第114話 比良坂レジャーランド跡ダンジョン 脱出ゲーム
上る、上る、上る。
ひたすら上る。
折返し、折返し上る。
ひたすらひたすら上る。
「さすがにおかしくねえか?」
10階まで上ったところで、クロガネが足を止める。
この程度で疲れはしないが、代わり映えのしない階段をひたすら上っているだけでは面白くない。配信の機微には疎いクロガネだが、プロレスに例えるならこれは塩仕合だろう。展開の変化がない仕合は観客を退屈させてしまう。
「一回廊下に出てみない?」
「そうしてみるか」
ソラも同じことを感じていたのだろう、そんな提案を口にする。
クロガネは即座にそれに乗り、廊下に出た。
埃の積もった廊下には、左右に客室らしい
「これって鍵かけられるのかな?」
疑問に思ったソラが、手近な戸を無造作に開ける。
そして、「びゃっ」と短い奇声を上げ、それからすぐに閉じる。
「ん? どうした、何かあったか?」
「あ、いや、ごめん。不意打ちだったからびっくりしただけ」
深呼吸を2回。
それからバーンと勢いよく戸を開け放した。
中にいたのは、3人の男――とおぼしき者たち。
三度笠に道中合羽を羽織り、脚絆を履いた時代劇にでも登場しそうな渡世人の風体。しかし、決定的に違うところがあった。
顔、腕、脛、本来肌が露出しているはずの箇所が、赤茶に汚れた包帯でぐるぐる巻きになっていた。いわば、渡世人のミイラ男とでも呼ぶべきモノたちが、長ドスを片手に待ち構えていたのだ。
「こういうのがいただけ」
「おうっ、ヤクザかッッ!!」
巨躯が消える。
少女が消える。
瞬きも出来ぬ刹那。
そののちには、クロガネの高下駄の歯が2体の顔面に、ソラの踵が残りの1体の顎に突き刺さっていた。
変形のドロップキックと、飛び後ろ回し蹴りを受けた3体の渡世人は悲鳴も上げずに吹き飛び、障子窓を突き破って外へと落下していった。
「た、ためらいがなさすぎるでござる……」
躊躇なく室内に飛び込み、一撃を見舞った二人に唖然としているのはオクだ。
文字通り一瞬の出来事。オクは廊下に残されたまま、指一本動かす間もないまま決着がついてしまった。
「ヤクザ相手にゃまず一発かますのが一番なんだよ」
「まあ、ぶっちゃけヤクザとは違うと思うけど」
「何? 違ったのか?」
クロガネは怪訝な表情で破れた窓から顔を出す。
下を見て、落ちたはずのミイラ男たちを確認しようとしたのだが、どういうわけか何の姿も見当たらない。何よりも、おかしなことがあった。
「どう見ても10階の高さじゃねえよなあ」
「うーん、4階と同じ高さに見えるかな」
クロガネの隣から、ソラが顔を出してきた。
空中殺法を得意とするソラは高さの感覚に優れている。
外から見たときの4階と、この場の高さが同じであると感じていた。
「とりあえず、他の部屋も行ってみようか」
「おう、そうだな」
次は向かいの襖戸を開け放つ。
そこに待ち受けていたのは着流しに破れ傘をかぶった素浪人風のミイラ男が2体。
白刃を閃かせて襲ってきたが、これらもあえなく障子窓を突き破って外へ吹っ飛んでいった。
「景色は違うが……」
「やっぱり同じ高さだね」
窓から見下ろす景色は鬱蒼とした森で、それが遠くの山並みまで続いていた。
その景色自体はホテルの裏手が見えているだけなのだろうが、高さは4階のまま変わっていない。
そのまま、残る2部屋も確認してみるが、結果は同じだった。
違ったのは、中にいたミイラ男の人数と、それらが山伏風だったり忍者風だったりしただけだ。
いずれも部屋に入るなり襲いかかってきたので、すべて返り討ちにしていた。
「部屋の中に何かある……ってこともないもんね」
十畳あまりの畳敷きの部屋に、家具は火の消えた行灯ぐらいしかない。
小さな床の間はあるが掛け軸や骨董が飾ってあるわけでもなく、虚しく埃が積もっているだけだ。
「下に降りてみよっか」
ソラの提案で、一行は階段を下りてひとつしたの9階を探索する。
間取りは変わらず、各部屋にミイラ男が待ち伏せしていることも、窓から見える景色にも変化がなかった。
「うーん、じゃあ今度は上」
2階上がって11階を調べる。
9階、10階と違ったことは何も起こらない。
「なんか脱出ゲームみたいだね」
「なんだそりゃ?」
「部屋とか建物とかに閉じ込められて、そこから脱出するゲーム。変なところにヒントが隠されてたりするから、片っ端からタップしなきゃ解けないの」
「めんどくさそうなゲームだな」
行灯の中を覗いたり、天井板をつついて回るソラを見ながらクロガネが眉をひそめる。
その手の謎解き系のパズルは苦手なのだ。
「もしかして階段に何かあったりして」
さらに上に向かいながら、階段を調べつつ13階まで上る。
念のため13階の部屋もすべて調べてみたが、変わったところは何もない。
なお、現れたミイラ男たちは有無を言わさず外へと叩き落としている。
「こうなるとあのミイラを捕まえて調べるしかないけど……」
「脱出ゲームってのはそこまでしなきゃなんねえのか?」
「いや、そもそも脱出できないかどうかもわかんないし」
「そんなら1階まで降りてみるか」
さらに上階を目指したところで、変化があるとは思えなかった。
一行は階段を降り、1階のエントランスにまで戻ってきた。
「普通に戻れたな」
「戻れちゃったねえ」
どことなく不満げなソラに、オクが声をかける。
「しかし、この地のいわれを記した看板がなくなっているでござるよ?」
夜目の利くオクが最初に変化に気がついた。
指さす先を提灯で照らすと、たしかにそこにあったはずの説明パネルがない。
「あっ、こっち側にあったよ」
カウンターの向かって左手にあったはずのパネルが、右手に位置を変えていた。
それに、よくよく確認してみると、下駄箱の位置も左右が反転している。
「そっくりだけど、じつは同じ場所じゃないってパターンかな? 一度外に出てみよっか」
好奇心に火が付いたソラが、先頭を切ってホテルの外に出る。
そこに広がっていたのは、訪れたときにあった荒れ果てた日本庭園ではない。
上から見たときはわからなかったが、森には細い獣道が伸びている。
その先には、着流しに二本差し、長髪の侍の人影が、か細い月光に照らされて立っていた。
「パターン的には、あれがボスキャラ的なやつかなあ」
「なるほどな、あいつをとっちめれば脱出成功ってわけだ」
聞くや否や、クロガネの巨体が駆け出した。
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※作者あとがき
申し訳ありません、投稿遅刻しました。
途中まで書いて、仮眠してから仕上げようと思ったらがっつり朝まで……
突発的なお知らせなどもあるやもなので、よかったら作者フォローをしておいていただけると幸いです。あんまり更新してませんが、何かあったときは近況報告でお知らせするかと思います。
https://kakuyomu.jp/users/wantan_tabetai
も、もちろん他の作品を読んでくれてもいいんだからねっ!
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