第93話 鹿折ダンジョン 第6層 謎掛け③

 ごほん、とスフィンクスは咳払いをし、背筋を伸ばした。

 深呼吸をして息を整え、精一杯威厳のある声を出す。


「ほう、人間・・如きに答えがわかったというのか」

「あ、そのノリ続けるんだ」


 せっかく取り繕ったのに、いきなり腰を折られて涙目になる。

 クロガネが小声で「おい、そういうのはやめてやれ」で言っているのが筒抜けなのも心に刺さってくる。


「ごめん、いまのナシ! 最初からやり直しで」

「……ほう、人間・・如きに答えがわかったというのか」

「へへーん、人間様を舐めてもらっちゃ困るよ!」


 物心がついたときからプロレスに染まっているソラだけに、このあたりの切り替えはとんでもなく早い。いかにも世間知らずな少女が生意気に振る舞っているように見せる。

 こっちはこっちでクロガネとは別の方向で怖い、とスフィンクスは戦慄した。


「ならば答えてもらおうか、人間・・よ。これで正答にたどり着けなければ、貴様らには罰を与える」


 これだけヒントをやっているのだから、頼むから正解してくれ……とスフィンクスは念じる。

 小学生でもわかる問題なのだ。それが解けないほど脳みそまで筋肉が侵食しているとは信じたくない。


 罰はスフィンクスの意志とは関係なく発動する。

 仕返しが怖いからナシ……というわけにはいかないのだ。

 自分の運命は完全に眼前の少女に委ねられた。

 スフィンクスは脂汗を垂らしながら考える。


 祈るような気持ちで、ソラの回答を待つ。

 しかし、ソラは口をつぐんだまま一言も発さない。

 生きた心地がしないまま、時間だけが過ぎていく。

 実際にはほんの数十秒なのだが、焼けた鉄板の上に正座しているかのように時間が進まない。


* のこり 60秒 です *


 無常にも、脳裏に<運営>のシステムメッセージが鳴り響く。

 ソラの沈黙が遅延行為であると判定されたのだ。

 この少女は「いざとなれば絞め落とす」と豪語していた。

 このまま不正解となったら、勢い余って首をねじ切られても不思議はない。

 仙台駅前ダンジョンの<神社>で軽く屠っていた<ヘカトンケイル>だって、自分に比べたら何枚も格上なのだ。


* のこり 10秒 です *


 死へのカウントダウンがはじまった。

 頼む。答えは1秒で十分言えるような短い単語だ。

 ちゃんと答えてくれ……!


* のこり 5秒 です 4,3,2... *


 だが、ソラは微動だにしない。

 自信たっぷりな表情で、腕を組んで立っている。


(何考えてんの!? この娘ぉぉぉおおお!?)


 スフィンクスの胸中で魂の叫びが轟く。


* Time Over *


「なんでそこだけ英語なんだよ、クソ<運営>っ!!」


 スフィンクスは思わず声を出してしまった。

 しかし、ソラは余裕たっぷりの微笑を浮かべたままである。

 白紙回答をしておいて、いったい何を考えているんだと頭をかきむしりたくなる。


 システムメッセージはこの場の全員に強制的に伝わっているはずだ。

 それは視覚情報でも聴覚情報でもない純粋な感覚共有。

 目隠しをしようと、<音波相殺サイレント>の魔法を使おうと、絶対に伝わるものなのだ。


「あの、答え、言ってないんですけど……」


 スフィンクスが確認するが、その声に力はない。

 もうどうにでもなれというやるせなささえ感じられた。

 それに対し、ソラは胸を張って応じる。


「正解は『沈黙』。そういうイジワル問題なんでしょ、これ」

「は?」


 思考が追いつかない。

 この少女は一体何を言っているんだろう。


「あの、一応、どういう理由か答えてもらえます? ええ、その、そういうの、大事なんで……」


 自動トラップは発動していない。

<運営>も、これが不正解なのか判断しかねているということだろう。

 まだチャンスはある。

 自分はこの化け物どもと対立なんてしたくない。

 だから自分の権限でできる範囲で一番簡単な問題を選び、さんざんヒントを与えて、絶対に間違わないよう誘導したのだ。


 用意した正解はスルーされてしまったが、まだチャンスは残っている。

 解釈さえ通れば問題ないのだ。ダンジョンの謎掛けリドルとはそういう性質のものなのである。


「ふーん、わざわざ説明がいるかな? すごく簡単なことなんだけど」


 少女はゆっくりと歩き回る。

 コツコツと足音を立てて。

 隙を突いて私の首をねじ切るつもりなんだろうか?

 思わずぶるりと震えてしまう。


「説明の前に、ひとつ確認しておきたいんだけど――」


 少女が気取った雰囲気でセリフを切る。

 人差し指を立てて、眉間に当てている。


 あ、違う。これは隙を探してる感じじゃない。

 推理ドラマで謎解きに入った探偵役を真似ているだけだ。

 スフィンクスの絶望が深くなる。


「え、えっと、なんでしょう?」


 絶望に沈みそうになりながらも、一縷の望みを託して尋ねる。

 99.9%期待してはならないと思いつつ、それでも尋ねる。

 ひょっとしたら残る0.1%で核心的な質問が来るのかもしれない。


「あなたの質問は、こうだったよね?『その生き物は、朝は4本の足で立ち、昼は2本の足で駆け、夕暮れには3本の足で緩やかに去る。この生き物とは何だ?』これで間違いない?」

「は、はい!」


 一言一句、間違いない。

 これなら期待できるかもしれない。

 スフィンクスの表情が、ぱっと明るくなる。


「でもね、こんな生き物は存在しないの。それがこのトリックに仕掛けられた落とし穴――」

「は?」


 願いも虚しく、明後日の方向に推理が飛んでいく。

 スフィンクスの形の良い唇が、ぽかんと丸くなる。


「つまり、この謎掛けリドルの答えは解無し! 従って、『沈黙』こそが答えなのよ!」

「はあっ!?」


 違う違う違う違う。そうじゃない。

 ダンジョンをひっくり返せば奇妙奇天烈な生き物なんていくらでもいる。

 例えば<アサヨツヒルフタツユウミツバジリスクモドキ>などはそのまんまこんな生態なのだ。しかし、この謎掛けリドルはそういう知識を問いたいものではない。


* 不正解 シュートの わなだ! *


「えっ!? なんで!?」

「うおおっ!? 足元が!?」

「聞きたいのはこっちよ!!」


 スフィンクスの台座を残し、広間の床が一瞬で消える。

 クロガネたち三人は、そこにできた真っ暗な穴に落ちていった。


「どう考えたって答えは『人間』でしょうがーっ!!」


 スフィンクスの虚しい響きが、ぽっかりと開いた大穴に虚しく響くのだった。

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