最終話 ダンジョンでプロレスをはじめたらバズり散らかして通知が止まらない件

■仙台駅前ダンジョン第1層 レンタルホール 選手控室


「うー、さすがにちょっと緊張してきたかも」

「なんだかんだとちゃんとした興行に出たことはねえもんなあ」


 控室に備えられたモニターでオクたちの試合を観戦しながら、白塗りのメイクを施したクロガネとソラが話している。

 その様子を撮っているのはアカリだ。配信はしておらず、後日編集して今日の試合の裏側としてアップする予定である。


 会場は順調に盛り上がっている。

 まず、地方プロレスではありえないトップアイドルグループによるオープニングイベント。なんとこの日のために用意した新曲まで飛び出し、白銀メルによる真剣を使った剣舞まで披露された。ちなみに使用した刀は<童子切安綱>で、それに気がついた一部の人間は青い顔をしているのだが、クロガネたちには知る由もない。


 そしてピギーヘッドたちも毎日の猛特訓の成果を見せ、コミカルながらもスピーディで見ごたえのある試合を展開している。初めは笑って楽しんでいた観客も、試合が中盤以降になると「おおっ!」というどよめきや、拍手が巻き起こるようになっていた。


「あ、そういえば二人とも、お願いしたことは準備できました?」

「おう、ばっちり済んでるぜ。予定通り試合開始と同時にお披露目できるぜ」

「あたしの方もばっちり!」


 アカリのお願いとは、デビル・コースケとデスプリンセス魔姫まきのSNSアカウントの新設だ。


 これまでクロガネ・ザ・フォートレスとスカイランナーⅡ世名義の発信は、WKプロレスリングの公式アカウントに集約してきた。しかし、魔界商店街軍の設定ギミックではWKプロレスリングと敵対している。WKプロレスリングのアカウントでこの二人の発信をするのは少々具合が悪いのだ。


 なお、今回のエキシビジョンマッチの対戦名義が魔界商店街軍となっているのは、超日との戦争という構図アングルになることを避けるためである。日本最大のプロレス団体である超日が、いくら人気急上昇中だとはいえ地方の小団体に喧嘩を売る形になっては格好がつかないのだ。


「魔界商店街軍さーん、そろそろ会場入りお願いしまーす」

「おう、いつでもいけるぜ!」

「よーし、気合い入れるよ!」


 スタッフが呼びに来て、クロガネとソラは選手入場口の裏へと移動する。もちろん魔界風メイクもばっちり仕上がっている。

 アカリは別行動で実況席へと向かう。今日の興行では超日の手配でプロのリングアナが呼ばれているのだが、アカリの実況の人気も地味に高い。この試合の実況はリングアナとアカリの副音声で展開する予定となっている。


 花道の手前の通路で、クロガネとソラが待機する。

 会場を満たす割れんばかりの歓声がここまで響いてくる。


「それにしても、とんでもねえことになっちまったなあ」

「ホントだね。配信はじめて一ヶ月くらいなのに」


 二人はしみじみと笑う。

 ほんのひと月前までは、数十人でいっぱいになる箱のチケットさえ売り切れなかったのだ。それがいまや後楽園ホールそっくりの会場を超満員にできている。転売による高額化が懸念されたが、カシワギの手配で774プロのチケット管理システムを借りさせてもらった。本人確認が厳格なため、来場しているのは購入者本人のみ。つまり、純粋なファンだけだ。


「同接数もすごそうだね」

「ああ、気合が入るな」


 そしてこの試合は配信でも同時中継されている。

 PPVペイパービューなどではなく、完全無料で誰でも見られる。配信を通じてここまでたどり着いたのだ。人気になったからとそちらをないがしろにはできない。これはクロガネ、ソラ、アカリの三人の一致する考えだった。


 そして何より、クロガネの本当の目的は、プロレスの熱気を、プロレスの面白さを、共に応援する熱狂を、一人でも多くの人々に届けることなのだ。門戸は限りなく広げ、誰でも気軽に楽しめるものにしたいのだった。


