第112話 比良坂レジャーランド跡ダンジョン 観覧車

 夕焼け空に描き出された巨大な円。

 鉄骨で構成された骨組みは蜘蛛の巣を連想させる。

 外周には窓の付いたゴンドラが均等に十二個吊り下がっていた。

 赤錆まみれのそれらには、赤、青、水色といった塗料の名残が残るものもあるが、くすんだ灰色になって元の色がわからないものがほとんどだった。


「この観覧車にゃ、さすがに乗れそうにねえなあ」


 見上げてつぶやくのはクロガネだ。

 ちょうど入場口のところにゴンドラがひとつ来ているので、正確に言えば乗ること自体は可能だ。

 しかし、乗ったところで動かない観覧車に意味はないだろう。


「これがくるくる回って、高いところがから景色が楽しめる、という仕掛けでござるか?」


 クロガネの隣では、オクが物珍しげにしている。

 ダンジョンはもちろん、<アイナルアラロ>にも遊園地などない。先ほどのメリーゴーランドといい、人骨を飾った史料館といい、人間とは変わったことをする生き物だと感心している。


「ところで、あそこに乗っている人間がいるようでござるが?」

「ん、どこにいるんだ?」

「ほら、てっぺんのあそこでござるよ」

「うーん、見えねえなあ……」


 ダンジョンに棲まうものの共通の特性として、オクは夜目がきく。

 クロガネには見えずとも、オクの目にははっきりと見えていた。


 四人乗りの狭いゴンドラに、十を超える人影ががみっちりと詰まっている。

 人影はうぞうぞと手を動かし、ゴンドラの中でもがいている。

 それはまるで、虫かごに捕らえられた無数の虫のようでもあった。


「外に出たいようでござるよ?」


 その光景を、オクはそう解釈する。

 びちびちと人間離れした動きをする人影たちを見て、魚籠びきに詰まった釣られた魚を連想したのだ。


「イタズラでのぼったやつが降りられなくなったのか? しゃーねえなあ」

「あたしが見て来よっか?」


 メリーゴーランドの件で吹っ切れたソラが提案する。

 幽霊だったらどうしよう……などとはもはや考えない。

 それに、幽霊にもプロレス技が通用することも学習していた。


「いや、さすがに危ねえだろ。それに誰かいたとして、下ろしてくるのは流石に無理だろ?」


 そんなソラをクロガネが止め、下段に止まったゴンドラに手をかける。

 熊よりも太い腕がゴンドラにかかると、ぎしぎしと耳障りな音を立てて揺れた。


「なるほど、これじゃ骨組みまで力が伝わらねえか」


 ぶつぶつと呟きながら、角度を変えながらゴンドラを押す。

 高下駄の歯が、コンクリートの土台を踏んで硬い音を立てている。


「角度は……こんぐらいか。そんで足を踏ん張って……」


 慎重に足元を整える。

 ゆっくりと深呼吸を繰り返す。

 クロガネの全身からぽたぽたと汗が落ちる。

 背筋を伸ばし、両肘を内側に絞り、膝を軽く曲げる。

 その姿は、つい先日の激闘を彷彿とさせるものだった。


「猪之崎さんの手四つ……!」


 ソラは思わず両手を握りしめる。

 いまのクロガネの構えは猪之崎のそれとそっくりだった。

 バランスの悪い高下駄を履いているのも、「骨で支える」という猪之崎の言葉をクロガネなりに解釈し、実践するための工夫なのだろう。


「これでギリッとだな。それから……ギュッだ!!」


 クロガネの身体が伸びる。

 たわめたバネ板が力を解放するように。

 ゴンドラが押し出され、鉄骨が悲鳴を上げる。

 巨大な観覧車が、勢いよく回転を始める。


「やべ、強すぎたか?」


 一周、二周、三周。

 観覧車が風を切って回る。

 遠心力でゴンドラが外向きになっている。


 四周、五周、六周。

 ゴンドラの人影が暴れている。

 子どもが無邪気に振り回す虫かごに閉じ込められた虫けらのように。


 七周、八周、九周と半。

 ぎりぎちと軋みながら観覧車が静止する。

 人影の閉じ込められていたゴンドラが、地上に到着する、


「これに誰か乗ってたんだよな?」

「うーん、そう見えたのでござるが……」


 ゴンドラの中を覗き込み、オクが首を傾げる。

 中にあるのは、雨水が溜まって腐りでもしたのか、真っ黒な汚水が溜まっているだけだったのだ。死にかけの魚のように波打ってはいるが、あれだけ激しく揺れた後なのだからそれも当然に思える。


「見間違いだったんじゃねえのか?」

「むしろ誰も乗ってなくてよかったんじゃない?」


 あれだけひどく振り回されて、生きた人間が乗っていたら悲惨だ。

 この汚水のようにぐちゃぐちゃになっていてもおかしくない。


「たしかに人が乗ってたんでござるがなあ……」

「さて、これで第四チェックポイント通過です。次でラストですよ!」

「えっ、そのチェックポイントってやつ、一体何なの?」


 オクの腑に落ちない顔と、ソラの疑問に気が付かないふりをし、アカリは最後の目的地へ向かわせようとする。

 もともと、観覧車の人影にオクが気がついたのは想定外だったのだ。


 アカリが持つカメラは小型ながら高性能で、観覧車の人影もかろうじて映る。

 視聴者が「そこそこ! 何か映ってる!」などと盛り上がることを狙っていたのだが、これはこれで【ゴリラw】【ゴリラw】【ゴリラに磨きがかかったwww】などと盛り上がっているので撮れ高は十分だ。


 配信はテンポが命だ。

 最後に向かうのは比良坂レジャーホテル。

 かつてこの地にあった宿場町の旅籠を再現したという、和風ホテルである。

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