第47話 仙台駅前ダンジョン第XX層 <童子切安綱>
ぐにゃり、ぐにゃり。
空気が歪む。
ぐにゃり、ぐにゃり。
空間が歪む。
「うん? なんだこりゃ、
クロガネが頭をかきながら眺めていると、<シュテンオニイソメ>の死骸は歪に縮んでいき、最後は虚空に飲まれるようにして消えた。
その跡に、カランと音を立てて何かが落ちる。
「またレアドロップってやつなんじゃない?」
「へえ、光って消えるだけじゃねえんだな」
ソラが小走りに駆け寄り、それを拾い上げた。
「おっ、すごい、日本刀だよ」
「ポン刀かあ、あんまいい思い出がねえなあ」
ソラの手にあるのは、黒鞘に黒拵えの刀だった。
なお、クロガネが日本刀によい思い出がないのはヤクザから斬りかかられた経験が何度もあったからである。
「すごいお宝だったりして。何千万円もしたらどうする?」
「道場のサンドバッグを買い替えてえな。ああ、エアコンも最近調子が悪かったか」
「ははは、夢が小さい」
「堅実なんだよ」
ソラが刀を抜き、光にかざすなどして目利きの真似事をしている。
当然、心得などはなく、アニメや映画で見た仕草を真似ているだけだ。
二人がそんな具合に遊んでいると、そこに銀髪の少女――メルがやってきた。
小鼻をくんくんと膨らませながら、刀身に顔を近づける。
「ちょっと、危ないよ?」
「……だいじょうぶ、貸して」
メルは懐紙を咥え、刀身をためつすがめつ観察している。
その様子はソラの真似事とは違って、すっかり堂に入っていた。
金属を操る道士であるメルは、日本刀などの武器についても
「……強めに反った刀身に、波立つ小乱れの刃紋。……まさか<
刀を鞘にしまったメルがなにやらぶつぶつと呟いている。
クロガネとソラには、それが何のことだかさっぱりわからなかった。
「あー、その、ヤスツナだのドウジギリだのってのは何なんだ?」
クロガネはぼりぼりと頭をかきながら尋ねる。
すると、メルはかっと目を見開いてしゃべりはじめた。
「<童子切安綱>は国宝指定の名刀。平安時代の刀工安綱の作。東京国立博物館に収蔵されてたけど、ダンジョン発生時の混乱で紛失。全長99.99センチ、刃長80.3センチ。反りは2.7センチで分類としては太刀。
「お、おう?」
それまでの物静かな雰囲気が一変し、ものすごい勢いでしゃべりだしたメルに、クロガネは思わずたじろいでしまう。
いつまでもしゃべり続けるので、息継ぎの隙間を狙ってなんとか言葉をかける。
「つ、つまり、とんでもないお宝ってことなのか?」
「とんでもないどころじゃない。この世にふたつとない超お宝。貸して」
「へ?」
「手入れも鑑定もきちんとしたい。貸して」
「お、おう。いいんじゃねえか?」
圧力に押されてクロガネが首を縦に振ると、メルが花の咲くような笑顔を浮かべた――
――のならばよかったのだが、目はランランと輝き、口元はだらしなく、にへらと歪んでいる。
口の端からはよだれが垂れるありさまで、クロガネは内心でちょっと引いた。
普段ならこういうときにツッコミ役に回るソラも、目を逸らして下手な口笛を吹いている。
「……えへ、へへへ。……あり、がと」
多少テンションが落ち着いたのか、メルが普段の口調に戻っていく。
クロガネとソラは、なんとなくほっとした気分になった。
そんなこんなでわちゃわちゃとしていると、パンパンと手を叩く音が聞こえた。
「さて、全員の無事も確認できましたし、そろそろ地上に戻りましょう! 撮影隊の荷物もほぼ無事でしたし、物資の心配はありません。戦力も心強い味方が2人も加わって万全です!」
拍手の主はアカリだった。
大物を倒し、撮影隊とも合流が出来たことで気が緩んでいたが、第何層かも不明なダンジョンの奥深くにいる状況に違いはない。
いつまでも留まっておらず、さっさと脱出に動くのが得策なのだ。
「では、コースケさん、先導をお願いできますか?」
「ん? 先導?」
突然話を振られ、クロガネはぼりぼりと頭をかいた。
「先頭を歩くのはかまわねえけどよ、どっちに行きゃいいんだ?」
「えっ? コースケさん、上から降りてきたんですよね?」
「もちろんそうだけどよ、めちゃくちゃに走ってきたし、最後は面倒になって床の穴に飛び込んだしなあ……。ソラ、お前は道わかるか?」
「えー、わかるわけないじゃん」
「そりゃそうだよなあ」
「ええーーーーーーーーーーーーーーーっ!?」
アカリの長い長い絶叫が、ダンジョンに響き渡るのであった。
* * *
そんなクロガネたち一行を、暗がりからじっと見つめる大小の人影があった。
小さな人影の方は、人間ならば小学校低学年ほどの身の丈か。
平安貴族が着ているような、赤い刺繍が施された
「ふん、おめでたいことだ。あれで
人影の額には二本の角が生え、薄い唇からは牙が覗いている。
明らかに人間とは違う、何か別種の生き物だった。
日本人に馴染み深い言葉で表すのであれば、小鬼と称するのがふさわしいだろう。
「ああ、おいたわしや。おいたわしや。わらわの主上がかくも無惨なお姿に……」
大きな人影は、その小鬼の肩に取りすがっておいおいと泣いている。
烏の羽よりも黒い髪は伸びており、色鮮やかな着物で身を包んでいる。着物にはところどころ大胆な切れ込みが入っており、豊満な胸の谷間や白い太ももがちらちらと露出していた。
そしてその頭には、額からくるりと一周するように細かな角が何本も突き出している。それは茨の冠をかぶらされた異教の聖人を連想させた。
「ああ、おいわたしや。おいわたしや……」
「イバラよ。あまりくっつくな、暑苦しい」
「しかし、シュテン様のお姿があまりにも無惨で愛おしく、つい」
「撫でくりまわすな、乳房を頭に載せるな」
「ああっ! 無惨かわいい! 無惨かわいい! 無惨かわいい!」
「やめろと言うておろう」
シュテンと呼ばれた小鬼は、イバラと呼んだ女型の鬼を力づくで引き剥がそうとするが、びくともしない。ため息をつき、なされるがままにこねくり回される。
「あの
「ああ! 無惨かわいい! 無惨かわいい! 無惨かわいい!」
「イバラよ。お主、儂が封印されている間に頭が悪くなってないか……?」
二体の鬼が話している間に、人間たちの一行はどこかに姿を消していた。
だが、
シュテンはにぃと牙を剥いて笑う。
彼の血をこれほど滾らせる人間に出会うのは、じつに千余年ぶりのことだった。
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