 ひときわ大きな歓声。盛大な拍手が続く。

 声援に送られながら、汗まみれのオクが花道を戻ってくる。

 クロガネとソラは、オクをハイタッチで迎えた。


「よう、ナイスファイトだったぜ!」

「生で見れないのが残念だったよ!」


 二人の言葉に、オクはふふんと鼻を鳴らして胸を反らす。


「それがしにかかれば、これくらい朝飯前でござるよ。師匠たちこそ、下手な塩試合なんてしたら許さないでござるからな!」

「ハッ! 一丁前の口を叩きやがって」

「そんなこと言うと、オクちゃんの試合なんてみんな忘れちゃうくらいぶちかましちゃうよー」

「うっ、それはダメでござる!」


 笑い合っていると、ヘヴィメタルの楽曲が流れてきた。

 地の底から響いてくるようなベースとドラムの重低音。魔界商店街のテーマ曲だ。


「よしっ、時間だな」

「それじゃ、いっちょうやりますか!」

「いってらっしゃいでござる!」


 スモークに包まれながら、二人は花道を歩く。

 歓声と拍手が怒涛のように二人を包む。

 リングの上には灰色の巨人と、パンクファッションの少女。

 正義役ベビーフェイスのふたりは先にリングで待っている。

 凶獣と凶獣の視線が、猛禽と猛禽の視線が一瞬絡み合い、火花を散らす。


「フーハハハハハ! 我輩たち魔界商店街に闘いを挑むとは、超日なるプロレスラーどもも大した度胸! 取るに足らない雑魚であろうが、それだけは褒めてやろう」

「オーホホホホホ! ちゃんと棺桶は持ってきたかい? 霊柩車の手配は? おっと、香典袋なら用意しておいてあげたよ!」


 ソラが封筒の束を取り出し、それを観客席に向かって投げる。

 それが紙吹雪となって、観客席がわっと沸き立つ。


『えー、本日副音声にてアナウンスを担当いたします。水鏡アカリと申します。そして解説は――』

『おっす、オレっちが解説の<カマプアア>だ』


 アカリの隣りに座っているのは、自慢のリーゼントをいつも以上にかちかちに固めた<カマプアア>だ。

 ピギーヘッドプロレスでも解説を務め、すっかり場馴れしてきていた。


『今日の魔界商店街の対戦相手は超日の新人、バーバリアン・蛮と天ヶ崎ショコラの二人ですが、<カマプアア>さんはどう見られますか?』

『そうだな。超日から事前に資料映像を見せてもらったけどよ――』


 プロレスを見る目の方も、すっかり肥えてきている。

 もともと闘争においてはプロのようなものなのだ。なかなか堂に入った解説が展開されていた。


 そして、そんなアナウンスを聞きながら、会場の端で幼児を肩車する男がひとり。

 シルクハットに口ひげを蓄えた伊達男――イリュージョニスト島崎だ。


「はーい、シュテン君。兄弟子たちの試合を見て、ちゃんと勉強するんだよー」

「何が勉強だ。やつら程度の技などすべて見盗ってくれるわ」

「あー……それを見盗り稽古って言うだんけど……ま、ちゃんと観戦してくれるんならいっか」


 肩に乗っているのは3~4歳の幼児に見えるが、正体は酒吞童子だ。

 クロガネとの一戦で最後の一滴まで妖力を振り絞った結果、<シュテンオニイソメ>の体内で封印から解放されたとき以上に縮んでいる。


 酒呑童子は自衛隊に連行されたあと、アトラス猪之崎が引き取って島崎の弟子として押し付けてきた。

 わがままでどうにも扱いにくいが、プロレスにだけは真剣に取り組む。隙あらばスマートフォンをいじって様々な試合を見ているほどだ。が、あまり変なものを見られると教育上よくなさそうなのでキッズケータイを与えていた。ファミリーフィルターは偉大である。


『おーっと、ゴング前ですがリングに動きがあります! デビル・コースケとデスプリンセス魔姫まきが何かを持って蛮とショコラににじり寄る! その手に持っているのは凶器なのか!? まさか、まさか試合開始前からの凶器攻撃か!? 魔界流のプロレスは、そこまでルール無用とでも言うのでしょうかッッ!?』

『お嬢ちゃんもノリノリじゃねーかよ』


 マイクを掴んで絶叫するアカリに、<カマプアア>は思わず苦笑する。

<アイナルアラロ>で起きた事件のときもそうだったが、どうもこの人間の女はカメラを構えたりマイクを握ったりすると人格が変わるらしい。


「フハハハハ! 貴様らごときに凶器など使うものか!」

「オホホホホ! 素敵な遺影を撮ってやろうってだけじゃない」

『よくよく見れば。その手に握られていたのはスマートフォン! 二人の顔を連写機能でしつこく撮影し……おおっと、何か操作をしているぞ! まさか画像加工か!? 遺影のフレームでもサービスしてやろうとでも言うのかッッ!!』

