第101話 鹿折ダンジョン 第9層 決着

「読みどおりだと? 華々しく負けたかったと、そう願っていたのかい?」

「ハッ! 誰が負けるつもりでリングに上がるんだよバカヤロー……!」


 クロガネが息も絶え絶えに憎まれ口を叩く。

 猪之崎にはこれが負け惜しみにしか思えない。

 完全に極まった卍固めから脱出する手段は存在しないのだ。

 どんなにあがこうと、クロガネがこの窮地を逃れるすべはない。


「いよいよボケてきたんじゃねえのか? 大事なことを忘れてるぜ……!」


 観客席がどよめいている。

 異常を察知した猪之崎が視線を上げる。

 どよめきの原因はコーナーポストに立つ人影。

 血化粧を施した少女の姿。


「オーホッホッホッ! デスプリンセス魔姫まき! 魔界の底から遊びに来たわっ!」


 トップロープを揺らしながら、両手を高らかに掲げ、手拍子を始める。

 どよめきが次第に歓声に変わり、手拍子が津波の如く会場に満ちていく。

 会場が、コメント欄が、魔姫まきコールで一色に染まっていく。


『なんとすさまじいコールでしょう……ッッ! アナウンスがかき消されるほどの大音響ッッ! 手拍子の弾幕ッッ! 魔界商店街のご令嬢ッッ! デスプリンセス魔姫まきの参戦に場内のボルテージは一気に最高潮だッッ!!』

「くっ、マズい……!」


 ソラの飛び技のキレは先ほどのドラゴン・ラナで知っている。

 返し技で対応したが、まともに受ければただでは済まない。

 卍固めを解いて備えようとするが、なぜか身体の自由がきかない。


「けけけっ! 離さねえぜ、妖怪親父……!」


 クロガネが不敵に嗤う。

 関節技を極められながら、あえてその関節を固め、筋肉をバルクアップさせて猪之崎の動きを封じているのだ。云わば、筋肉の拘束具。130kg超えの肉塊が猪之崎の動きを封じていた。


 卍固めは複雑に関節を絡ませる技。

 かけることも困難だが、解くこともまた難しい。

 技をかけられた側が、反対にかけた側を囚えることが可能なほどに。

 逆卍固め・・・・とでも呼ぶべき自爆技が、猪之崎を拘束していたのだ。


「これが狙いか!」

「ああ、そのとおりだよ。だが、いまさら気づいても手遅れだぜ……!」


 大歓声。

 それを一身に浴びて、少女が天高く舞う。

 伸ばされた両足が、猛禽の嘴の如く猪之崎を首をロックする。

 同時にクロガネが猪之崎を解放。

 旋回するソラの身体が猪之崎をクロガネから引きはがす。


 回る、回る、独楽こまの如く。

 周る、周る、風車かざぐるまの如く。

 廻る、廻る、竜巻の如く。


 猪之崎の身体が為すすべもなく翻弄される。


 暴風に巻き込まれた木の葉の如く。

 渦巻きに呑まれた小舟の如く。

 それは一気に沈み、半回転してマットに叩きつけられる。

 パイプ椅子がけたたましく跳ね上がる。

 そのまま腿で挟んで首を極め、右腕に足を絡めて封殺。

 残る左腕も畳んで一瞬のうちにアームロックを極める。


 ――大竜巻固めグラン・トルナード


 父、風祭鷹司の必殺技フィニッシュホールド

 あの試合・・・・では不発に終わった超大技。

 三半規管を機能不全に追い込み、首と両腕の関節を極める絶技。

 スカイランナー以外には再現不能と言われた幻の技オリジナル


『ワーーーーン!』


 レフェリーが高らかにカウントを開始する。


『トゥーーーーウ!!』


 会場が揺れる。

 大観衆がカウントに加わっている。


『スリィィィイイイイ!!!!』


 高らかに打ち鳴らされるは勝利のゴング。

 クロガネがソラを抱え上げ、肩車をする。

 ソラは両手を高々と上げ、観客席にガッツポーズを決めてみせる。


『衝撃の決着ッッ!! まさかまさかの大逆転劇ッッ!! 幕切れはデスプリンセス魔姫まきの超必殺技ッッ!! 可憐なる魔界の炎が、燃える闘魂を焼き尽くしたァーーーーッッ!!』


 勝者を称えるリングアナウンス。

 会場をびりびりと震わせる歓声。

 弾幕で埋まる配信コメントの群。


「ハッハッハッ! エクセントな試合だった! いや、やられたよ。完全に君たちのシナリオに取り込まれていたようだ」


 拍手を送るのはアトラス猪之崎。

 鮮血に濡れ、あちこちが赤く腫れた身体。

 しかし、その顔には満面の笑み。

 クロガネの挑発に乗ったあの姿も擬態だったのだと言わんばかりだ。


「けっ、相変わらず食えねえ親父だな。弟子と孫弟子に負けたクセに格上ぶりやがって」

「弟子? 何のことかね。逃げ帰ったフォートレスとスカイランナーⅡ世に代わって君たちが乱入したんじゃないのかな?」

「うっ……そりゃそうだが……」

「実質4連戦だ。いや、さすがにロートルには堪えたよ」

「ぐう……」


 猪之崎は腰に手を当て、高笑いをする。

 クロガネたちが仕掛けた設定ギミックを逆手に取って、反論できない状況を作り出している。リング上の妖術じみたテクニックだけでなく、そういう老獪さも含めてクロガネは猪之崎を『妖怪親父』と呼んでいるのだ。


「ま、それに私はあくまでこのダンジョンの試練として生み出された幻だ。君たちのイメージの中にある私だね。くれぐれもそれを忘れないように」

「ハッ! 言われなくてもそんなことはわかってんだよ」


 試合中、猪之崎はクロガネとソラが知っている技しか使わなかった。

 だが、本物の猪之崎の引き出しはもっと多いはずだ。

 異種格闘技戦に挑むたび、新技を披露して観衆を驚かせたのが猪之崎という男だ。


「本物は、あんたよりもずっと強ええよ。俺じゃ本気を引き出せたこともねえ」

「あたしだって、そんなことはわかってる。でも、勝ちは勝ちだからねーっ!」


 クロガネの肩の上から猪之崎の顔を覗き込み、Vサインとともに舌を出すソラ。

 さすがの猪之崎の額にもピキッと血管が浮く。


「何ならすぐにでもリターンマッチと行きたいところだが……残念ながらタイムアップだ。これからもスマイルを忘れずになッッ!!」

「痛っ!?」

「っぇ!?」


 猪之崎の高速のビンタが、ソラとクロガネの頬を張った。

 それと同時に、猪之崎の身体が金色の光に包まれる。

 会場がざらざらと細かな粒に分解され、徐々に消え去っていく。


 残されたのは、広々とした空間に立つ1本の大樹。

 それは神々しく金色に光り、その根本には宝石で彩られた宝箱があった。


「ハッ! 最後までかましてくれるぜ。あの妖怪親父は」

「はぁ……クロさんの知ってる猪之崎さんってあんな感じだったんだね」


 ソラが頬を擦りつつ、クロガネの肩から飛び降りる。

 二人はすっかり満身創痍だ。

 猪之崎も会場も幻だったが、ダメージは現実に残るらしい。


「で、これがベルトの代わりってわけだね!」


 ソラは両手の指をわきわきさせて、宝箱に手をかける。

 それを開くと――


 ――ぱっこーん!


「いったーい!?」


* おやくそくの わなだ! *


 樹上から落ちてきた金盥かなだらいが、ソラの脳天を直撃して小気味良い音を響かせた。

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