第102話 鹿折ダンジョン第1層 <東北迷宮銀行本店>再び
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「お疲れ様でした。依頼の品は見つかりましたかな?」
「ああ、これだろ。ちゃんと持ってきたぜ」
コーヒーカップを並べる二足歩行のウサギ<プーカ>の前に、クロガネは金色の小枝を差し出す。
シナモンスティックにも似たそれは、<プーカ>から依頼された<
宝箱には罠が仕掛けられていたが、中身はちゃんと入っていたのだ。
第9層には第1層へ直通する片道のエレベーターが設置されていたので、それを使って戻ってきたというわけだ。これもお約束満載のダンジョンにふさわしい設計と言えるだろう。
「おお、ありがたい! ちょうど切らしていましてね」
「そんな貴重品なのか、それ?」
クロガネの目には、金箔を貼った棒切れにしか見えない。
持った感じも軽いし、中身まで金ということはないだろう。
また、仮に純金だったとしても1億の融資枠の担保としては到底釣り合わない。
「ははは、これはですね、こう使うのですよ」
<プーカ>は懐から取り出したハンカチで金の小枝を軽く拭うと、それを使ってコーヒーを2回、3回とかき回した。
それから鼻をひくつかせ、一口すする。
「ふむ、この香りですね。まるで果樹園を吹き抜ける一迅のそよ風を思わせる爽やかで遠慮深い、それでいてどこまでも奥行きのある芳醇な香り。小生のコーヒーにはこれが欠かせませんで。おお、これは失礼。つい夢中になっておりましたな。客人たちもさあ、さあお試しを」
促され、渡された小枝で順番にコーヒーをかき回していく。
一口味わって、3人は顔を見合わせた。
「なんか変わったか、これ?」
「うーん、気持ち原っぱみたいな匂いがする……気がする」
「きっと飲みつけるとわかるのかも……しれませんね」
三人の感想に<プーカ>が肩をすくめる。
「残念。しかし、これもまた致し方ないことでございますな。酸味、苦味、旨味、そして香り。コーヒーの好みは人それぞれ、千差万別、蓼食う虫も好き好きですからな。だからこそコーヒーは面白いものと言えまして、たとえばアイラウイスキーなどをひと垂らしするだけでも――」
「あー、すまん。時間も遅くなっちまったからな。先に用事を済ませられるとありがたいんだが……」
また長広舌が始まりそうだったので、クロガネが口を挟む。
山間にある
外はもう真っ暗になっていた。
これから2時間、曲がりくねった山道を運転しなければならないクロガネとしては、世間話で長引くのは遠慮したかったのだ。
「ふうむ、残念です。しかし、お客様のご要望とあらば小生も応えぬ訳にはいきますまい。こちらの書類にサインと押印をお願いできますかな」
「おう、わかったぜ。名義は会社でかまわねえんだよな?」
「ええ、もちろんでございます。代表印の隣に法人印も押していただけましたら」
クロガネの太い指が、狭い記入欄に必要事項を埋めていく。
バックから取り出した印鑑を押して完了だ。
「では、失礼して」
<プーカ>はモノクルを拭いてかけ直し、記入漏れをチェックする。
不備がないことを確認するとぱちんと指を鳴らした。
すると、書類が炎に包まれ、灰も残さず消え失せる。
「すごっ! いまの手品?」
「手品と申せば手品のようなものでございますな。<運営>の設定した悪戯とでも申しましょうか、こういう演出ばかり凝るもので、困ったものです。ああ、実際に書類は燃えたわけでなく、量子的に分解された状態で情報として実在しておりますのでご安心を。通帳とカードの発行に小一時間ほど頂きますが、その間にコーヒーのお代わりはいかがでございますかな?」
「いや、そんだけかかるんならちょっと済ましておきてえ用事があるな。たしか土産屋に化粧品と色紙が売ってたよな?」
「取り扱いはございますが、
クロガネの質問に、<プーカ>が首を傾げる。
クロガネがかいつまんで
「いやはや、そのようなご用事ならばお引き止めするわけにもいきますまい。当ダンジョンは極々浅いものですが、お楽しみいただけたようで幸甚にございますな」
「ああ、おかげさんでなかなか愉しませてもらったぜ」
「うん、ちょっとムカつくこともあったけど、色々あって面白かったよ!」
二人の言葉に、<プーカ>はうんうんと頷く。
「ダンジョンにつきましてはみなさま……いえ、小生も含めて思うところは様々ございますが、決して人間に、この世界に仇為すものではございません。それをわかっていただけたのなら、<運営>の末席に連なるものとしてこの上ない光栄にございますな。これから――」
「よし、そんじゃ一旦失礼すんぜ」
「コーヒーごちそうさまっ」
「あ、二人とも待ってくださいよ!」
またコーヒーを勧められると思い、慌てて話を切り上げて席を立つ。
この話好きのウサギの相手をしていたら、用事を済ます時間がなくなってしまいそうだ。
一人きりになった<プーカ>は、「ふうむ」とこめかみを掻く。
そして伝えきれなかった言葉を独りごちる。
「これからも様々なことが起こるかと存じますが、<運営>は敵ではございません。一切恨むな、憎むなとまでは申しませんが、何卒それをご理解いただけますよう――とまあ、こんなことは節介が過ぎますな。あの
<プーカ>は<
* * *
■
「こ、殺されるかと思った……」
半獣半人の美女が台座にうつ伏せでぐったりしている。
スフィンクスだ。
「まさか同じ日のうちに来るなんて思わないじゃない……」
その手には、2枚の色紙が握られている。
ひとつはデビル・コースケ、ひとつはデスプリンセス
ご丁寧に手形に加え、「スフィンクスさんへ」と宛名まで添えてある。
「うーん、とりあえずラップしといて、額の注文もしなくちゃなあ」
スフィンクスは台座に仕込まれた隠し引き出しを開けると、2枚の色紙をラップで丁寧にくるみ、そっとしまい込むのだった。
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