第38話 仙台駅前ダンジョン第10~11層 仔豚頭(ピギーヘッド)
■仙台駅前ダンジョン第10層手前 <連絡階段>
「ねえ、この次って10層だよね?」
「ああ、そうだな」
「ってことは、アレが相手になるんだよね」
「……ああ、そうだな」
「ううー、気が重いなあ」
10層へ通じる階段を駆け下りながら、ソラとクロガネは短く言葉をかわす。
二人が苦い顔をしているのは、10層に生息するモンスターを思い浮かべたせいだ。
なんとも言えない愛嬌があり、餌付けを試みたり、持ち帰ってペットにしようという配信者は後を絶たない。いずれも禁止事項とされており、バレたら罰金なのだが。
これまで容赦なくモンスターを屠って進んできた二人でも、このピギーヘッドを虐殺しながら突き進む……というのはさすがに気が引けた。
もっとも、アカリの身の安全とは天秤にかけるまでもない。
必要とあらば、冷酷な決断を下すだけの決意は当然ある。
「ま、いままでみてえに凶暴化してねえことを願おうぜ」
「神様仏様、お願いします! マジで!」
しかし、その願いはあっさりと覆された。
――PiGyyyyYYYY……PiGyyyyYYYY……
10層に降りて早々、辺り一面から豚の鳴き声が聞こえてくる。
闇の中には、赤い点がいくつも輝いていた。
ソラがLEDランタンを掲げると、その姿が明らかになる。
血走った赤い瞳、牙を剥き出しにするよだれまみれの口元。
狂犬病に冒された犬のような顔が、頼りない灯りに映し出されていた。
「願いは叶わなかったみてえだな」
「もう神様は信じないことにする」
「そいつは名案だ」
二人は臨戦態勢を取る。
ソラはコンパクトに腕を畳んだ、機動力重視のアップライト。
対照的に、クロガネはスタンスを広く取ったパワー重視のレスリングスタイル。
二人とも得意のスタイルだが、クロガネについては両腕に<
ピギーヘッドの包囲の輪が徐々に狭まる。
それに応じるように、二人はじりじりと前に出る。
クロガネの手首に巻き付けられた、牙の首飾りがじゃらりと鳴った。
――Pi……Pigy?
ピギーヘッドたちの動きが止まる。
鳴き声が止み、血走った目が普段の色に戻っていく。
薄汚く垂れたよだれを、手の甲で慌てて拭いはじめる。
「む、様子が変わったか?」
クロガネが一歩前に出る。
ピギーヘッドの包囲が一歩下がる。
クロガネがさらに一歩前に出る。
ピギーヘッドの包囲が三歩下がる。
「やんのかコラッ!! オラッ!!」
「ぴぎぃぃぃいいい!?」
クロガネが大声で威嚇すると、ピギーヘッドたちは飛び上がって逃げていく。
一触即発の状況があっさり解決し、クロガネは拍子抜けしてしまった。
「何だったんだ、いまのは?」
「んー、仏様の方に願いが通じた?」
「徳の高い話だな」
わけのわからない状況だったが、ピギーヘッドたちと戦わずに済んだのは、非常にありがたい。体力的な意味はもちろん、それ以上に精神的な意味で、だ。
疑問は残るが、深追いをする理由も余裕もない。
いまの出来事はひとまず忘れ、道中で遭遇したピギーヘッドも無視して11層へ向かった。
■仙台駅前ダンジョン第11層 <ダンジョンマーケット>
どういうわけか、11層には迷宮震の影響が見られなかった。
床や壁に損傷はなく、天井の照明も煌々と輝いている。
インフラが無事なのかとスマートフォンを確認するが、相変わらず圏外だ。
クロガネたちは知らないことだが、このフロアのインフラは地上とは異なる仕組みになっている。そのため、地上が停電しようがどうなろうがここでは関係がないのだった。
ともあれ、凶暴化したモンスターが現れないのはありがたい。
アカリもこのフロアで待機しているのであれば、安全は確保できているだろう。
頼むからここにいてくれと、二人は心の中で祈った。
「まずはあの質屋から覗くか」
「どちらかって言うとリサイクルショップなんじゃないの?」
ドラッグストアや軽食店を通り過ぎ、<ダンジョンマーケット>に向かう。
念のため店先から中を覗いていくが、アカリらしき人影はない。
<ダンジョンマーケット>のカウンターに着くと、単眼象頭の店員が用途不明の小物を布で磨いているところだった。
「ちょっと聞いてもいいか?」
「どもども、いらっしゃいませー! お買い上げですか? 買い取りですか? それとも鑑定ですか?」
クロガネが声をかけると、象頭は眼鏡を外して胸ポケットにしまった。
単眼なのに、
どんな見え方をするのか、一瞬気になってしまうがいまはそれどころではない。
「人探しだ。眼鏡をかけて、こんなカメラをぶら下げた、これくらいの女が鑑定に来なかったか?」
クロガネは身振り手振りを交えてアカリの風貌を説明する。
「お客さーん、うちは探偵業じゃないんですよねー。ちゃんとしたお客さんが相手なら、そういう雑談に付き合わないでもないですけどねー」
だが、象頭は質問に答えない。
要するに、何か聞きたいなら店として利用してからにしろ、ということだ。
この緊急時に何をと言いたくなるのが、ぐっと飲み込む。
モンスターだか何だかわからない存在に、人道を説いてもはじまらないだろう。
仕方なく、クロガネは手頃な値段のアイテムを物色する。
すぐ目の前にあるもので済ませたかったが、防犯の関係なのかカウンター周辺の商品はどれも数十万以上で持ち合わせが足りなかった。
「あー、そういえば、眼鏡のお姉さんがそれを買っていった気がしますねー。気だけですけどー」
店員が示したのは、一見して何の変哲もない布切れだった。
値札を見ると1万DP。日本円ならもう少し高くなるだろう。
足元を見やがってと内心で舌打ちしつつ、クロガネは1枚つまみ上げる。
「待って、クロさん。これ見て」
「ん、どうした?」
そのクロガネを、ソラが引き止める。
人差し指で、布切れの値札に添えられた名刺サイズのPOPをさしている。
そこには、この
「おっと、こいつは願ってもねえな」
「でしょ? 買えるだけ買ってこ!」
クロガネは布切れをまとめて掴み、カウンターへ舞い戻った。
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