「フハハハハ! 貴様の遺影はSNSにアップしてやったぞ!」

「オホホホホ! 公開死刑宣告よ!」

『なんと、なんということでしょう! 試合開始の直前に、対戦相手の写真をSNSにアップしている!! これは何という侮辱!! なんという暴挙!! 神聖なリングをなんと心得ているのかッッ!! なお、デビル・コースケ選手のアカウントは@xxxxx_xxxx、デスプリンセス魔姫まき選手のアカウントは@xxxx_xxxxxの模様ですッッ!!』

『ちゃっかり宣伝してんじゃねーか』


 撮影と投稿パフォーマンスを終えたクロガネとソラが、リングの外にスマートフォンを投げる。

 セコンドについているおさかなプロレスの面々が、客席にバレないようしれっとそれをキャッチし、リングの下に隠した。


「芝居はこれで終わりか? とっととやるぞ」

「フハハハハ! 何が芝居なものか! ここが貴様の墓場となるのは決定事項よ!」


 蛮の挑発に観客席がわっと湧き上がる。

 実際は段取りをきちんと飲み込めていない蛮が素で言ってしまっただけなのだが、クロガネがそれを巻き取って罵倒芸トラッシュトークとして成立させたのだ。


「何その白塗りメイク、ウケるんだけど」

「オホホホホ! あんたの髪型には負けるわ!」

「ンだとコラァ!!」


 ショコラとソラの方は、普通にトラッシュトークが成立している。

 ショコラの沸点の低さと、ソラの天然悪役ヒールぶりが上手く噛み合っていた。


 そしてゴングが高らかに歌い、熱戦が始まる。

 そのリングの下では、二つのスマートフォンが嵐のような新着通知で震動を続けていた。試合後、デビル・コースケとデスプリンセス魔姫まきのフォロワー数は世界でも有数なインフルエンサーに比肩するほどに膨れ上がるのだが、その話はまた別の機会にしよう。


(『迷宮プロレス道』第一部完)


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【あとがき】

 長々とお付き合いいただきありがとうございました。読者の皆様には感謝しかありません。みなさまの温かい声援(感想)のおかげで最後まで走り切れました! まるでプロレスのファイトのようだ!


 なんか打ち切りっぽい終わり方になっていますが、そういうわけではなくほぼほぼ予定していたエンディングになります。プロレス旋風は確かに芽生えました。紆余曲折はあれど、今後も順調にプロレスの熱狂は日本全国、いや、世界中に広がっていくことでしょう。


 とはいえとはいえ、まだ書きたいエピソードや、読者様からいただいたリクエストもあるので、ふと思い出したように番外編を更新することもあると思います。ですので、ブックマークはそのままにしていただけると幸いの極みです。


 それからそれから、「おっと、そういや★を入れ忘れてたぜ」という方は完結記念ということでですね、ちょちょちょっと画面をスクロールしていただいて、ぽちぽちぽちーっとしていただけると誠に幸い。つ、ついでにレビュー書いたり、エックスで呟いてくれたりしてもいいんだからね!(うるんだ上目遣いで)


 ……えー、ごほん。


 おまけとして、近況報告に主要キャラクターのステータス表なんかも載せてみたいなと思います。執筆中は定量化は一切行ってなかったんですが、バトルものの巻末おまけとかでよくあるじゃないですか。そういうやつをやりたいなーと思って。気になる方は、そちらもお楽しみいただければと思います。


 今後はまた新作の準備と、本作執筆中に溜まったネタを吐き出すために短編などを発表するかもしれません。

 ここで大変オトクなお知らせですが……なんと、【作者フォロー】をすると新作の通知なども簡単に受け取れるようになっちゃうんですって奥さん! これはもう、いますぐ【作者フォロー】するしかないですね!!


 ……えー、ごほん。


 あとがきが随分と長くなってしまいましたが、こんなところで失礼いたします。よろしければ、またお会いできることを楽しみにしております。それでは、改めて最後までお付き合いいただきありがとうございました。


 それでは締めのご挨拶代わりに。


 みなさん、スマイルですかーッ!!

 スマイルがあれば、なんでもできるッッ!!

 それではみなさま、ご唱和をッッ!!

 い~ち……に~い……さ~ん……(続きは感想欄でどうぞ!)

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迷宮プロレス道 ~伝説のおっさんレスラー、ダンジョン配信で無双する~ 瘴気領域@漫画化してます @wantan_tabetai

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