第2話 ダンジョン受付では例によってトラブルが起きる
翌朝、クロガネとソラは仙台駅前のダンジョン入場口にいた。
善は急げということで、さっそく下見に来たのだ。
配信機材は一応持ってきている。が、初心者が何の準備もなしに見栄えのする画を撮れるはずもないのでテスト用だ。
服装もクロガネがTシャツにダメージジーンズ、ソラがTシャツにハーフパンツとラフなもので、配信向きの衣装ではない。
日曜日ということもあり、ダンジョンの周辺は多くの人々で賑わっている。
ほとんどが十代から二十代の若者で、四十路も目前のクロガネは少し居心地が悪かった。
「ええと、この列に並べばいいのか?」
「うん、待ってる間に探索計画書っていうのを書いて、提出するんだって」
「へえ、なんか登山みたいだなあ」
「登山もこういうことするの?」
「登山もっつうか、登山のやり方をダンジョンが真似たんだろうな」
ダンジョンなるものがこの世界に現れたのは7~8年前のこと。
その頃のクロガネは、団体の旗揚げ直後で忙殺されていたためよく覚えていないが、世間が騒がしかったことだけはなんとなく記憶に残っていた。おそらく、ゼロから仕組みを考える余裕がなく、流用できるものを泥縄で導入していったんだろう。
「で、その計画書ってのはどう書くんだ?」
「待って、ネットで調べてみる」
ソラがスマートフォンを操作している間、手持ち無沙汰のクロガネは辺りを見回していた。
金属製の鎧を着て、大剣を背負った男。
革鎧を着て、短剣を腰に差した身軽そうな女。
真っ黒なローブを頭からかぶった杖持ちに、虎のような猛獣を引き連れ鞭をしごくボンテージの女――
「まるでWWEだな、こりゃ」
クロガネはぼりぼりと頭をかいた。
WWEとはアメリカのプロレス団体で、ショー要素に重点を置き、エンターテイメントに徹しているのが特徴だ。その甲斐あって、プロレス斜陽の現代にあっても人気を保っている。しかし、プロレスとはショーであると同時に真剣勝負でもあると考えるクロガネには、いまひとつ肌に合わない方針でもあった。
「へいへい、地味子ちゃんよ。俺らと一緒に探索行こうぜ」
「俺たち<
「あ、あの、そういうの困ります……」
「ああン? <
「や、やめてください……」
そんなことを考えながら辺りを眺めていたら、男女が揉める声が聞こえてきた。
そちらを見ると、眼鏡をかけた大人しそうな女が3人組の男に囲まれている。男たちは全員が金髪で、眉を細く剃り上げている。いかにもなヤンキーだ。
周りに人はいるが、見て見ぬふりをしている。
クロガネは受付待ちの列を抜け、そちらに向かって無造作に歩いていった。
「おいおい、ナンパかあ? 嫌がってるのを無理やりってのはスマートじゃねえなあ」
「なんだ、文句でもあるのか……ひっ!?」
クロガネが背後から声をかけると、男連れのひとりが振り返って息を呑んだ。
はち切れんばかりの筋肉に身を包み、顔も体も傷跡だらけの巨漢が立っていたのだから無理もない。
「ケンジ、ビビッてんじゃねえよ、だせえな」
「び、ビビッてなんかねえよ! 驚いただけだ!」
「っせーな。黙ってろ」
クロガネの前に別の男が立った。
金色に輝く鎧をまとった目付きの悪い男だ。腰には長剣を指しており、背中には長方形の盾を背負っている。身長はクロガネよりも少し低く、下からねめつけるようにガンを飛ばしてきた。
「おい、おっさん。邪魔してくれてんじゃねえぞ。何のつもりだ?」
「なんだ、わかってるじゃねえか。邪魔するつもりだよ」
クロガネが両手を広げておどけて見せると、野次馬からクスクスと笑いが漏れた。
「てめえ、俺様が誰だかわかってんのか?」
「んー、知らねえな。自己紹介してくれんなら名刺くれるか?」
あからさまにとぼけた顔を作ってクロガネが応じると、またしても周囲から笑い声が上がる。
「いま笑ったやつ、おぼえておくからな」
金鎧の男が野次馬をにらみつけると、笑いが静まった。
続いて男はクロガネに視線を移す。
「俺様はチーム<
「知らねえなあ。そんな地域限定有名人」
「知らねえわけがねえだろ! 俺様は日本でも何人もいねえレアジョブの<聖騎士>だぞ!」
「そりゃよかった。お前みたいなのがわらわらいたら目がチカチカしちまうよ。それ、自分で塗ったのか? プラモデルの才能とかあると思うぞ」
「これはオリハルコンアーマーだ! てめえみてえな貧乏人には一生手が届かねえ高級品なんだよ!」
ユウヤを名乗った男は、額に赤黒い血管を浮かべてクロガネの襟を掴んだ。
クロガネは困ったように頭をかく。
「そんなパチモンのロレックスみたいな鎧、俺なら頼まれたって要らないがねえ」
「ンだとコラァ!!」
ユウヤは激昂し、クロガネの顎を殴りつける。
クロガネの巨体が宙を舞った。きり揉みをしながら吹っ飛び、ゴミ捨て場に突っ込んでいった。ブリキのゴミ箱が弾き飛ばされ、激しい音を立てて転がる。クロガネは倒れたままピクリとも動かない。
「おい、ユウヤ……これ、大丈夫かよ?」
「まさか<攻撃力倍増>を使ったのか?」
「つ、使ってねえよ! 軽く小突いただけだ! こいつが勝手に転びやがったんだ!」
「そ、そうだよな。俺たちは関係ねえよな」
「てめえらも見てたろ! このおっさんが勝手にすっ転んだだけだ!」
ユウヤが野次馬に向かって怒鳴り散らす。
野次馬たちは目を伏せて黙り込んだ。
「余計なことをチクるやつがいたら、ぜってえ見つけ出してぶっ殺すからな。わかったか!」
ユウヤはそう吐き捨て、クロガネを放置して足早にダンジョンへと姿を消した。
ユウヤたちが見えなくなると、野次馬がざわつきはじめる。
「し、死んじゃった……?」
「け、警察呼んだ方がいいよね?」
「それより救急車でしょ!?」
野次馬たちが騒然としていると、ゴミの中から気の抜けた声がする。
「あー、すまんすまん。どっちも不要だ」
「え?」
クロガネがハンドスプリングで跳ね起きた。
死んだように動かなかった巨漢が突然軽快に起き上がったものだから、野次馬たちは声を失う。
「いや、騒がしてすまん。さすがに素人さん相手に喧嘩するわけにもいかねえからなあ。お、さっきのお嬢ちゃんは無事逃げたか。それにしても、生ゴミがなくて助かったぜ」
クロガネはゴミ箱を立て直し、散乱したゴミをそそくさと片付けて列に戻った。
離れている間にだいぶ進んだようで、受付はもう目の前だ。
「あっ、クロさん! どこで油売ってたのよ!」
「すまんすまん、ちょっと体をほぐしてた。ええっと、なんとか計画書ってのは書けたのか?」
「ん、これ」
ソラが用紙を差し出す。
それには二人の氏名や連絡先の他に、こんな内容が書かれていた。
『日帰り。10層まで行って戻る』
クロガネは、ぼりぼりと頭をかいた。
「こんなんでいいのか?」
「わかんない。ダメなら受付の人が教えてくれるでしょ」
「そういうとこ、ますます
「ふふふ、いずれスカイランナーの名を継ぐ女だからね」
クロガネは「褒めたわけじゃあねえんだが」という言葉をかろうじて飲み込んだ。
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