第94話 鹿折ダンジョン 第7層~第8層 モンスターハウス

鹿折ししおりダンジョン 第7層


「ぬぉぉぉおおお!?」

「きゃぁぁあああ!?」


 クロガネとソラは足元に突然出来た穴に落下した。

 すべり台のような急なスロープになっており、延々と滑り落ちていく。

 斜面はツルツルとして指をかけられる場所もなく、抵抗のしようもない。


 二人を追いかけるように滑っていくのは、カメラを構えたアカリだ。

 配信は【アホすwww】【どうやったら間違えられるんだよwww】【ソラちゃんもゴリラだったかー】といったコメントで大盛り上がりだが、さすがにそれを伝えられる余裕はなかった。

 ただ、うなぎ登りに増えていく同時接続者数ににやりと笑みを浮かべるのみである。


「ふがっ!?」

「うわっ!?」


 長い長い滑落は不意に終りを迎える。

 空中に投げ出され、何か柔らかいものの上にぼすっと落ちた。

 バレーボールくらいの大きさの、柔らかい球体が無数に敷き詰められていたのだ。

 色は様々で、赤、青、黄、緑……など、ダンジョンの一室をカラフルに彩っている。


「あー、びっくりした。クッションがあって助かったね」

「ああ、助かったな。しかし、なんだこの丸っこいのは?」


 クロガネは球体をひとつ拾い上げ、まじまじと観察する。

 それは半透明の水色をしており、中では小さい粒のようなものが揺れ動いていた。


 不思議に思って眺めていると、ぐにゃりと変形してクロガネの手から逃れる。

 そして地面にバウンドするとクロガネの顔面にぼすっと激突した。


「んん? なんだこりゃ?」


 クロガネが首を傾げると同時に、また脳裏にメッセージが表示された。


* モンスターハウス だ! *


 ぼすん、ぼすん、ぼすんと四方八方から謎の球体がぶつかってくる。

 大きい水風船をぶつけられているようなもので、痛くも痒くもないのだが、うっとうしいことには違いない。


「あはは! 何これ! ちょっと楽しいかも!」


 楽しげに笑っているのはソラだ。

 飛んでくる球体を器用にかわす姿は踊っているようにも見える。

 時々パンチやキックで球体を弾き返しているが、球体にもダメージはない。

 戦いというよりも、もはやエクササイズの雰囲気である


「これもモンスターなのかあ?」


 クロガネはぼすぼすとぶつかられながら頭を掻く。

 数が多すぎて、クロガネの巨体ではかわすことなどとてもできないのだ。

 最初から諦めて、当たるがままにしている。


「お、コメント欄で教えてくださる方がいますね。ありがとうございます。【これはリビングバルーン】【うちの子どもが大好きだわ】【デパートの屋上にこういうのあったよね】だそうです」

「それを聞いてどうすりゃいいんだよ……」

「ちょっと遊んでいきます?」

「需要ねえだろ……」


 筋肉ダルマのおっさんが風船と戯れる姿に需要がないことぐらいはクロガネにもわかった。


「ソラさんはどうしますかー?」

「うーん、楽しいけど、次行こ、次」


 コメント欄には惜しむ声が並んだが、それはいちいち紹介しない。

 WKプロレスリングチャンネルが目指すのはアイドル的な人気ではないのだ。

 自然にやる分にはオフショット的なサービスになるが、過度に要望に応えるのは媚になる。そのあたりの塩梅をアカリはよく心得ていた。774プロにおいてアイドル売りを徹底しただけに、逆説的にアイドル的ではない売り方もまた熟知したのである。


 クロガネたちは<リビングバルーン>の群れをかき分け、部屋の隅に下層に降りる縄梯子を発見した。こうして一行は、第8層へと足を踏み入れていく。



鹿折ししおりダンジョン 第8層


「トカゲだな」

「トカゲだね」

「トカゲが立ってるな」

「リザードマンってやつかな?」

「だが足が多いな」

「いちにいさん……8本あるね」


 8層に降りたクロガネたちの前には、直立歩行する大きなトカゲがいた。

 頭の高さはクロガネと同じくらいだが、尻尾が長く、それも含めれば体長は4メートル近いだろう。そういうモンスターが、短い後ろ足2本だけでとてとてと広間を駆け回っていた。


「これで襟がありゃエリマキトカゲだな」

「なにそれ?」

「昔流行ったんだよ。水の上を走れるんだ」

「なにそれ、すごい」


 実際に水上を走る習性を持つのはグリーンバジリスクというトカゲの一種で、クロガネの記憶違いだ。しかし、それはともかく目の前で駆けるオオトカゲはとても水上を走れるようには見えない。

 尻尾も地面につけず、幼児のようによたよたとバランス悪く走っている。時折壁にぶつかって転びそうになっているのだが、なんとかこらえてはまた走り出すという行動を繰り返していた。


「またコメントが入りましたね。【アサヨツヒルフタツユウミツバジリスクモドキだね。レアだよ】とのことです。レアモンスターだそうですが、戦いますか?」

「いや、襲ってきてるわけでもねえしな……」


 このモンスターはトカゲと言うよりも、どちらかといえばワニに似ているのだが、瞳が大きく妙な可愛らしさがある。ワニをモデルとしたゆるキャラと言われた方が納得できてしまう。

 襲われたのならともかく、自分から殴りかかるのはいくらなんでも気が引けた。


「ま、害はなさそうだしほっときゃいいんじゃねえか?」


 そう言って、クロガネはのしのしと歩みを進める。

 広場の奥に通路が見えたのだ。

 他に道は見当たらないし、迷うこともない。

 すると、後ろからとてとてとトカゲが追いかけてくる。


「なんだあ? ひょっとして、またここは通さん、みたいなやつか?」


 クロガネはうんざりしながら振り返る。

 少し驚かせば逃げるだろうと大声で威嚇したり、手を叩いて見せたりするが、トカゲはひるむことなくクロガネの周りをとてとてと走り出した。


「これ、ぶっ飛ばした方がいいのか?」

「ダメだよ、クロさん。かわいそうじゃん」


 もともと気乗りしないところに、ソラにまで止められてクロガネはぼりぼりと頭を掻いた。腕力で片付かない状況はとにかく苦手なのである。


「ま、無視して進めゃいいか」


 と、クロガネが再び振り返った瞬間だった。

 トカゲの動きが突然なめらかになり、前足のひとつでクロガネを引っ掻いたのだ。


「痛ってぇ!? なにすんだコラッ!」


 反撃の裏拳を、トカゲがゆるりとした動きでかわす。

 激高したクロガネがそれを二撃、三撃と拳を振るうが、どういうわけかまるで当たらない。さながら太極拳の達人のような動きで攻撃を避け続け、やがて壁を這って天井の暗がりへと消えていった。


「はぁ……はぁ……何だったんだありゃ……」

「詳しいコメントをいただいてますね。【アサヨツヒルフタツユウミツバジリスクモドキは、朝は4本足、昼は2本足、夕方になると3本足で戦う。昼は雑魚だけど、朝と夕は戦力が跳ね上がる珍しい生態やね。16時を回ったから強くなったんでしょ】 なるほど、ありがとうございます。そんなモンスターがいるんですね」

「えっ、そんな生き物ホントにいるの!? さっきの正解ってそれじゃん!」


 コメントを聞いたソラが目を丸くする。


「引っかけじゃなく、マジで答えがあったのか……」


 クロガネは、これはますますあのスフィンクスには必ず詫びを入れなければならないと決意を新たにするのだった。

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