちょうど2メートル半だった。そいつよりもでけえ」


 クロガネは両手の指をバキバキと鳴らしながら、目の前のモンスターを見上げた。

 太く鋭い牙を持つ猪頭には、感情の読めない黒い瞳が八つ輝いている。

 先ほど蹴り飛ばされた左手が気になるのか、指を開いたり閉じたりしていた。

 指の一本一本が、ソラの腕よりも太い。


「不意打ちでカットしちまって悪かったな。だが、お前さんだってあんなの相手じゃ面白くねえだろ? 選手交代させてもらうぜ」

「クロさん、それ、言葉通じるの?」


 猪頭は、突き出た鼻からふしゅるふしゅると息を吐くばかりだ。

 とても話ができる相手には見えない。


「いいんだよ。こういうのは気分の問題だ」

「説得力に欠けるなあ」


 軽口をかわしながらも、ソラは男の鎧を脱がせてやっている。

 変形した鎧が身体を圧迫していたからだ。


 一方、クロガネはじりじりとすり足で間合いを測る。

 先ほどは奇襲で、しかも末端部分への攻撃だ。

 本来、リーチの勝る相手に有効な打撃を通すのは難しい。

 射程に入る前に迎撃されてしまうからだ。

 リーチの劣る側は、カウンターを狙ったり、打ち終わりに合わせて懐に飛び込んだりといった戦法で対応しなければならない。


 巨漢のクロガネにとって、普段なら相手に強いている戦法だ。

 自分よりもずっとリーチの長い相手と最後に試合・・をしたのは、じつに十年以上も昔のことだった。

 だが、クロガネの心に恐れも戸惑いもない。

 むしろ、長らく味わっていなかった真剣勝負シュートの気配に、アドレナリンが分泌されているのが自覚できるほどに高揚している。

 心臓が活発に動き、全身の血管が開く。

 呼吸が深くなり、脳に酸素が行き渡る。

 瞳孔が開き、視界が明瞭クリアになっていく。


 ――ごう


 仕掛けたのは怪物だった。

 右手の棍棒をクロガネの脳天目掛けて振り下ろす。

 

 ――滅棄メキィッ


 粉砕音。

 木材が爆ぜる乾いた音。

 クロガネは、棍棒の一撃を交差した両腕で受けていた。

 衝撃に耐えきれなかった棍棒が、真ん中から折れて砕け散る。


「これでさっきの一発はチャラだな」


 十字に組んだ腕の下で、クロガネの顔が愉しげに歪む。

 吊り上がった唇の端から白い歯列が覗いた。


 ――愚雄々々々雄雄雄ぐおぉぉぉおおお


 咆哮。

 猪頭が吠える。

 両腕をめちゃくちゃに振り回し、クロガネを滅多打ちにする。

 クロガネは両腕を上げて、猛攻を耐え凌ぐ。

 猛打の嵐を浴びながら、弓を引き絞るように右手を引いていく。


「どっせい!」


 右拳が放たれる。

 猪頭の腕を弾きながら、胸板の真ん中を射抜く。

 バリスタナックル――全盛期のクロガネの得意技だ。

 猪頭が後ろに吹っ飛び、1回、2回と石畳を転がる。


「なんだぁ? 思ったより堪え性がねえな」


 クロガネが腰に手を当ててパキパキと首を鳴らす。

 全身が打撲痕と擦過傷だらけで、鼻血も垂れている。

 しかし、表情は余裕そのもの。

 笑みすら浮かべている。

 倒れた猪頭に向かってゆっくりと歩を進める。


 猪頭が飛び起きて、後ろに跳んで距離を取る。

 四つん這いになり、後ろ足の蹄で地面をこする。


「おっと、技を見せてくれんのかい? 受けて立つぜ」


 クロガネが腰を落とす。

 どっしりとしたその構えは、分厚い城門を彷彿とさせた。

 四つん這いの猪頭が、弾かれたように突っ込む。

 下顎の牙を前に押し出したその突撃は、さながら破城槌。


 ――弩吽ドウンッッ


 生きた破城鎚が、轟音と共に城門に突き刺さる。

 クロガネは牙を摑んで受ける。

 ずるずると押し込まれる。

 しかし、倒れない。

 勢いが弱まる。

 停止する。

 クロガネが、不敵に笑う。


「なかなかのぶちかましだったぜ。元力士のレスラーはそこそこいたが、ここまでのやつはそうはいなかった」


 止められた猪頭が、四肢をめちゃくちゃに動かして振りほどこうとする。

 だがクロガネは微動だにしない。

 まるで大地の深くまで根を下ろした巨木。

 そんなイメージが、猪頭の脳裏に浮かぶ。


 巨木が揺らいだ。

 否、自らうねっている。

 強大な力の奔流に、猪頭の巨体が成すすべもなく翻弄される。


 ――愚蒙惡々々々惡惡惡グモオォォォオオオ


 猪頭の苦鳴。

 クロガネは牙を摑んだまま背を反り、猪頭を逆さまに持ち上げた。


「歯ァ食いしばれよ」


 猪頭が脳天から急降下する。

 石畳を砕き、地面に突き刺さる。

 頭蓋が、肉が、脳が、潰れる音がして、猪頭の意識は暗闇に閉ざされた。


 跳ね橋落としダウンブリッジダウン――クロガネの必殺技フィニッシュホールドが見事に炸裂したのだった。

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