第129話 仙台市郊外 WKプロレスリング道場

■宮城県仙台市郊外 WKプロレスリング道場


「クロちゃん! ああ、いてくれてよかった。あたしゃもう心細くって心細くって……」

「おお、笹木のおばちゃんじゃねえか。どうしたんだ?」


 特別迷宮警報から約1時間後、クロガネたちは地上に戻っていた。

 建築中の道場が心配だったからだ。

 幸い建物に問題はなかったものの、どういうわけか道場の敷地には近隣の住民たちが集まっていた。クロガネを見つけるなり駆け寄ってきたのは、最古参のジム会員である笹木という老人だった。


「どうしたもこうしたも、あの警報だろう? 街の方はモンスターが現れてるとかで、こっちでも見かけたって人がいて、ほら、この前だってあのでっかい……そう、ドラゴンってのが出たろう? だからもう生きた心地がしなくって」

「なるほど、それでうちに避難してきたってわけか」


 笹木の早口でクロガネは事情を察する。

 改めて集まっている住民たちを見れば、顔ぶれは老人ばかりだ。みな笹木と同じ理由で集まったようだ。


「ごめんねえ、急に押しかけて」

「いいってことよ。それよりうちがこんなんですまねえな。まだ柱しか立ってねえや」


 道場の再建が済んでいれば、家に上げて休ませてやるところだが、残念ながら工事は始まったばかりでそういうわけにもいかない。

 どうしたものかとクロガネがぼりぼり頭をかいていると、オクがトコトコとやってきた。


「それなら<アイナルアラロ>に来るでござるか?」

「おお、それは助かるが……いいのか?」


 クロガネは手首に巻いた牙の首飾りを見る。

 気軽に行き来しているが、<アイナルアラロ>はこのレアアイテムが通行証となっている。クロガネたちが行くまでは誰にも知られていなかった隠れ里なのだ。オクと交流の出来たツナはともかく、初対面の人間たちを何人も連れて行ってよいものなのか。


「何を今更でござるよ。困ったときはお互い様というやつでござる」

「あんれえ、めんこい豚っこだねえ」

「それがしは豚ではないでござるよ!?」


 胸を張るオクの頭を、笹木が目を細めて撫でる。

 オクたちピギーヘッドの見た目は子豚のキャラクターのようでかわいらしいのだ。オクが望んだわけではないが、笹木の不安を和らげるのに役立っていた。


「じゃあ悪りぃが、頼りにさせてもらうぜ。おばちゃんもそれで大丈夫か? 階段をかなりくだるんだが」

「気を使わせてすまないねえ。足腰はおかげさまで元気だよ」


 笹木は膝をぽんぽんと叩いてみせる。

 ジムで様子を見ているからクロガネもわかっていたが、<アイナルアラロ>までの行き来で膝を痛めたりすることはなさそうだ。


「ところでその……アイなんとかってところは、携帯はつながるのかい?」

「おう、普通につながるぜ。何か心配事でもあるのか?」


 先ほどから、笹木はちらちらとスマートフォンを気にしていた。


「タイチちゃんと連絡がつかなくってねえ……。街の方に住んでるから、心配で……」

「何、ササと?」


 タイチとは、マスクド・ササカマの本名だ。

 クロガネとは別の団体の代表をつとめる若手で、クロガネとは何年も前から付き合いがある。

 笹木という老人は、マスクド・ササカマの祖母なのだ。


 クロガネはスマートフォンを取り出し、すぐさま電話をかける。

 しかし、呼び出し音すら鳴らない。聞こえてくるのは『ただいまおかけになった電話は混み合ってかかりにくくなっています。しばらくたってからおかけ直しいただくか、災害用伝言ダイヤルを――』という機械音声のアナウンスだけだ。


「クロさん、ちょっといい?」

「ん、なんだ?」


 ソラがクロガネの肩をつついた。

 ソラは自分のスマートフォンの画面を見せながら、クロガネに小声で伝える。


「ササさんちって、浦波町の方だよね? なんか、大変なことになってるみたい」


 画面にはSNSに投稿された写真や動画がいくつも写っていた。

 およそ生き物とは信じがたい、幼児が粘土をこね回して作ったようなおぞましい何かがひしめいている。投稿には『怖い』『助けて』『どうしたらいいの?』といったコメントがついたものばかりだ。


 画面がスワイプされるたび、別の人間の投稿が次々と表示されていく。

 その中のひとつに、クロガネの目が止まった。


「待った。いまの写真、もう一度見れるか?」

「うん? ちょっと待って」


 ソラは画面をスワイプさせていた指を、逆に動かす。

 写真のひとつで指を止め、タップして拡大表示した。

 写真の端でピントもボケているが、そこには異形の群れに立ち向かう男たちの姿が写っていた。


「ササんとこの連中じゃねえか」

「この真ん中の人って、多分ササさんだよね?」


 どうやらササカマは、自団体の選手を率いて異形と戦っているらしかった。


「オク、おばちゃんたちを頼めるか?」

「任せるでござるよ! って、師匠は来ないのでござるか?」


 不思議そうな顔をするオクに、クロガネが答える。


「ちょいと場外乱闘の予定ができちまってな」

「あたしも行ってくるから、オクちゃん、みんなをよろしく!」


 笹木と避難してきた老人たちをオクに任せ、クロガネとソラは軽トラックに乗り込む。


「緊急報道配信ですね。現地の様子をしっかり共有しましょう」


 そのあとに、カメラを提げたアカリが荷台に乗り込む。


「民草に被害が出ているのか? 及ばずながら、拙者も助太刀致そう」


 さらに、刀を差したツナが荷台に飛び乗った。


「あー、ぼちぼちワゴン車でも買った方がいいかもなあ」

「アカリさん、荷台は危ないからあたし代わるよー」


 こうして、クロガネたち4人を載せた軽トラックは、ササカマたちが戦う浦波町へと発進した。

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